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その先にあるもの 03

 眠ってから一体どれくらいの時間がたったのか。物音に気がつき、ユアンは目を覚ます。


 ぼんやりとしたまま視線を動かすと、ちょうど部屋にルチカが入ってきて、手にした荷物をベッドサイドのテーブルへ置くところだった。


「ああ、起きたのか。ちょうど良かった」


 視線に気づいたルチカは、そのままユアンの上に掛かっていた布団を剥がす。ユアンの上半身がむき出しになった。


 そこではじめて気がついたのだが、破れた衣服は既に脱がされ、体には包帯が巻かれてあった。眠ってる間に、おそらく彼女が(ほどこ)したのだろう。


「薬を塗りなおす。動かないで」


 (はさみ)で包帯の一部を斬ると、丁寧にそれを取り除いてから、ルチカは荷物の中から油紙に包まれた何かを取り出した。


 包みの中にあったのはすり潰した薬草で、立ち込めた匂いにユアンは思わず眉間に皺を寄せる。ルチカは無言でそれを彼の腹部に薄く広げていった。


「……お前、男の裸を見てなんとも思わないわけ?」

「怪我をした男を襲う趣味はない。ご期待に添えなくて悪いけれど」


 ユアンの揶揄(やゆ)をあっさり切り返し、ルチカは薬草を塗り終える。タオルで手を拭き、荷物の中から新しい包帯を取り出した。ユアンは小さくため息をつく。からかい甲斐のない女だ。


 上半身を起こすようにと促されて、ユアンは上体を起こす。そのユアンに手早く包帯を巻き、ルチカは淡々と作業を終える。


 最後に、ルチカは一緒に持ってきていたマグカップを、ユアンの前に差し出した。


「薬草を煎じたものだ。体の内部が弱っている時には、これが一番効く」


 受け取って、そのまま口に持っていく。強烈な苦味に思わず顔をゆがめるが、ややして全部を飲み干した。


 ユアンが再びカップをテーブルに戻すのを見てから、ルチカは最後の荷物を解く。


「新しい服。シオンにあわせたらちょうど良かったから、サイズは大丈夫だと思う」


 ユアンは窓のある方向に視線を動かす。だがカーテンが下ろされていて、外の様子は見えない。


「どれくらい眠ってた」

「少しだけ。まだ夕食が済んだばかり」

「あの男は」

「建物の外で縛ってある。ここに置いていくのも心配だから、トゥーレまで連行して、駐屯地でアスファリアに引き渡す」

「結局、何者かはわかったのか」


 ルチカは首を振った。


「名前は、ブラックと名乗っていたけれど。それ以上は」

「……あまり追及すれば、逆にこちらの情報が漏れる、か」


 ユアンの言葉に、ルチカも頷いた。

 あくまで自分たちは、行商人の一団として行動している。あの男の素性を無理に暴くこともできるだろうが、あまり商団らしからぬ行動はできない。現にあの男は、既にこちらの正体を疑っていた。追及は、駐屯地の騎士団員に任せればよい。


「夕食、どうする? いるのなら何か消化の良いものでも作ってもらうけど……」

「もういい。朝にする」

「そう。わかった」


 彼女の返答を聞いて、用件は終わっただろうと、ユアンは上体をベッドへと埋める。

 そのまま目を閉じようかと思ったが、まだルチカがその場に立っているのに気がついた。


「まだ、何かあるのか」

「……いや」

「はやく言え。俺が起きているうちに」


 疲労のせいかなのか、薬のせいかなのか、ひどく眠かった。もうあまり、起きていられそうにない。


 ユアンのはっきりした物言いに、ルチカは小さく頷いて、そこにあった椅子に腰を下ろした。


「……で、何」

「ごめん」

「何でお前が謝る」


 彼女の思考が理解できなくて、ユアンは眉を寄せる。ルチカ何かを悔いる様子で、小さく首を振った。


「あの時、私が部屋を出なければ良かった」

「民間人がいたんだ。仕方がないだろ」

「違う。私が残って戦えば良かった」


 その言葉の意味を、ユアンは考える。ややして考えついた答えに、多少の苛立ちを込めて答えた。


「……お前が戦えば、やられなかったとでも?」


 ユアンの問いは思いがけないものだったのか、ルチカは少し驚いたように首を横に振った。


「違う。そういうつもりじゃない。ただ―」


 言葉を途中で飲み込んで、ルチカは僅かに視線を逸らした。


 しばらくためらっていたが、ややして彼女は視線を戻すと、口を開いた。


「……ラウラは、あなたのお父上を殺したのは、アデルだと言ったけれど」


 ユアンは小さく目を見開いた。驚いたのは、突然話が変わったからではない。


「本当は、私が殺したに等しい。ユアン、お父上を殺したのは、私だ」


 思わず上体を起こす。告げられた言葉に、二の句が継げなかった。


 ルチカはユアンと同じで、十年前にはたった八歳だったはずだ。その小さな子供が、アスファリア第一師団長を殺す? 馬鹿げている。ユアンは呆れたように息をついた。


「笑えない冗談だな」

「冗談なんかじゃない」


 はっきりと言って彼女は、まっすぐに視線を寄越す。


「十年前、お父上がアデルを追い詰めたとき、私はその場所にいた。隠れていろと皆に言われていたのに、それを守らずに彼女を追ってしまった」


 ルチカは視線を逸らし、強く唇を噛む。


「私が考えもなく飛び出して、お父上はアデルに止めを刺すことができなかった。その一瞬の不意をついて、アデルは攻撃してきた。そして、お父上は私を庇って―」


 はじめて聞く、父の最期だった。これまでその直接の死の原因は、誰も何も語ることはなかった。


「どうして、その女を追ったんだ」


 ユアンはつとめて冷静に、彼女を見ていた。再び視線が交錯する。


 ややしてルチカは重い口を開いた。告げられた真実に、ユアンは衝撃を受ける。


「……アデルが、私の母親だったから」

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