邂逅 04
アデルの言葉に、ルチカが一体どんな表情をしているのか、ユアンに伺い知ることはできなかった。彼女は項垂れて、その拳をきつく握りしめている。
「ルチカ」
ラウラが呼んだが、ルチカは反応しない。
仕方がなくラウラは彼女から一旦離れ、ユアンとシオンのところへ近づく。
「二人とも、大丈夫か? ユアン、止血を」
「勝手に動くな。おい、さっさと縛れ」
むっとした口調でブラックが、捕縛の合図をする。
アデルと共に出てきた兵の手により、全員の手首がその背後で縛り上げられた。武器も全て取り上げられる。
「それで、だ」
ブラックはアデルの方を向く。
「約束だったドライグ使いを連れてきたんだ。そろそろ中のものを、見せてくれてもいいはずだぜ?」
「…………」
アデルはブラックを品定めするように、目を細めた。
「いい加減、俺を信用してもいいころだ」
「信用しろと自ら言う人間ほど、信用できないものよ」
鼻で笑ったアデルに、ブラックは小さく舌打ちをする。
「俺はな、お前と組めば面白そうだと思ってるから今の今まで協力してる。アスファリアに戦争をしかけるなんざ、他のやつにはできねえ。だが、お前が俺を信用せず、手の内を明かさないと言うのなら、俺の協力もここまでだ。いつまでも蚊帳の外じゃ、面白くも何ともねえんだよ」
苛立った口調。ブラックの注意は完全にこちらから逸れていた。
シオンがユアンに近づく。ブラックの背中を注意深く観察しながら、後ろで拘束されたシオンの手から、同様に背中に回されたユアンの手に、そっと何かが手渡される。手のひらに収まる、仕込みナイフだった。
「言っておくが、この四人は俺の獲物だ」
「……どうしようというの」
「このまま殺してもよし、アスファリアに身代金を要求してもよし。とにかくお前には使わせねえ。さあどうするか考えろよ、アデル」
「…………」
眉をきつく寄せて、アデルは腕組みをする。アデルの代わりに、口を出したのはラウラだった。
「ブラック・ハンクス。お前は『黒い森』の首領だな」
「ああ?」
首を回し、ブラックは苛立った声をラウラに向ける。邪魔するなという眼差しを、ラウラにぶつける。
「相手がレガリスでもアスファリアでも関係ない。戦いと金を求めて現れる、無秩序な集団だ」
「だから何だ。何が言いたい」
「お前のような、ならず者と手を組むようでは、どんな計画でも必ず破綻する。そう言いたいのさ」
ラウラは不敵に笑った。アデルとブラックの間に出来た僅かな溝。それを大きく広げようとしているのだ。
ブラックとアデルの視線はラウラに向いている。ユアンはシオンから受取ったナイフを、慎重に縄にあてがう。
「ならず者か。違いねえ。だったらそのならず者になぶり殺されるとき、お偉い騎士長様は一体どんな声を上げるんだろうな。是非聞いてみてえ」
鼻で笑ってからブラックは、斧を取って一歩こちらに踏み出した。シオンがすかさずラウラの前に進みでる。
「待ちなさい、ブラック」
「うるせえ。言っただろう? こいつらは俺の獲物だ。口出しするな」
「私と組みたいのなら、少しは自分を抑えて頂戴」
苛々としたアデルの言葉に、ブラックは動きを止める。アデルは息をついた。
「馬鹿な真似はよして」
「だったらお前が選択しろ。俺と組むのか、組まないのか。組むのなら手の内を見せて貰う」
ブラックの言葉にアデルは沈黙し、ややして不満げな様子で答える。
「……わかったわ。ただし、私の邪魔をすれば、殺すわ」
「それは俺も同じだ」
口角を上げたブラックを無視して、アデルはルチカの前にくると、その胸元を無造作に掴む。
「いらっしゃい。あなたには、やってもらうことがあるの」
「…………」
「それと、もう一人必要ね」
品定めをするように、こちらに視線を向けるアデル。ユアンは迷いなく一歩進みでた。
「ユアン」
呼び止めたシオンに、ユアンは視線だけで返事をする。俺が行く、という強い意志が、眼光から伝わったようだ。
シオンは黙ったが、まだ不安げにこちらを見ている。
「誰でも良いわ。きなさい」
「良くはない。行くのなら、全員だ」
非難の声を上げるラウラ。アデルは無視する。
「ユアン、待つんだ!」
「大丈夫です」
振り返らずに答えて、ユアンもその後に続く。手首の縄にはすでに十分な切れ目が入っている。あとは力を入れるだけで、簡単に切れる。
「残りを逃がしたら承知しないわよ。いいわね」
兵士たちに指示をして、アデルは洞窟へと向かう。
ユアン、ルチカはブラックに伴われ、後に続いた。