表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/32

生きなおせるか 02

 頭を締め付けるような痛み。それでユアンは目を覚ました。


 自分がどういう状況なのか、一瞬理解できなかった。一度目を閉じ、再び開く。光が差し込む、見知らぬ部屋。唇をかみ締め、やっと実感した。まだ、生きている。


 首を僅かに回す。白いレースが揺れていた。開いた窓の向こうには、雲一つない空が広がっている。


「気がついたか」


 反対側へ首を回す。椅子に座ったラウラが、ゆっくりと微笑んでいた。


「ようやく、毒が抜けたようだ。きみは丸二日近く、眠っていたよ」

「……あの女は」


 喉が乾いて、張り付くようだった。掠れた声がようやく音になった。


「地下牢にいる。ここはフォワ公の城で、アスファリアはこれからレガリスとの話し合いに入る。アデルとフォワ公の処遇も含めて」


 ユアンは首を正面へ戻した。真っ白い漆喰の天井には、豪華な装飾が施されている。羽を広げる天使たち。存在するというのならば何故、安らぎを与えてはくれないのか。


「会談には、ラングハート宰相が出席する」


 ラウラの言葉に、ユアンは無言で目を閉じた。当然だ。アスファリアからすれば、レガリスを更に弱体化させる好機だ。伯父は、止めを刺すつもりでやってくるだろう。


「宰相が到着するまで、あと三日はかかるだろう。きみのことは、まだ報告していない」


 ユアンは目を開き、ラウラを見た。ラウラは静かに微笑んでいた。


「きみのことは、死んだものとして報告することもできる」


 何を言われているのかわからなくて、ユアンはラウラを見つめる双眸を細める。


「きみが望むなら、ここを出て、好きな場所へ行くといい」


 一瞬遅れて、ラウラの言葉が頭に入る。

 それを理解したとき、ユアンは信じられない思いで、喉の奥に張り付いた声を絞り出した。


「……どこへ」


 ラウラの瞳は穏やかだった。どこまでも。ただユアンだけを想ってくれている。それが痛いくらい伝わった。


「どこへでも。きみが望む場所へ」


 どこへでも、行ける? ユアンは軽い眩暈を覚えた。そんなこと、これまで思いつくことすらできなかった。


 ユアンは固く信じていた。どこへも行けるはずがない。できるはずがない。自ら望むことなんて。自由を。アスファリアから、ラングハートから、逃げだすことなど。

 自らの思いに行き場を無くして、どうすればいいのかわからなかった。


 その、ユアンの戸惑いに寄り添うように、ラウラが言った。


「生きることは辛い。だから、逃げてもいい」


 瞬間、目の奥が熱くなった。こみ上げるものに、むせかえりそうになる。


 ラウラは言葉を続けた。


「逃げてもいいんだ。だが諦めないでくれ。約束して欲しい。どこにいても、必ず、生きていくって」


 ラウラはそっと、ユアンの肩に触れた。その体温(ぬくもり)に、ユアンは思わず顔をそらした。どう答えていいのかわからず、ただ苦しかった。


 ひとりになりたい。そう願ったユアンの気持ちを、ラウラは察してくれたのだろうか。


「……もう少し、休んだほうがいい。話せるようになったら、話してくれ。待っているから」


 ユアンの答えを待たずに、ラウラは部屋を出る。


 約束。(かせ)のようなもの。だがそれは祈りとなって、ユアンの心に浸み込んだ。明日を生きる。できるのだろうか、そんなことが。


 ユアンは窓の外へと目を向ける。

 空は澄んでいる。一点の曇りもなく。高く透明な青は繋がっている。どこまでも。

 自由とは、見果てぬ夢ではなかったのだろうか。迫る思いに、ユアンはゆっくりと目を閉じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ