邂逅 01
「それで、何がわかった?」
朝になり、軽い朝食を取る。ラウラの脇には、大きな紙を筒状に巻いたものが置かれている。
「武器の発注が大量にあっているようです。武器の多くはフォワ公の城に運ばれていましたが、一部が城門から出て西の方へ運ばれたようです」
先に報告したシオンに続いて、ユアンも口を開く。
「城内には正規の軍人ではない、おそらくフォワ公かアデルが、非公式に雇った傭兵が。数はだいたい五百。女は見かけなかったので、潜伏先は別かと」
ユアンの報告の後で、シオンは忘れずに付け加えた。
「すみません、調査の際に必要だったので、武器防具を購入しました。七〇〇万ロスの支払いが。質は良かったので、騎士団でも十分に使えるかと。十日後に取りに行くと返事をしています」
「わかった。取りに向かう手筈は整えておく」
ラウラはそこで、手に持っていた紙を机上に広げた。
「私の方でも調べたが、これを見てくれ」
それは、この周辺が詳細に記された地形図だった。
「城門の西は、窪地が多くなっている。特にここだ。かなり深い」
「……深い窪地。地下に繋がっている可能性がありますね」
シオンが言うと、ラウラがそのとおりとばかりに頷いた。
「アデルは多分ここにいる。すぐに向かう。二組に別れ、ひとつは囮、ひとつは侵入だ。囮には私とルチカが。シオンとユアンはアデルを見つけだせ」
ラウラの指示に、心配そうに表情を曇らせたのは、シオンだ。
「大丈夫ですか。ラウラ様の身に何かあっては……」
「大丈夫だ。発見したら、鏑矢を打て。すぐに行く」
ラウラには、自分たちが失敗し、捕まることなど想定されていないようだった。それはルチカも同様である。
「大丈夫。ラウラと一緒だから、心配いらない」
「……わかりました。では、我々は北回りで行きます」
シオンがこちらに視線を寄越した。ユアンは、異論はないと、小さく頷く。
「では、すぐに出よう」
ラウラの言葉を合図に、行動を開始した。
建物を出た瞬間に、二手に別れる。
「こっちだ。ついてきてくれ」
そう言って、シオンは人込みの中に入っていく。ルチカと同じで、シオンの歩みには迷いがない。ユアンはそのすぐ後に続き、周りには聞こえない声で話しかける。
「この国にきたことがあるのか」
「ああ。アスファリアにくる前は、各地をいろいろと回っていたんだ」
「アスファリア出身じゃないのか」
「ラウラ様が拾ってくれて、国籍を取得したのが五年前かな」
五年前。十五歳のときか。それまでの少年時代、どうやって彼は生きていたのだろうか。
ラウラが拾い上げて、この作戦にも同行させるあたり、腹心の部下というところなのだろう。彼の方も、ラウラへの忠誠心が厚いことは、行動を共にして十分わかった。
「騎士団で、きみと話したことはなかったね。俺のことは、知っていた?」
アスファリアを出て一週間が経っているが、はじめてシオンはそんな話を振ってくる。作戦行動中だと気づかれないため、普段通り振る舞う必要もあって、ユアンもそれに答えを返す。
「名前と顔くらいは」
ユアンの正直な答えに、シオンはくすりと笑う。
「きみはあまり、他人に興味がなさそうだった」
「お前だって、そうだろ。今の今まで、必要なこと以外、俺に会話を持ち掛けてきたことがあるか?」
ユアンが切り返すと、シオンは苦笑いする。
「興味がないわけじゃないよ。ただ、得意じゃないだけで」
確かに、無関心と遠慮では、大きな違いがある。ユアンが前者で、シオンは後者というわけだ。
城門へ着いた。早朝にも関わらず、既に門は開かれており、沢山の人間が行き来している。
「行こう」
シオンに促され、城門をくぐる。街道を進み、人通りが少なくなったところで、南へ折れた。
森林地帯に踏み入る。行く手を阻むものはいなかった。ラウラとルチカが、うまく陽動してくれているのだろうか。
「こっちだ」
樹林の中をしばらく進むと、水のせせらぎ音が耳に届くようになった。音の元へ近づくと、切り立った崖の下に、川が流れているのが確認できた。
「ユアン、あれを」
示された方向にあったのは、巨大な洞窟の入口である。川の水は、そこから流れ出でている。
しばらく様子を見ると、中から三人の男が出てきた。三人は周辺をきょろきょろと見回し、警戒している。
「見張りか。ということは、当たりだな」
ユアンが呟くと、シオンも頷いた。
「ユアン、先に」
そう言ってシオンは外套で隠してあった弓を出し、見張りの男へと矢を向けた。
ユアンはベルトに着けてあったロープを取り出し、周辺で一番太い木の幹へと手早く巻きつける。万が一降りる途中で相手に気づかれても、シオンが仕留めるだろう。
無事に崖下へと降りると、構えを解いて弓を背中に戻したシオンも続いた。
「合図を送る。彼らも気づくと思うから、応戦する」
ユアンが頷くのを確認して、シオンは再び弓を空へと構えた。甲高い音が空気を切り裂く。同時にユアンは、同じく外套の下に隠してあった剣を手にとった。
こちらに気がついた三人の男が、武器を手に向ってくる。
シオンは空から下ろした弓を、そのうちの一人の男に向って今一度引いた。矢は腹に命中し、一人が川の中へ転げ落ちる。
男はもがきながら、岩場にしがみつく。シオンは弓を放って剣を取った。
一人に一人。難しい敵ではなかった。それぞれが相手を昏倒させ、洞窟の目の前までたどり着く。
ラウラとルチカはまだ現れない。嫌な予感がした。
「さっきの合図で、敵が集まる。このまま行くぞ」
ユアンはそう言ったが、シオンの足は動かなかった。
「ラウラ様……」
シオンは崖の上を振り仰いで不安な声をあげた。ユアンが苛立って、彼の肩に手をかけようとしたときだった。
「よう」
何の気配もなく、背中から聞こえた声。ユアンとシオンは振り向きざまに、剣を構える。目に入ってきた姿に、言葉を無くす。
「また会ったな」
つい数日前にユアンが戦った大男。盗賊、ブラックだった。