生きなおせるか 01
フォワ公の城へ入り、アデルを差し出すと、フォワ公はわかりやすく顔を青くした。
自分は関係ないと声高に叫んでいたが、ラウラは請け合わなかった。ドライグもこちらで保護したことを伝えると、最後にはフォワ公も観念したようだった。あとの処理は、レガリスとアスファリアの審問官に任せるつもりだ。
ユアンを休ませて、後をブラックに任せてから、ラウラはシオンとルチカのもとへ戻った。
既に日は落ちていて、二人は火を熾していた。ドライグたちは、川辺で体を横たえている。
ラウラの気配に気がつくと、二人は視線をこちらに寄越した。
「ラウラ様」
「待たせたね」
「……ユアンは?」
ルチカの不安げな眼差しが、炎に照らされて揺れる。
「まだ目覚めないが、呼吸と脈は落ち着いている。フォワ公が、腕のいい医師をかき集めてくれたよ。こちらに恩を売って、心証を良くしておきたいんだろうな」
ラウラはため息をついて、ルチカの隣に腰を下ろした。
疲労感が漂い、三人は一瞬沈黙した。ぱちぱちと火の爆ぜる音が心地良い。
ややして、ルチカがぽつりと言葉を口にした。
「ユアンは―」
言いかけて、一度ルチカは言葉を飲みこんだ。
静かに待っていると、ルチカは僅かに目を伏せてその先を続けた。
「ユアンは、死にたかったんだと思う」
驚いてラウラとシオンはルチカを見る。彼女は視線を落としたまま、炎を見つめている。
「前に、私はユアンに言ったことがあるんだ。ユアンを守るって。ユアンのお父上が亡くなってしまったのは、私の所為も同然だから」
ルチカの過去に何があったのか、当然ラウラは知っている。シオンもまた、彼女を以前から知る人間の一人である。
ラウラはルチカとはじめて出会ったときのことを思い出していた。ユリアスを探しに行って、その変わり果てた姿を発見したとき、ラウラはその亡骸に縋って大声で泣きたかった。だが、そうすることはできなかった。ラウラよりも先に、彼に縋って、泣きじゃくるルチカがいたからだ。
腕の中で慟哭するルチカを強く抱きしめながら、己も静かに涙を流したことを、今でも忘れられない。一生忘れることはないだろう。
自分が引き取るつもりであったが、結局ルチカはトゥーレで暮らすことになった。ルチカはドライグたちを気に入っていたから、ドライグたちの存在が彼女の心を癒すだろうと考えたからだ。
以来ずっと、ラウラは我が子のつもりで、ルチカに接してきた。彼女が幼い頃は、ずっとラグーンに駐屯した。彼女に武芸を教えたのも、他でもないラウラ自身だ。
「ルチカ、それは―」
違う、と言いかけたラウラの言葉を、彼女が途中で遮る。
「それをユアンは、自分への罰だって、すぐに見抜いた」
罰。その言葉に、ラウラは心臓が掴まれたような衝撃を受けた。
ルチカが、自分への罰を課している。そんなこと、察してあげることができなかった。今の今まで。
「罰なんて、どうして」
ラウラはルチカの横顔を見る。ルチカの瞳の奥に、やりきれない光が宿った。痛々しいその表情に、ラウラは胸をつかれる。
「私の罪は、私にしか裁けないから」
きっぱりと言われた言葉。ラウラは思わず首を横に振った。
「ルチカ、そんな風に言わなくていい。お前には、何の罪もない」
どうして、今まで気づいてあげなかったのか。ずっと彼女を見てきたはずなのに。そう思うと、ラウラはたまらなくなった。
しかしルチカは小さく首を振った。私のことはいい、そう言っているようだった。
「ユアンは私に言った。私の選択に口を挟むつもりもないし、俺には俺の事情があるって。そう言われて、きっと私と似たような事情があるんだろうって思った。そうじゃなければ、あんな風に私のことをわかるわけがないから」
ラウラはユアンの事情を思う。父を亡くし、母もいなくなった。彼はラングハート家の人間としてふさわしく生きていくことを、強要された。
彼がラングハート家の人間でなければ、そんなことにはならなかっただろう。だが彼は、自ら望んでそこに生まれたわけではない。彼に罪はない。それなのに、彼はそれを責めている? 己の罪として。彼女のように。
ラウラは、いつかの騎士団での出来事を思い出していた。ユアンは言った。告解することで、罪がゆるされること、魂が救われること。そんなことは、ありえないと。
ルチカと同じなのだ、ユアンも。いつまでも、自分をゆるさない。ゆるせない。そうやって自ら傷ついて生きることは、どれほど辛いだろう。なぜ彼らが、そんな辛い選択しなければならないのか。なぜ今まで、自分は彼らを分かってやることができなかったのか。激しい自責の念が、ラウラを襲う。
「ユアンは解毒剤はいらないって言った。迷いなく」
ルチカの言葉に、察しをつけて口を開いたのはシオンだ。
「……ユアンは死を、覚悟していた?」
「覚悟じゃない。あれは―」
一瞬言い淀んで、ルチカは一度目を閉じる。
ややして、心を決めたように、もう一度目を開いて、ルチカは静かに言った。
「あれは、希望なんだ」
今度こそラウラは、身動きができないほどの衝撃を受けていた。
「苦しみを終わらせる、希望。生きていくのは辛いから」
「なんてことを……」
絶句するラウラ。ルチカはその先を続けた。
「でも、きっとユアンも、本心では私と同じはず。私の勝手な思い込みかもしれないけど。ユアンも探しているはずだと思う。明日の姿を。そう、信じたい」
切々と訴えるような声。ラウラは思わず、ルチカを引き寄せ、その腕に抱きしめた。喉の奥がひりひりと、焼け付くように痛い。この子たちはみな、戦いの被害者なのだ。
「ラウラ……?」
だからせめて、ラウラは言うことしかできなかった。
「すまない、今まで私は何もわかっていなかった」
「ラウラが謝ることなんて―」
「……生きていてくれて、ありがとう。ルチカ」
「…………」
ラウラの腕の中で、ルチカは僅かに身を震わせた。