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その先にあるもの 07

 トゥーレは、レガリスからアスファリアへ続く街道上にあることもあり、小さいが昔から旅人の多い村である。

 先の戦争以後は、戦勝国であるアスファリアが、ラグーンをレガリスの侵略から守るという目的で、駐屯地を設けている。トゥーレは、村の自治には干渉しないということを前提に、アスファリアを受け入れており、その関係は良好であるといえる。


 ユアンたちのことは、トゥーレの村、および隣接するアスファリア駐屯地に既に連絡が入っているようで、彼らは騎士団員ではなくあくまで旅商団の一員として扱われた。騎士長であるラウラを見ても、騎士団員たちは会釈すらしない徹底ぶりである。


 村には木々や花々が溢れていた。建築物の自然石に、緑や赤や黄がよく映えている。すこし視線を遠くにやれば、藍色に輝く水面(みなも)が見える。十年前、戦争で蹂躙された村は、美しく蘇っていた。


 今夜はトゥーレで過ごし、明朝にはレガリスへ出発する。

 その夜ユアンは、なぜか眠れずに、宿から抜け出していた。


 誰にも後をつけられていないのを確認して、村の道を進む。月明かりに照らされて更に深みを増した、藍色の湖へ向かって。そこに辿りついたとき、ユアンは思わず目を奪われていた。


 何匹ものドライグたちが、水辺で羽を休めていた。それぞれの体躯はちょうどユアンの二倍程。ときどきはユアンと同じくらいの大きさのものもいる。体の鱗は、一枚一枚が曇りのない漆黒の宝石のようで、ドライグたちの体は、光を(まと)っているように見えた。


 ユアンの存在に気がついて、数匹がこちらに顔を向ける。その瞳は月と同じように金色で、黒い瞳孔は爬虫類らしく縦長に開いている。

 その視線に、ユアンは一瞬体を固くしたが、ドライグたちはすぐにユアンから顔を背けた。興味がない。そう言われた気がした。


「はじめて見るのか?」


 背後から声をかけられた。声が聞こえるまで、まったく気配を感じず、ユアンは驚いて振り返る。ルチカだった。


 ユアンは視線をドライグたちに戻しながら答える。


「……ああ。人を襲うことはないと聞いていたが、本当なんだな」


 ルチカは隣に並び、ドライグたちを見つめる。


「襲わないよ。こちらに敵意がなければね」

「あれに、お前たちは乗るのか」


 それは、どんな気持ちなのだろう。あの大きな翼で、空を翔けるのは。


「皆、操ることはできるけど、乗れるのは全員というわけじゃない。飛ぶのは、私たち(かど)(もり)だけ。それも、有事の時だけにね。個人的な理由で乗ることは禁じられてる」

「お前がここにいるのに、近づいてきたりはしないのか」


 犬や馬が、慣れ親しんだ飼い主のもとへ駆け寄る様子を想像して、ユアンは聞いた。

 ルチカは小さく笑う。


「しないよ。呼ばなければね。でも私がいることは、ちゃんとわかってると思う。私が普段乗るのは、あのドライグ。他の子にも乗るけど、一番相性がいい」


 彼女は指をさした。ユアンはそちらを見るが、どのドライグなのか良くわからない。ユアンにはどの個体も、同じに見える。


「わかるのか、あの群れの中で」

「わかるよ」


 ルチカは小さく目を細め、ドライグたちを見やって呟いた。


「みんな、家族だから」


 家族。その存在があればこそ、ルチカは生を望むことができるのだろうか。たとえそれが、どんなに辛いものであっても。


 ユアンは、家族の姿を思い出そうとした。

 父親の姿は、ラングハート家にある肖像画で知るだけだ。

 母親とも離別して十年、一度も会ったことはない。母親に関するものは、すべて処分された。会いたいとも、もう思わない。

 そんな自分自身を薄情であると思うし、そういうところがラングハート家の血なのかと思えて、心底うんざりしていた。


 ユアンは目の前のドライグたちを見る。美しい群れ。この美しさにただ感心して、なぜ生きていくことができないのか。


 ユアンは一度瞑目し、思いなおす。それを望んだのは、他でもない自分自身だ。

 再びユアンは目を開き、夜空を見上げる。あの空が何度巡れば、その時を迎えるのだろう。

 もうすぐだ。心の中でそう呟いた。


 自分を満たす唯一の希望に、思いを馳せた。

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