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邂逅 02

「お前たち、こんなところまで、何の用だ?」


 少しずつ距離を狭めながら、ブラックは斧を肩に担ぐ。


「……お前こそ、こんなところで何をしている」


 問いながら、ユアンはブラックの左右に立つ男たちをさっと観察する。長剣を持つ男が一人。逆側の男は腰に複数の小刀をぶら下げている。投擲(とうてき)用か。


「決まってる。招かれざる客を排除しにきたのさ」


 どこか嬉しそうな様子さえのぞかせながら、ブラックはにやりと好戦的に笑った。


「どうやら仲間とは落ち合えなかったみたいだな」


 ブラックの言葉に、二人は表情を厳しくする。まさか、この男の手にかかったのだろうか。シオンは、いつにない低い声で問うた。


「二人をどうした」

「二人? ああ、アスファリアの騎士長と、ドライグ使いの娘のことか?」


 ユアンとシオンは同時に目を見開いた。二人の素性を知っている。ということは、本当にこの男の手に落ちてしまったのだろうか。


「お前が俺を、あの場で殺さなかったから、こんな結果になったんだぜ」


 ユアンを見て、ブラックは皮肉げに笑った。

 一瞬で、ユアンの全身が怒りで支配される。だがその感情とは裏腹に、血管の一本一本までが、冴え冴えと冷えわたるのを感じた。


「わかった。お前を殺す。今すぐに」

「俺を殺したら、仲間には永久に会えない」

「そんな玉じゃない。二人なら、自分で何とかする」


 心配ないと、そう約束したのだ。それを信じるしかない。


「そうかい。さすが騎士長様だ。部下からの信頼が厚いな」


 ひとつ肩をすくめてから、ブラックは斧を体の前に構える。


「さあ、リターンマッチだ。今度は、パーティ戦といこうぜ」


 次の瞬間、もうブラックの姿はそこになかった。ユアンは眉間に強く力をいれて目の前を睨む。見る間に迫ってくるブラックの姿をとらえた。


 振り下ろされたブラックの斧を避け、ユアンの剣が水平に弧を描いた。ブラックはとっさに体を反転させ、斬撃を受け流す。


 高く(こす)れあう音が響いた。ユアンが一度後方に飛び下がり、再度間合いを詰めようとしたとき、真横から何かが迫る気配がした。


 慌てて身をよじった瞬間、ナイフが足元につき刺さった。離れた場所で男がちっと舌打ちをする。


 二刀目を振りかぶる男に、シオンの流し斬りが入っていた。男はその場に崩れ落ちる。


「もらった」


 低く響いたブラックの声。ぶわ、と真上からの風に、ユアンははっとして顔をあげる。

 避けなければと頭に浮かんだ瞬間、肩から腹に焼けるような衝撃が走った。鮮血が勢いよく飛び散り、苦痛に顔が歪む。


 声をあげる(いとま)すら与えずに、ブラックは再び斧を振りかぶっていた。


「ユアン、ひけ!」


 声が聞こえた瞬間、シオンの剣がブラックの肩当てにめりこんでいた。ブラックは顔をしかめて数歩あとずさる。


 その間にユアンは後方に下がり、傷に左手をあてる。浅い。攻撃をくらう瞬間、反射的に体を逸らすことができたのだろう。


 今一度剣を構えなおしたとき、ブラックは肩から鮮血を振り撒きながら、シオンへと向っていた。ユアンは地面を蹴った。間に合わない。


 ブラックの膝がシオンの腹にまともに入っていた。かは、と勢い良く血をはきだしながら、シオンは後方にはね飛ばされる。だがシオンは受け身をとると、斬りかかってきた長剣の男の攻撃を受け止めた。


 ユアンは再びブラックに斬りかかる。低い姿勢から斬りだした一撃は、ブラックの胸の上を流れるように動いた。その軌跡を描くように赤いものが噴き上げる。


 ブラックは顔を歪めながらも、次に迫っていたユアンのもう一撃を左腕の手甲で受け止め、力任せに押し返す。鋼でも仕込んでいるのか、ユアンの剣は手甲の表面に傷をつけただけだった。


「軽いんだよ、お前の剣は」


 体勢を立て直し、ユアンは舌打ちする。その瞬間、ブラックが急にバランスを崩した。長剣の男を倒したシオンが、足払いをかけていた。


 ブラックは転倒を堪えたが、ユアンは逃さなかった。まるで吸い込まれるように、ユアンの剣は動いた。


「……っ、は」


 吐き出すように息をして、ブラックは動きをとめていた。その脇腹に、ユアンの剣がまっすぐに突き刺さっている。


 ユアンはすぐに引き抜こうとしたが、剣の柄は塗り固められたように動かなかった。それに驚いた刹那、こめかみの辺りに衝撃が走る。頭蓋骨を砕かれるような感覚。ブラックの拳に、ユアンは剣を手放して声もなく殴り飛ばされていた。


「痛てえ。くそガキが……」


 いまいましげな声が耳に届く。くらくらとする脳に、ユアンはすぐに焦点をあわせることもできない。頭の中でやかましく銅鑼を打ち鳴らされているようだった。


「……く、そ」


 それでも奥歯を噛みしめて、ユアンは立ち上がろうと片膝をつく。目の前を何かがさえぎる。シオンが再び地を蹴っていた。


「邪魔くせえ!」


 ブラックの怒号とともに、甲高い金属音と共に、シオンの剣がその手から離れて空に放物線を描く。シオンが危ない。もう一度、せめてあの剣を取り戻そうと、ユアンがふらふらと立ちあがったときだった。


「シオン! ユアン!」


 ラウラとルチカの声。振り返ってその姿の無事を確かめたとき、ユアンは思わず全身から力が抜けそうになった。シオンもまた、二人を見て安堵の表情を浮かべた。


 ルチカが血相を変えて駆け寄ろうとしたが、ブラックがそれをさせなかった。


「おっと、お嬢ちゃん。動いたらこいつらの首は飛ぶ」


 目の前に斧。武器を持たない二人。ユアンは唇を噛む。ブラックは既にこちらを見ていなかった。ラウラとルチカの姿に、盛大に舌打ちをする。


「まったく。捕まえとけって言ったのに、簡単に逃がしやがって。馬鹿どもめ」


 言いながら、ブラックは左手で腹の剣を引き抜いた。溢れる鮮血。ブラックは忌々しげに一瞥して、剣を投げ捨てる。


「二人を返して貰おうか」


 低く凄みのある声で、ラウラが一歩動いた。


「動いたら首が飛ぶと言ったのが聞こえなかったのか?」

「その次の瞬間に、お前の首も飛ぶことになる」

「…………」

「その怪我で、私に勝てると思うなよ」

「……むかつくぜ」


 口元を歪めながら、ブラックが斧を構えなおしたときだった。


「ブラック」


 叱責するような、女の声が響いた。深緑色のローブの人間が、洞窟の中からゆっくりと姿を現す。フードに隠れ、顔は見えない。だがその声と背丈から、女であることはわかる。


 女の後ろから、何人もの兵士が走り出て、弓を構えて一同を取り囲む。


 ちっと小さく舌打ちをして、ブラックは斧を下ろす。腹を押さえながら、女のもとへと行く。


 女は苛立ちを含んだ強い口調で、四人に言った。


「一歩でも動いてごらんなさい。蜂の巣よ」

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