その先にあるもの 02
忍び入った他の賊たちを片づけたのか、食堂にラウラとシオンも戻ってきた。
ユアンと闘った男は、ルチカが用意した縄で捕縛されている。
両手を後ろに回され、男はその場で胡坐をかいていた。しっかと縄を掛けられながらも、表情には焦りや反省の色はまるでない。
「ユアン、大丈夫か?」
口元と衣服を赤く染めたユアンに、シオンが血相を変えて駆け寄る。
「……いい、何でもない。それより賊は」
「大方は捕えた。何人かは逃げてしまったけれど」
言いながらシオンは、床で欠伸をする男に視線を向ける。
「彼で最後だ。下で捕えた賊の中に、首謀者はいなかった」
それを聞いて、ルチカが腰の短剣を引き抜く。
「お前が首謀者だろう。どういう理由で、ここを襲った」
目の前に剣先をつきつけられて、しかし男はにやりと笑う。
「理由? そんなもん決まってるだろう。商人が運ぶ金品を強奪する。それ以外に何があるっていうんだ。それよりもお前達こそ何者だ。商人にはとても見えねえ」
男の目がぎらりと光る。ルチカは再び口を開きかけたが、直後にユアンが大きく咳き込み、彼女は驚いてこちらを振り返った。
ユアンは再びその場に膝をついていた。咳の一回ごとに体の内部がえぐられるように痛む。血の染み込んだ服の腹部を強く握り、眉をきつく寄せた。
「ユアン」
シオンが慌てて手を差し伸べるが、ユアンはそれをさえぎった。シオンの手を無視して一人で立ち上がる。額には玉のような汗が滲み出し、表情は固くこわばる。
それを見たラウラが、ルチカの方へ手を出した。
「ルチカ、それを貸してくれ」
ルチカから短剣を受取り、ラウラはユアンの目の前に立つ。
「……何か」
「動くんじゃない」
そう言って、ラウラは血に濡れたユアンの衣服を掴んだかと思うと、音を立てて大きくそれを切り裂いた。
目を見開くユアンを無視して、ラウラは目の前にさらけ出されたユアンの腹部を見る。瞬間、ラウラは眉間に皺を寄せた。
ルチカに短剣を戻すと、彼女に向って、ユアンの背中を押す。
「すぐに部屋に連れていってくれ。ルチカ、手当は頼む」
「わかった」
「だからこれくらい、何でも―」
むっとして言い返すユアンの言葉を、ラウラは聞き入れなかった。
「何でもないわけがないだろう。血は吐く、咳き込む、内出血はひどい。どこをとっても重症だ」
「…………」
「とにかくすぐに手当を。ここで無理をしては、明日以降の行程に差しつかえる。そちらの方が迷惑だ」
きっぱりと言われ、ユアンは従うしかなかった。元凶となった男は、何が可笑しいのかにやにやと笑っている。
不機嫌に男を睨みつけて、ユアンは食堂を出ようとした。
「部屋まで一緒に行くよ」
シオンがユアンの体を支えようと側に寄った。だがその申し出は断固として断り、ユアンは自分に割り振られていた部屋まで一人で歩く。
部屋に入ると、中央に設置された簡素な寝台に半ば倒れるように体を預けた。
そしてそのまま、ユアンの意識は闇の中に埋もれていった。