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その先にあるもの 06

 昨夜の薬は確かに体に良く聞いた。夢も見ず、深い眠りの後にユアンが目覚めた時、腹部の痛みはほとんどなくなっていた。押せば少し痛む程度だ。


 ユアンは包帯を解き、塗り付けられた薬を拭き取る。それから着替えを済ませ、荷物とともに部屋を出る。あの荒れ果てた食堂で、朝食の準備が出来ているはずだった。


 しかしその途中で、ユアンは足を止めることになる。建物の外で人の話声が聞こえた。


 回廊の窓から下を覗き見れば、商団の人間と、ラウラ、シオン、ルチカが集まっていた。ユアンは一瞬眉を潜め、すぐに階下へと急ぐ。


 建物の外に出た瞬間に、異変に気がつく。中庭に繋がれてあった馬が、明らかに少ない。


 ユアンが姿を現すと、ラウラたち三人は一斉にこちらに視線を寄越した。


「ユアン、具合は?」


 シオンの問いには答えずに、ユアンは目つきを厳しくする。


「あの男は」

「…………」


 申し訳なさそうな表情で、シオンは何も答えなかった。

 代わりにルチカが、首を小さく振った。


「朝起きたら、もう……」

「見張りは、いなかったのか?」


 思わず、きつい口調になる。腹の奥が再び焼けるように(うず)いた気がした。

 ユアンの問いに答えたのは、ラウラだった。


「私とシオンが交代する、ほんの僅かな間に逃げられた。本当にすまない」


 と、素直に言われてしまっては、ユアンとしてはそれ以上追及できるはずもない。盛大に舌打ちをしたい気分であったが、自分とて一瞬も目を覚まさずに眠り込んでしまったのだ。文句は言えない。


「我々の情報が、レガリスに漏れる心配は?」


 感情を押し殺そうとつとめて、ユアンはこれからのことを考える。

 そのことは、当然彼らも話し合っていたのだろうが、結局ラウラの答えは、ユアンの満足するようなものではなかった。


「正直、わからない。とにかく、我々も急いで行動しよう」


 レガリスに辿りつく前に、不安要素を抱えることになった。だが、ここにもうあの男の姿がない以上、ラウラの言うとおり、先に進むしかないのだろう。ユアンは小さくため息をついた。


 その後、一時間程で出発の支度が整った。それぞれが馬に乗り、商団の前方、中央、後方へと別れて馬を進める。


 傾斜のゆるやかな山道は、馬車が通れるほどには整備されていた。だがその付近の自然は手付かずのまま残されていて、一歩道を間違えれば、間違いなく遭難というところだろう。

 秋になっても枯れることのない常緑樹が辺りを覆い、しかもその一つ一つが何百という歴史を感じさせるほど巨大なものばかりなので、日光の七割がたは遮断されてしまっている。湿気も強いのだろうか、木々の幹や根、付近に転がる岩や地面にまで、青々とした苔こけがびっしりと()していた。


 やがて、木々の合間から、視界に青いものがうつった。思わず手綱を持つ手に力が入る。やがて視界が(ひら)けたとき、それは全貌をあらわにした。


 深緑の中に、鮮やかな青い潟湖(ラグーン)。少し高い場所から見ているから、一部が外海と繋がっているのもはっきり見える。淡い水色の水平線を境に、空と海はどこまでも鮮やかな青だった。


 まだラグーンまでは距離がある。しかし澄みきったラグーンに、黒い影がいくつも映るのがはっきり見えた。

 時折それは、水面(みなも)から飛び出して姿を現す。ユアンは思わず息を呑んだ。

 艶やかな黒い羽を広げるその姿は、思った以上に美しかった。生まれてはじめて目にする、壮麗なる飛竜(ドライグ)たち。

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