生きなおせるか 02
頭を締め付けるような痛み。それでユアンは目を覚ました。
自分がどういう状況なのか、一瞬理解できなかった。一度目を閉じ、再び開く。光が差し込む、見知らぬ部屋。唇をかみ締め、やっと実感した。まだ、生きている。
首を僅かに回す。白いレースが揺れていた。開いた窓の向こうには、雲一つない空が広がっている。
「気がついたか」
反対側へ首を回す。椅子に座ったラウラが、ゆっくりと微笑んでいた。
「ようやく、毒が抜けたようだ。きみは丸二日近く、眠っていたよ」
「……あの女は」
喉が乾いて、張り付くようだった。掠れた声がようやく音になった。
「地下牢にいる。ここはフォワ公の城で、アスファリアはこれからレガリスとの話し合いに入る。アデルとフォワ公の処遇も含めて」
ユアンは首を正面へ戻した。真っ白い漆喰の天井には、豪華な装飾が施されている。羽を広げる天使たち。存在するというのならば何故、安らぎを与えてはくれないのか。
「会談には、ラングハート宰相が出席する」
ラウラの言葉に、ユアンは無言で目を閉じた。当然だ。アスファリアからすれば、レガリスを更に弱体化させる好機だ。伯父は、止めを刺すつもりでやってくるだろう。
「宰相が到着するまで、あと三日はかかるだろう。きみのことは、まだ報告していない」
ユアンは目を開き、ラウラを見た。ラウラは静かに微笑んでいた。
「きみのことは、死んだものとして報告することもできる」
何を言われているのかわからなくて、ユアンはラウラを見つめる双眸を細める。
「きみが望むなら、ここを出て、好きな場所へ行くといい」
一瞬遅れて、ラウラの言葉が頭に入る。
それを理解したとき、ユアンは信じられない思いで、喉の奥に張り付いた声を絞り出した。
「……どこへ」
ラウラの瞳は穏やかだった。どこまでも。ただユアンだけを想ってくれている。それが痛いくらい伝わった。
「どこへでも。きみが望む場所へ」
どこへでも、行ける? ユアンは軽い眩暈を覚えた。そんなこと、これまで思いつくことすらできなかった。
ユアンは固く信じていた。どこへも行けるはずがない。できるはずがない。自ら望むことなんて。自由を。アスファリアから、ラングハートから、逃げだすことなど。
自らの思いに行き場を無くして、どうすればいいのかわからなかった。
その、ユアンの戸惑いに寄り添うように、ラウラが言った。
「生きることは辛い。だから、逃げてもいい」
瞬間、目の奥が熱くなった。こみ上げるものに、むせかえりそうになる。
ラウラは言葉を続けた。
「逃げてもいいんだ。だが諦めないでくれ。約束して欲しい。どこにいても、必ず、生きていくって」
ラウラはそっと、ユアンの肩に触れた。その体温に、ユアンは思わず顔をそらした。どう答えていいのかわからず、ただ苦しかった。
ひとりになりたい。そう願ったユアンの気持ちを、ラウラは察してくれたのだろうか。
「……もう少し、休んだほうがいい。話せるようになったら、話してくれ。待っているから」
ユアンの答えを待たずに、ラウラは部屋を出る。
約束。枷のようなもの。だがそれは祈りとなって、ユアンの心に浸み込んだ。明日を生きる。できるのだろうか、そんなことが。
ユアンは窓の外へと目を向ける。
空は澄んでいる。一点の曇りもなく。高く透明な青は繋がっている。どこまでも。
自由とは、見果てぬ夢ではなかったのだろうか。迫る思いに、ユアンはゆっくりと目を閉じていた。




