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プロローグ 02

「騎士団への入団希望者は、この名簿に氏名を記載すること」

 騎士団員の呼びかけに、数多(あまた)の生徒が集まってゆく。


 その集団から少し離れた場所で、ユアン・ラングハートは、彼らの様子をじっと見つめていた。

 眉根は、きつく寄せられている。


 アスファリア王国には、七歳の春から十八歳の春までの十二年間、王立の学校へ通わなければならないという法がある。

 国民全員に、最低限の教育を施すことが決定されたのは、この国の歴史がはじまって早い段階からである。

 国の学校で学ぶのは主に言語、数学、歴史および地理。

 専門的に教えられるのではなく、あくまで一般常識程度である。


 十八歳で卒業をした同じ年、子供たちは成人を迎えることとなる。

 大人となった彼らは、進路の選択を迫られる。

 あるものは勉学を修めるために上級学校へ進み、あるものは商業、工業、農業の専門職に就き、またあるものは王宮へと出仕する。


 そして騎士団への入団も、与えられた選択肢の一つだった。

 王国建国以来、国防の最前線で活躍する騎士団には、毎年希望者が殺到する。


 アスファリア騎士団。

 最高位である総帥には代々のアスファリア国王が就くが、騎士団の実質的な司令は騎士長が行う。

 現在の騎士長はラウラ・アズルといった。


 ユアンも数度、見たことがあった。

 その立場から想像される、いかにも屈強な男ではなく、穏やかな物腰の人物である。

 濃い灰色の髪は短くきり込まれていて軍人らしい清潔感があり、深い群青色の瞳には、優しく落ち着いた光が宿っていた。


 出自が恵まれていたわけではないが、これまでの功績が認められて騎士長にまで登りつめた。

 彼のように武勲を上げ、成り上がらんと、若者たちは夢をみる。


「ねえ、ユアンはどうするの?」

 甘ったるい匂いが鼻腔に届いた。

 ユアンの腕に、細い腕が絡みつく。


「私、ユアンは騎士団に入ったら良いと思うな」

 眼前の彼らは皆、まもなく学校を卒業する生徒たちばかりだ。

 そしてユアンも、三ヶ月前の冬の寒い日に、すでに十八歳の誕生日を迎えていた。


「騎士団の正装って素敵なのよね。ユアンが着たら、もっと素敵―」

 無言のままその手から離れ、ユアンは騎士団員のもとへと進む。


 成人。

 嫌な言葉だった。

 大人になるというよりは、大人になったと見なされることである。

 生きていくために、人は何かをしなくてはならない。


 いくつかある選択肢の中で、結局それ以外を選ぶことのできない自分。

 途方もない失望感が胸の奥で重く(うず)き、ユアンは奥歯を噛み締めた。


「君も入団希望かい?」

 騎士団員の眼前までくると、きれいに感情を押し殺して、ユアンは差し出された羽ペンを手に取る。


 用紙には何人もの名前が連ねられている。

 一瞬のためらいの後、勢いよくユアンはペンを走らせた。


「君、どこかで―」

 ユアンは顔を上げなかった。

 騎士団員は用紙を覗き込む。


「ラングハート? ああ、ユリアス様のご子息か!」

 ユアンはペンを置き、顔を上げる。

 騎士団員は、声の調子と同じ、にこにこと邪気のない顔をしていた。

 が、無表情のユアンに、騎士団員の顔が次第に曇る。


「……違った、かい?」

「もう、ユアン!」

 腕を引かれる。

 そちらを見れば、甘い香りの持ち主は、遠慮なく不満をぶつけてきた。


「置いていくなんて、ひどい」

 頬を膨らませながら、彼女は名簿に目をやり、ぱっと顔を輝かせる。


「騎士団に入るの? 嬉しい」

 そう言った彼女は多分、自分がそうして欲しいと願ったから、ユアンがそうしたのだと思い込んでいるのだろう。

 幾人もの男を虜にした笑顔で、嬉しそうにはしゃいでいる。


 はしゃいでいるのは、なにも彼女だけではない。

 春の風は暖かく、人の気持ちを少なからず陽気にさせる。

 まもなく輝かしい門出を迎えるというのであれば、なおさら。


 人は誰もがそう思っていると錯覚するけれど、本当はそうではない。

 巡る季節に理由のない焦燥を感じ、苛立ちを隠せなくなる人間も、やはりいるのだ。


「……くだらない」

「え?」


 ユアンの小さな呟きは、彼女の耳には届かなかったようだ。

 届かなくて良かった。

 彼女に対する言葉ではない。

 くだらないのは、他でもない、こんなことで苛立つ自分自身だ。

 ユアンは騎士団員に視線を戻した。


「騎士団には、事前に伺う必要はありますか」

 騎士団員は、ちょっと待ってくれ、と慌てて必要な書類をユアンに渡す。


「一週間後に、本部へきてくれ。場所は、その地図にあるとおりだ。わかるかい?」

「わかります。では」

「ちょっと、ユアン! 待って!」

 聞こえないふりをして、ユアンは去った。

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