邂逅 06
「むかつくガキだわ」
舌打ちをしながら、アデルはうっすらと血の流れる首を押さえた。
倒れこんだユアンは、ブラックが受け止めてくれている。
「解毒剤を」
ラウラは剣を突きつけたまま、低い声で言った。
アデルは忌々しげに眉間の皺を深くしながら、懐から小瓶を取りだす。
「ここにあるわ。渡すわよ、ちゃんとね」
と、アデルはその小瓶を放り投げた。光を反射させながら、翡翠色の湖へと放物線を描く。一瞬、全員の気がそれた。その瞬間、アデルは逃げ出していた。
間髪置かず、シオンが湖に飛び込む。すぐに浮き上がってきたとき、その手には小瓶がしっかりと握られていた。
それを見て、ほっとしたのも束の間、今度はルチカが、首に掛けられた銀色の笛を取っていた。何の音も出ない。しかしその瞬間、横たわっていたドライグたちが首を上げた。その翼が、大きく広げられ、ルチカはその背中に飛び乗る。
ラウラははっとし、それからすぐにブラックを振り返った。
「ユアンを頼む」
頷くブラックにユアンを預け、ラウラは剣を収めてアデルの後を追う。
足場の悪い洞窟を走り抜け、再び日の下に出たとき、立ちすくむアデルの姿があった。
アデルの行く手を阻んでいたのは、ドライグに乗った、ルチカだった。
「……取引したはずよ。そこを退きなさい」
「それはアスファリアとの取引だ。私には関係ない」
ルチカはドライグから降りる。ブーツの中に隠してあった短剣を取りだすと、少しずつアデルに近づく。
ラウラは己の存在を気づかせるために、アデルの横に進み出た。
「この女には、法に基づいて裁きを受けさせる。ルチカ、武器を下ろすんだ」
ルチカは首を横に振った。
「……できない」
「ルチカ」
「できない!」
ラウラの胸に、憐憫の情が深くなる。ルチカをこれ以上、苦しめたくはない。復讐を遂げて、幸せになるとは思えない。返って傷は、深くルチカに刻まれてしまうだけだ。ラウラはその一心で、ルチカに訴えた。
「一時の激情に、身を任せては駄目だ、ルチカ」
「…………」
体の底から溢れ出る感情を、必死で噛みしめ、最後にはルチカは腕を下ろした。その場で力なく項垂れる。
ラウラは安堵の息をついて、アデルに縄をかけた。
「約束が違うじゃない」
「……いいや。確かに一度は見逃したはずだ。二度はない」
言いながら、縄をきつく締めあげる。アデルは息巻いて、こちらを殺さんばかりの眼光である。それを無視して、ラウラはルチカの側に寄る。
「わかってくれて、ありがとう」
そう言うと、目を瞑ってルチカは、ナイフを収めた。ラウラはルチカの背中に手をあてて、いたわるようにそこを撫でた。
少し待っていると、残りの三人も外に出てきた。
「ラウラ様」
シオンがユアンの腕を自分の肩に回し、半身で支えながら共にこちらに歩いてくる。
「解毒剤は飲ませてあります。一度意識が戻りました」
「ユアン、大丈夫か」
「…………」
まだ意識が朦朧としているようで、ユアンはうっすらと目を開きかけたが、再び眉をきつく寄せぐったりとする。
隣でブラックが肩をすくめた。
「俺が抱えてやっても良かったんだが、それでも自分で歩くって聞かねえ。意識も殆どないくせによ」
とにかく、終わったのだ。ラウラは後始末をつけるために、全員に指示する。
「ブラック、お前はアデルを連れていってくれ」
「わかった」
「ルチカ、ドライグたちを任せる」
「……まだ、ラグーンまで飛ぶのは無理だと思う。しばらく、ここで休ませる」
「ユアンを休ませてから、もう一度戻る。それまで、大丈夫か」
ルチカはこくりと頷いた。ラウラはユアンの側に寄る。
「シオン、私が代わろう。きみはルチカと一緒に、ここに」
「わかりました」
アデルを連れ、既に歩き出しているブラックに続いて、ラウラはユアンと歩き出す。
すぐ側で感じる微かな息遣い。その温もりに胸が熱くなる。
良かった。失うことにならなくて、本当に。