1.
昔昔、隣に良ちゃんという男の子が住んでいました。
その良ちゃんとは、違う幼稚園に通っていたのですが、「かたばみ」の花について、良ちゃんが言っていたことをそのままヒントにしてお話を作りました。
名字は違うのですが、名前は使わせてもらいました。
よろしくお願いします。
三月になった。まだ風が少し冷たいけれど、だんだん春が近づいてくる感じがする。美久はそんな三月が好きだ。それにあともう少しで春休み・・・・。春休みが終われば小学四年生になる。
そんなある日、三上君が転校するといううわさが耳に入ってきた。三上君は静かで目立たなくて、休みがちで、いつも一人でポツンとしていた。そんな三上君に似合って、うわさも静かにゆっくりと流れていた。
美久は一番仲良しの友香からそのうわさを聞いた。聞こえないくらいの小さい声で、こそこそっと、
「三上君、転校するんだって」
ただそれだけだった。
それ以上の情報はないし、もっと聞きたいこともなかった。
三上君にはあだ名がなかった。たとえば、太っちょでがっちりした重田君は丈二という名前をそのままカタカナにして、アメリカ人みたいにジョージとよばれていたし、そのとりまきの倉橋君は橋の英語、「ブリッヂ」がなまって、リッチ。(たしかに倉橋君のお家はリッチらしいけど…。)そして、横沢君はなんでだかわからないけどチャーリーで、この三人はかげではアメリカントリオと呼ばれていて、なにかと目立っていた。
もし、ジョージが転校するっていう話しだったら、
「なんで、なんで、」
となって、うわさは色つきではでに、大声で伝わっていっただろう。
そして、このアメリカントリオに毛ぎらいされて、三上君はどんどんすみに追いやられていたのだ。
「いじめ」というほどではなかったけれど、周りの子がはっきりそれとわかるように、ジョージたちは三上君をからかい、はやしたてて、三上君はしゅんと下を向いて・・・・、いつもさびしそうな顔をしていた。
その日の帰り道、電信柱の下にカタバミの葉っぱを見つけて、美久は思わずしゃがみ込んだ。
草花の名前なんか知らない美久だったが、この花の名前は三上君から教わったものだった。
三上君の家は美久の団地のとなりの棟で、同じ幼稚園だった二人は、いつもいっしょに幼稚園バスを待ち、席はかならずとなりどおし。朝のごはんはなんだったとか、おばあちゃんがおみやげにぬり絵をくれたとか、次から次へと飛び出す美久のおしゃべりを、三上君はいつもニコニコ聞いていて、三上君がたまに、何か話すことは、いつもすごいことばかりだった。
公園で暗くなり始めた空に出た星を見て、「あれは木星なんだよ」なんて言ってみたり、
「ミクちゃん、ネズミ年生まれでしょ。そうすると、死んだときにからだを焼くとネズミの形をした骨が見つかるんだよ」
「人間のからだってね、水でできているんだよ。だから火事になるとね、ふん水みたいに水を吹き出すこともあるんだよ」
「きりんって、最初は首が短かったけど、低いところの木の葉をみーんな食べちゃって、ちょっとずつ高いところの葉っぱを食べるために、だんだん首が長くなったんだよ」
美久は三上君が物知りなのにいつも驚き、話しぶりも大人みたいなので、尊敬していた。
美久の話すことといったらいつも家であったこと、幼稚園であったこと、何を食べたとか、何が食べたいとか、何が欲しいとか…、あとはおとぎ話のようなゆめ物語で、三上君のようにかっこいい、むずかしそうな話しをすることはできなかったからだ。それに、三上君の話はふしぎなことが多くて、三上君が話し出すと、美久はいつも夢中になった。
「かみの毛ののびる人形がいるんだよ。髪の毛ってね、毛の先に根っこがあるから、からだのどこにでも植えることができるんだよ。だからふやせるんだ」
と、三上君が言った時、
「えーっ、じゃあ、ハゲのおじさんとか、頭に植えればいいんじゃない?」
「そうだよ、今、それでだんだんハゲの人が少なくなっているんだよ」
美久はテレビでよく見るカツラのコマーシャルを思い出した。なんだか、世の中のからくりを知ったようでえらくなったような気になったものだ。
中でもいちばんびっくりしたのは、道ばたにさいている小さい黄色い花のこと。
三上君はその花を指さし、
「これはカタバミっていうんだけどね、この花に指で・・・・、ぜったい手でじかさわっちゃだめだよ。じかにさわるとね、眠っちゃうんだ。」
と言った。
「えーっ? ここで?」
「そうだよ。さわったその場所だよ」
「じゃあ、葉っぱはどうなの?」
「葉っぱはだいじょうぶなんだ、ほらね」
三上君はカタバミの葉っぱをちぎって美久の手のひらにのせた。それは小さくて、深緑色とむらさき色を合わせたようなふしぎな色をしていて、三つ葉になっている葉っぱの一つずつは、かわいいハート型をしていた。
「ほらね」
三上くんはその葉っぱをふっと吹いて飛ばした。
「でも、花はさわっちゃあだめだよ。眠ったらこまるから。足なら靴をはいているから平気なんだけどさ、ほら」
三上君は運動靴の先っちょで、花をチョイチョイとさわった。美久はドキドキした。
「や、やめなよ、リョウちゃん。危ないからやめな!」
そう・・・・、あの時は三上という名字ではなくて「良」という名前を呼んでいたのだった。