邂逅 03
「お遊びが過ぎるわね、ブラック」
フードの女の険を含んだ声に、腹と肩の止血をしながらブラックは答える。
「そう言うな。ここにおられるは、アスファリアの騎士長様だぜ」
女は、ラウラに顔を向けた。
「確かなの」
「俺が間違った情報を流したことがあったか?」
「……城を嗅ぎ回っている輩がいたようだったけれど、あなたたちだったわけね」
女はゆっくりとラウラに近づいた。
「飛んで火にいる、かしら。アスファリアも随分馬鹿な真似をするのね」
「……アデル」
ラウラの声に、ユアンは思わず拳を握りしめていた。この女が何者なのかなんて、当然察しがついていた。だが改めてその名を聞くと、体に戦慄が走った。ラウラのすぐ後ろでルチカも、女にくぎ付けになったように、立ち尽くしている。
隠す意味はないと悟ったのか、女はラウラの目の前で、そのフードを下ろした。アデルは、黒くゆるやかに波打った髪をした、はっきりとした目鼻立ちの女だった。若くはない。だが妖艶な雰囲気を身にまとっている。
「どこかで会ったことがあるかしら。残念だけど、覚えていないわ」
からかうようにアデルは笑う。その細い指でラウラの頬を撫でる。
「フォワ公へのいいお土産ができたわ。これで、アスファリアに攻め込む大義名分ができた。諸手を上げて、開戦といきましょう」
「開戦し、レガリスに何の益がある。大公はそれを望んでいないはずだ」
「そうね。まったく、意気地のない男だわ。何の益かですって? 決まっているわ。ラグーンを支配して、レガリスはこの大陸の覇者となる」
アデルの瞳が異様な熱を帯びた。だがそれは一瞬で、ふたたび微笑みを作ってアデルは、ラウラから離れる。
「それが無理なのは、先の戦争で証明されているはずだ」
「それはどうかしら。前回と同じ結果になると思っているなんて、傲慢ね」
「……お前は何を企み、何になろうとしている」
「何にも。ただ、国を愛しているだけのことよ」
くるりと背を向けて、アデルは洞窟の方へと向かう。去り際にブラックに横目で指示する。
「あの男以外は殺していいわ」
「いいのか? まだ、使えるぜ」
ブラックの言葉に、アデルは眉を潜めて立ち止まる。ブラックは、顎でルチカを指し示した。
「あの小娘は、ドライグ使いだ」
「何ですって」
再び振り返り、アデルはつかつかとルチカの前に近づく。さっきからただの一言も声を発しないルチカの前までくると、彼女の服を掴み、その胸元を大きく開いた。彼女の鎖骨のすぐ下には、銀色の小さな笛があった。
「……竜の笛ね」
頬を上気させてアデルは、勝ち誇ったように笑った。
「いいわ。あなたは、生かしておいてあげる。私の言うことを聞くならね」
「……他の三人は解放しろ。でなければ従わない」
「それは無理な相談ね」
「では一緒に殺せ」
目を吊り上げて、アデルはルチカの頬を拳の裏で殴り飛ばした。
「私に指図するなんて、いい度胸ね」
ルチカはゆっくりと、打たれた顔を正面に戻す。
「……私を見ても、本当に、何も思い出さないんだな」
「何ですって」
「私には忘れたくても、忘れられないのに」
アデルはまじまじとルチカを見つめた。
ややして、ようやく思いあたったのか、僅かに目を見張った。
「……生きていたの」
「おい、どういうことだ」
話が見えぬと、不満げな声を上げたブラックに、アデルは振り返って口を歪めた。
「私の娘よ」
「何だって」
ブラックは信じられないものを見るように、ルチカを見た。
「前の作戦で使ったの。十年前の忘れ物ってところね。まさかドライグを扱えるようになって私のもとへ現れるなんて。最高だわ」
アデルはルチカの側から離れ、ブラックに指示する。
「とりあえず、生かしておくわ」
「……お前の、本当の娘なのか?」
信じられないというようなブラックの声に、アデルは彼の方を振り返り、何がおかしいのか高笑いした。
「この私が、子供を産む? 冗談じゃないわ。そんな馬鹿げたことに、なぜ自分の時間と体を使わないといけないの? 髪の色と、目の色が同じ子供を、適当に選んだだけよ。騙される方が悪い。そうは思わない?」
最後はルチカを見て、アデルはそう言った。
ルチカの顔色が蒼白になった。
「……俺が言うのもなんだが、お前ほど最低な人間は、見たことがないぜ」
ブラックの言葉に、アデルは花のように微笑んだ。
「ほめ言葉として、受取っておいてあげるわ」