表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かたばみ  作者: 辰野ぱふ
5/7

5.

「ね、ユウカ、三上君の家に行ってみようか」

 とつぜんひらめいて、美久が言った。

「えー! やだよ! ミクって、ふだんおとなしそうなのにさ、ときどき大たんなこと言うよね。この間の発言とかさ。あたし、そういうのには弱いのよ。からいばりする男子には強いけどね」

「でも、あと三日でいなくなっちゃうんだよ。最後の日まで来なかったらどうする?」

「どうするって・・・・」

「やっぱり、みんなの前で文集をあげたいでしょ? 乗りかかった船って言ったの、ユウカじゃない」

「そうだけど・・・・」

「あたし、三上君の家、知ってるの。同じ団地だから。幼稚園の時にさ、家の前まで行ったことがあるんだ」

「へえー」

 友香は少し考えた。

「それじゃあさ、あたし、お母さんに言ってみる。だって、急に行くのは勇気がいるもん。お母さんにそれとはなしに、聞いてもらってみるよ」

 いつもは友香の方がずうっとたくましくて、元気がいいのに、今回ばかりはずいぶん慎重だった。でも、先に聞いてくれた方が行きやすいかもしれない。美久は友香に感謝した。

 その日の夕方、友香から電話があって、あしたの帰りに二人で三上君の家を訪ねることになった。

お母さんと一平は美久のうしろにあるソファに座っていて、一平の相手をして絵本を読んであげている時だった。電話で「三上君」という名前が出たから、なんだかまたお母さんに突っかかった時のことが思い出されて、後ろにいるお母さんのことが気になった。美久は緊張して話した。

「ねえ、だれ? だれ?」

 電話が終わると、一平がしきりに聞いたけれど、お母さんは何も言わなかった。

「あのねー、お友だちのユウカちゃん」

 一平に言うようにして、

「今度転校する三上君のお家にね、あしたね、いっしょに行くことにしたの」

 お母さんにも聞こえるように、美久は言った。

「テンコーってなに?」

「ちがう学校に行くってこと」

「ぼくもガッコ行きたい」

「一平ももうすぐ行くことになるよ」

 おやすみなさいをして、自分の部屋にもどるとき

「美久、よかったね」

 お母さんは持っている絵本から顔を上げないで、静かに言った。

「うん」

むねにたまっていたものが、すっとなくなるような感じがした。

 三上君は怪物でもなんでもないのに、なんだかすごい冒険をするような、高ぶった気持ちになって、なかなか寝つかれなかった。


 その問題の日はどしゃぶりになってしまった。二人は、授業中もときどき外を見てはため息をついていた。

「どうする?」

 放課後、下駄箱の所から外を恨めしそうに見ながら、友香はいつになく気弱な声を出して、美久を下から見上げた。

「行くわよ。もちろん」

 美久はむねをどんとたたいて、雨の中にふみ出した。

「ねえねえミク、新しいお父さんと新しいお姉さんってどんなだと思う? ミクだったらどう思う?」

 雨の音に消されないように、声を張り上げて、友香が聞いた。

 美久は自分の家のことを考えたが、もともと弟の一平しかいないから、お姉さんがいるというのは、とてもすてきな感じがした。

「うちなんか、お姉ちゃんと妹だよー。今のお父さんが変わるのはいいとしても、もう、新しいお姉ちゃんなんかいらないや」

「あたしは下が弟で、五歳もはなれてるからね。いつもお兄ちゃんかお姉ちゃんがいたら、いいな・・・・って思ってたけど。でも、本当になったらどうなのかな・・・・」

 美久の頭には一平が、大泣きしている顔が浮かんだ。

「そうかんたんにはいかないよね」

「そうかんたんにはいかないよね」

 ふたりは同じことを繰り返した。

 どしゃぶりの雨の中でも友香と話して歩くと気にならない。三上君の家にあっというまに着いた感じがした。美久がインターホンを押すと、

「はーい」

 来客がだれかたしかめもしないで、三上君のお母さんがドアを開け、

「たいへんだったね。どしゃぶりなのにね。さあ、入って入って・・・・」

 と、二人を招き入れた。

「はい、タオル。よくふいてね。カゼ引いたらたいへんだから。あたしはね、ちょっと買い物があるの。だからちょっと出かけるわね。親がうろうろしてたら、話づらいでしょ・・・・。リョウのところに女の子がたずねて来るなんて・・・・最初で最後かもしれないし・・・・とにかく、あなたたちで、かってにやってて。ジャンヌのショートケーキ買ってあるのよ。このあたりじゃあ一番しゃれたケーキ屋さん。知ってるでしょ? 女の子だもの。甘いもの好きでしょ。ジャンヌって、ご主人がフランスでパティシエの修行していらしたのよ。かっこいいでしょ」

 お母さんが明るくしようとしているのがわかって、二人はよけいにかたくなり、目をパチクリした。

そのお母さんのうしろから、三上君がぬぼーっとはずかしそうに出てきて

「ちぇっ・・・・、よけいなことまでベラベラしゃべんなくていいよ。うるせーなー」

 学校では見せないような、しかめつらをした。

 美久と友香の心配は一気に吹っ飛んだ。

 お母さんは、紙皿にのったケーキ、紙コップに入った紅茶をお盆ごとぽんと置くと、

「ごめんね、お客様用の食器なんか、全部しまっちゃったから・・・・」

 と、言って、出て行ってしまった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ