生きなおせるか 04
「今回は、結構疲れたな」
二人掛けのカウチソファに、大きな体を投げ出して、くつろいだ体でブラックが言った。
「助かったよ、本当に。お蔭でやっと、片がついた」
ラウラは心からブラックを労った。
ブラックは、職務上の仲間というよりは、正真正銘ラウラの友人であった。互いに年も同じで、付き合いはもう二十年を軽く超えるだろうか。昔から、いつまでたっても子供のように自由気侭で、妙に人好きのする男だった。
ブラックがその腕を買われて諜報活動に専念するようになってから、もう七年だ。それより後に入った若い騎士団員は、彼の存在を知らない。今回のシオンとユアンの二人のように、任務の上で知ることになった場合を除いては。
今回ラウラは敢えて、ブラックの存在を最後まで隠していた。若者たちを信用していなかったわけではない。アデルはそれほど用心深く、警戒すべき相手だった。
「あいつ、アスファリアに戻るのか」
「ああ。本人からそう話があったよ。騎士団の仕事を続けると」
いつもの様子で、ユアンが自分にそう告げたとき、ラウラは大丈夫なのだろうかと心配した。
だが彼の瞳が、かつてのものとはまったく違っていることに気がついて、それを了承したのだ。
自分を取り巻く世界が、今いる場所だけでないことに、気がついてくれたのだろうか。違う世界へは、いつでも行ける。それが彼に伝わったと、信じたい。
「俺が連れていってやろうか」
「お前に任せるのは心配だ」
間髪を置かずに返すと、ブラックは露骨に嫌な顔をした。
「だいたい、今回の件でもそうだ。あそこまで傷つける必要はないだろう。加減ってものを考えろ」
「加減できるほど、あいつは弱くねえ。俺が本気になるくらいには、力があるってことさ」
「いいや、お前は楽しんでやっただけだろう。峠でもそうだ。宿の修理費用は、お前の給料から引くからな」
「……ひでえ」
「ひどくはない。当たり前だ」
ラウラがやれやれとため息をつくと、ブラックは非難の声を上げる。
「言っとくがな、俺の仕事には金がいる。今回だってめちゃくちゃ金が掛かってるんだからな。どれだけ人間を雇ったと思ってるんだ」
「必要な金は申請しろ。任務に必要だったと判断すれば、支給する」
「こっちが言った半分くらいしか認めねえじゃねえか、いつもお前は」
「お前が無駄に派手なことをするからだ」
呆れたようにそう言うと、ブラックはしばらく不満を垂れていたが、ややして諦めたのか、背もたれに全身を預けて、天井を見上げる。
珍しく沈黙して、それから何かを思いだすように、虚空を見つめてぽつりと言った。
「……あいつ、ユリアスに似ているな」
その言葉で思い出す、友の姿。ラウラも思わず目を細めた。
「馬鹿みたいに真面目で、思えばあいつも生きにくそうな男だった」
ユリアスはアスファリア騎士団始まって以来、最年少で第一師団長となった。このままいけば間違いなく、最年少の騎士長となると噂されていた。その精神はいつも誇り高く、この男を信じて賭けてみようと思わせる強さをもっていて、そのくせ放ってはおけない危うさもある男だった。
「あいつは幸せだっただろうか」
ブラックの言葉に、答えはない。問いにはいつも、答えがあるとは限らない。
ラウラは胸に迫る思いを押さえて、ただユリアスと、ユアンを想った。
「……ユリアスの子が、前に進みだそうというのなら、支えてあげたいと思う」
それだけが、今ラウラの胸中にある、答えだった。
ブラックもまた、思いを馳せるように、瞳を閉じる。
「そうだな。俺たちは、前に進まなきゃならねえ。生きてるんだからな」




