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その先にあるもの 04

 七歳の時、レガリス西部にある修道院で育てられていたルチカを、アデルが迎えにきた。あなたの母親だと言って、ルチカを両手で包んでくれたアデルは、絵画に描かれた聖母そのものに思えたという。


 アデルには数人の仲間がいて、彼らは旅役者の一団だった。ルチカも連れられ、レガリスからやがてトゥーレに辿りついた。


 しばらくトゥーレで過ごし、ルチカは八歳になった。そしてある時、彼らは豹変した。


「旅役者ではなくて、レガリスの諜報員だった。私をトゥーレに連れていったのは、子供連れなら相手が油断するから。実際、トゥーレの皆は私たちに優しくしてくれた」


 そこで言葉を詰まらせ、ルチカは眉を寄せて目を伏せた。


「十分にトゥーレを観察して、彼らは対策を練った。それから―」


 それから、戦争になった。


 ユアンは彼女から視線を逸らし、虚空を見つめた。

 ルチカのその後は、聞かずとも想像がついた。アデルには、用済みとばかりに捨てられたのだ。彼女は母親を追い、犠牲者が出た。だが、そんな彼女を、誰が責められるというのだろう。


 それを聞いて、ユリアスの死の原因を、誰もがはっきりと言わない理由も理解できた。生き残った彼女を、気遣ってのことだろう。そうでなくても彼女は、こうして自分を責めている。


「許して欲しいなんて、思ってない」


 はっきりした口調で彼女は言った。ユアンはルチカに視線を戻す。ルチカの瞳が、強い決意を湛えたものに変わっていた。


「だけど、守ると決めた。ラグーンを。ドライグたちを。そして、ユアン、あなたも」


 彼女の瞳に宿る、意志の強さの理由を見た気がした。後悔、自責。それを乗り越えようと自分に鞭をふるい、自ら選んだ道へまた戻る。人に頼ることもできない、孤独な意志。


「だから、俺の代わりに、自分が戦うべきだったと言ったのか」

「……その傷は、私が受けるべきだった」


 聞こえるか聞こえないかの声で、ルチカは己を責めるように言った。

 それを聞き留めたとき、ユアンの胸がざわついた。傷を引き受ける。それでは、ただ守るという意味とは異なる。それは。


「……罰なのか」


 直感的に感じとってしまった。ルチカの本当の望みを。

 アデルに捨てられて、ルチカはその後トゥーレで育てられたのだろう。おそらく、誰も彼女を責めなかった。だからこそ彼女は、自分で自分を罰せねばならない。そうでなければ、自分自身を許せないから。


 ユアンの言葉に、目を見開いてルチカは絶句していた。その様子が、ユアンの言葉を肯定した。


「……そうなんだな」


 けれども彼女のその行為の根底にあるのは、たぶん、生きたいと願う気持ちのはずだ。罰を受けるのは、罪を償って、生きていきたいからに他ならない。


 ユアンはルチカから目を逸らした。ルチカの選択は、自分とは真逆のものだ。

 生きようと強く願う気持ち。それが自分にあったら、何かが変わったのだろうか。

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