貴方に振り向いて貰えるまでの過去話。
玲君視点です。
今日は、久々に優衣の家に来た。相変わらず広いお屋敷だな。仕事として来たからこの広い庭の木を上手く切らなきゃいけないし、部下も一緒だ。でも、今日は優衣の父親が大事な会議があると言っていたので、ひょっとして、家に監禁されてないかな?と杞憂であればいいけれど。
「キャー、玲さん~!」
「こっち向いて、格好いい~!!」
「抱いてぇええ~!」
メイドさんがきゃーきゃー寄って来るけれど、はにかむように笑ってさり気なく「優衣は、今日は居ないんですか?」と言ったら、メイドさん達は困ったようにみんなそれぞれ目配せした。
「それが…優衣お嬢様は、家出なさって…」
「行く場所知らないかな?」
自分でも少し女々しいヤツだと思う。自分の元へ何故来ない。まさか、と思い、カンが働く自分が少し嫌になった。
「叶…さんの所ですか?」
「え、ええ…」
「あは…」
メイドさんの話に寄ると、優衣は、昨日父親と喧嘩して初めて家出したらしい。優衣がずっと前に派遣で頑張って居たことはメイドさんから聞いていた。仕事が終わった後…優衣の部屋に行くと、部屋は散らかっていてクローゼットは開けっ放し。机はごちゃごちゃ、貯金箱は空。急いで出て行ったのが窺える。
「また…」
ちくりと胸が痛む。違う、いつだって、優衣は叶ばっかりだな。
嫉妬するよ。叶に。何でもう結婚した…それも新婚ほやほやな家に行くなんて常識じゃ考えられない。優衣の部屋のベットで優衣の匂いを感じながら、
まだ好きなのかよ。そう思ってぴり…と痺れた苛々した感情に見舞われる。叶を信用してればしてるほど、よその男にばっか頼ってるんじゃねーよ!!と言いたくなる心の狭い俺。ベットでごろんとなり、少しウトウトしてきた。
好きな女に頼られないのはこれで、3度目。
1度目は小さい頃、俺の母親が亡くなったときに…
「まだお子さんも小さいのにねぇ」
「苦労するわね…」
小さいから何言われてもいいと思ってるの?僕は何だって1人で出来るよ!
そう言う気持ちで専属庭師の父親は、僕を厳しく育ててくれた。僕は料理だって家事だって勉強だってスポーツだって、沢山出来るよ。
そんなある日、彼女のうちには前から来ていたけれど、彼女に会うのは初めてだった。
綺麗なオレンジのボブカット。少し焼けた健康的な肌。活発そうな子だなと思った。実際メイドさんが僕にあの子は中々学校へは行かないけれど、元気でいい子なんですと、耳打ちしてくれた。
僕が幼稚園で彼女が小学生。
「私、優衣!よろしくねぇ」
ハキハキした子だと思った。木登りが得意な彼女は、どんな木だって上れてしまい、階段にドミノを置いて器用にドミノ倒しをしたり、庭のプールで遊んだり、広い家を利用してかくれんぼ。宝物探し。昆虫採集。「家」と「庭」で遊ぶ術を沢山知っていた。喋り方も明快。
そんな彼女と遊ぶようになって、楽しかった。
やがて、僕が小学校に上がると、彼女と小学校で会った時、別人かと思うほどおしとやかな雰囲気で、他の人と話していると、「ゆ、優衣…あのあの」と戸惑って距離を置いて、誰も彼女に近づけなかった。「優衣!」と外で声を掛けても「声を掛けるのは家にして」とそーっと避けていく。
僕が守ってあげたい。もっと力があれば、彼女の力になれる。それでも…学年が違うのは結構苦労するわけで…休み時間にしかクラスまで行けない自分がもどかしい。
俺を頼って―初めて、女の子にそんな感情を抱いたんだ。その感情を抱いてから、俺は、みんなの前で俺と宣言するようになったんだ。
優衣と俺はあくまでお友達。いい意味でも悪い意味でも。
高学年に上がるまであの…あれを聞くまでは。
用事があるからと言っていた。そっと先に帰ったはずのカバンが優衣の教室の机の上にちょこんと乗っていたので、?と思いながら、校内を探す。どこへ行っても彼女は居なかった。でも、彼女の下駄箱を調べたらやっぱり靴がある。
あ、そうだ、裏庭かも。そう思い、裏庭を調べるのを忘れていたと。裏庭には美術室に入れる廊下があり、上履きで行けてしまう。何でよりによってそんな場所に?と思いつつ…
居た!
「ゆ…」
声を掛けようと優衣に手を振りそうになると、優衣は他の男と一緒に居た。
「香川さんが好きです」
辞めてくれ。
その隣は俺のポジションなんだから。
これは嫉妬?嫉妬なのか??
じゃあ、それって、俺は優衣が好きなのか??その笑顔を守っていいのは俺だけでしょ?
「前から可愛いと思ってて、控えめな所もいいと思ってたし…みんな、可愛いけど声掛けずらいって言ってるよ」
そうだったのか。自分は、優衣をそんなにもてるヤツだなんて思ったことがなかった。自分にいずれ戻ってくるだろうと思ってた。優衣が頼るのは俺。小さな頃から観てきたのは俺。泣いていたのを慰めたのも俺。
「ごめ…なさい。優衣、誰とも付き合う気ないの」
「そっか、俺こそごめんな」
去って行く男子が木陰に隠れてた俺を見つけて、「ガキが観てるなよ!」と睨んで怒鳴ると…
居場所がばれたのは不可抗力。
「玲…観ていた…の?」
「他の男もああやって来るわけ??」
苛々して自分らしくもない我が儘を言ってしまう。何だよそれ、何だよそれ。ガキ?ガキで悪かったな。優衣何でこんなところにのこのこ1人で来るの?危ないじゃん。
「…たまに」
自分の中で激しい嵐が心に吹雪いている。
手を伸ばせば、手に入る距離感だと思っていたのに、それは蜃気楼。手を伸ばせば消えてしまう。キスしたい。抱きつきたい。その感情を堪えて、
「一緒に帰ろう、優衣。俺は気にしないよ」
嘘をついて、片手を差し出した。手があまり変わらない大きさに、早く大きくなりたいと心から願う。歳が一緒だったら、あの男子みたいに貴方に告白出来る勇気がもてるのに、俺は臆病者だ。
俺が小6になった時、優衣は私立の女子校に入学したと知って、この恋はもうここでピリオドを打たねばと一回諦めた。
その後すくすく背が伸びて、小さかった手は大きくなり、彼女も出来た。彼女は優衣に少し似ていて、明るく活発な子で向こうから自然と付き合う流れになった。
キスをしても、俺は気持ち悪いヤツで、優衣に口づける気分で抱きしめたりして…デートをする度、優衣だったらと可愛いと思う、優衣だったらと…でも、彼女自身が好きなのも事実だったし、その隠れた欲望を当ててはいけないと思っていた。
中3になった時、彼女が部屋に突然誘ってきた。その意味が分からないほど馬鹿じゃない。部屋に泊まることは=そう言うお誘いで。
子供だった、ガキだった、そのお誘いに乗った。事が終われば終わるほど、回数が増えれば増えるほど、心に対する優衣への想いの罪悪感がジュクジュク俺の心を蝕んでいったんだ。
ある日、耐えられなくなり、彼女に別れを切り出した。
「何で!?玲と上手くいってたじゃん!私じゃ満足出来ないの!?」
「そう言うわけじゃないけど…ごめん、上手く言えない」
バシッ。思い切り平手打ちで彼女は泣きながら去って行った。傷つけた。最低な野郎だな、俺。欲望だけを押しつけて、彼女の事が本当に好きだったのかも不明で。でも、それをずっと隠しきって付き合えるほど人間出来て無くて。
高校は進学校だったけれど、相変わらず女の子達は俺が好きだと言ってきた。でも、二の舞にならないよう全部断る。ゲイじゃないかと言われたこともあった。違うんだよ、身代わりにしてしまうから、犠牲にしてしまうから。
2番目の彼女は、告白されて、貴方に好きな人が居てもいいと言ってきた。それもどうかと思うのだが、最近女関係でトラブル続きだった俺はいいかなと思った。結婚式でも思ったんだけど、蜜柑タイプ。ああ言うタイプだったから俺は大分甘えてた。
好きになりかけていた。
優衣が転校してくるまでは。
大分玲君の設定が出てきましたね。人間らしいなぁとは思います(^^;)




