精一杯の強がり。精一杯の愛情表現。
「どうしたんだ、蜜柑」
夕ご飯時にそんなこと言われても困る。
「香川さんと今も会ってるの?」
そう言われると、俺も困る。
蜜柑に全部話しても良いのか悩む。
「優衣とは手紙のやり取りはしてる。ただ俺の気持ちは蜜柑にあるよ。」
そうとしか言えない。蜜柑はあの手紙の内容を見たのだ。
蜜柑が不満に思うのも仕方ない。俺たちは結婚するんだから。過去の女でもちらつかれたら蜜柑の気持ち察するに、イラッとはくるだろうと予測は出来ていた。
あの手紙には、優衣が切なそうに独りで泣いてそうな言霊が詰まっていた。
『叶、どうしよう、私新しい学校でもやってけるかなぁ。』『叶、今までありがとう』
だが、意外にも「好き」や「愛してる」なんて言葉はなくて、お互い友人のつもりだった。
「あの夜のこと、蜜柑にも話すよ。」
嫌われてもしょうがないけど、蜜柑に全てを話さないわけにもいい加減いけない。
~~~~~~あの夜~~~
優衣はぐいぐいと宿泊施設へと引っ張ったけど、
その力がいつもより、弱い。手を繋げば、俺よりも強い力を持ってることはデートの最初の方で分かったのに…。
雰囲気も元気が無く、挙動不審だ。
ネオン輝く宿泊施設に、お洒落な恰好をした可愛い女の子と言えば、普通の男はイチコロだろう。
俺も入るか入らないかは実は迷ったが、話したいことがあったので、大人しく入る事にする。
実はこれが初めてでもないので(蜜柑と入った事がある)から、手順はリードできたし、大人しく部屋に入る。
大きめな天蓋付きのベタなダブルベットの、ピンクの照明、そしてお決まりの棚。
優衣は、お風呂場に入ってくと、「シャワー浴びて綺麗にしてくるねっ!」とどこか弱々しい形で、どこまで本当に理解してるのか分からない様子で、広いジャグジー付きの奥の部屋に入っていった。
俺は考えを整頓させる。
優衣に蜜柑と結婚の話をしなければ、と同時に。
本当に優衣とキスした事を悔いた。
今まで彼女をどれだけ傷つけてきたか、プラネタリウムを見たときにハッキリ自覚した。
そして…いっそ手を出して責任もとらず逃げてしまおうと心に誓う。
優衣は泣くだろうか?
優衣は俺をどう思うだろう?
蜜柑はそんな俺を冷たい目で見て、結婚話もおじゃんになるのだろうか?
どちらも捨ててしまいたい、大事にしたい、そんな思いが心を過ぎる。
今まで、人を避けていた。
面倒くさいから。
蜜柑も好きだし、
優衣も嫌いじゃない、
お姫様のように守られて、女の子のように依存して生きてきた。
今まで付き合って着た子に、酷い事をした。
欲情と愛情が混じる中で、気持ちに応えてなかった。
相手の「好き」に甘えていた。
優衣と芽生えたこの気持ちはなんというんだろう。
優衣は一人だった、優衣を放って置けない。それは、どこか俺と似てるから。
俺は机に向かって勉強ばっかしてた、親はそんな俺を「いい子だ」と褒めてくれたし、
満更もてないわけじゃなかった。でもずっと心では孤独だった。
出来が良いと色々任される。
それをこなしてるだけの人間関係を生きてきた。
それが優衣の前で「俺」と言う今までの自分だった。
蜜柑の前で「僕」と言う自分は、本当は心ではまた1人になるのだろうと思ってた。
蜜柑が好きで好きで堪らなく、優衣を愛しく思う度、
蜜柑の前より、どうでもよかった優衣を頼ってしまう。
優衣は…俺の「お姉さん」だった。
「叶?」
ぼうっとそんな事を考えてたら、お風呂上がりにバスローブというベタなシチュエーションでぐらりと理性が揺れる。
―優衣を思い出にしてしまえば。
そんなふつふつとお湯のように沸く心を、忘れるように…
「叶?!」
ビックリする優衣。
当然だ、腕を引っ張ってこちらに寄せたのだから。
優衣はきゅっと目を瞑ってこちらを見る。
これも父親から習ったんだろうか。そんなことをぼんやり考えた。
「優衣…
俺を嫌いになってくれ。」
「え…」
青ざめる顔を、隠すように、見えないように覆うようにして抱き寄せる。
「どう…して??じゃあ…優衣の事は嫌いなの…?」
「違う」
「じゃあ、どうして」
ぎゅっと抱きしめる。でも自分の気持ちに気付けないほど愚鈍でもなかった。
幼馴染みのように、姉のように、妹のように接してくれるこいつ<優衣>は嫌いじゃない。
正直に言うと、人間的にとても魅力溢れる「女性」なのだ。
それをずっと「女の子」で「お姫様」として見てた。
最低だが、雑誌に載ってる綺麗なお姉さんを見てる気分と同じで、
こっちがリアクションを起こしても返って来ない空想上の存在と言えばいいのだろうか。
都合が良かった、ずっと甘えてた。
「俺は、蜜柑が好きだ。」
胸にじわり涙がにじむのが分かった。
「俺は蜜柑と結婚する、お前ともう会わないし、何もしない。お前が期待するようなことは出来ない」
嗚咽が漏れるのが分かる。
「…分かった…」
震えるその肩をずっと抱いて、自然と自分と向き合った自分を少しだけ褒めてやった。
優衣を抱きしめた自分が初めて好きになれて、こいつと会えて良かったと思う。
そのまま俺たちは何事もなく、抱きしめ合ってベットの上でスヤスヤと寝た。
その宿泊施設を出た後、
「叶…今までありがとう!!」
「いや…」
泣きそうな顔を引きつって笑ってるのかと思えば、ニコニコして影を見せない。
この女は本当にいい女なんだなぁと思う。
俺よりずっと大人だ。
「叶のこと、初恋としてずっと…ずっと好きだよ。
だからっ…次の恋人が出来るまで叶を想ってるね…
好きだよ、愛してる。」
その笑顔が変わることなく、繰り返される言葉に酷く罪悪感が痛む。
「…俺も、お前が嫌いじゃないよ」
ああ、情けない、ぶっきらぼうにしか言えない。
「さよならっ!」
そう言うと、背中を向けて…優衣は去って行った。
俺も蜜柑の元へ戻ろう。
あの香りに帰りたい。
~~~~~~
「ごめん…」
全部説明して振られてもしょうがない。
しかし、蜜柑は手に持ってた手紙を握りつぶしたりしなかった。
ぽつっと蜜柑の目から小さな海水が零れる。
「ありがとう…
私を選んでくれて…
本当にいつまでも私に「俺」って言ってくれないのかと思った。
嫉妬で胸が張り裂けそうで、今も、香川さんの事は…悔しいけど。
女として、私は叶みたいな素敵な人に会えて良かった。
心を…開いてくれてありがとう。
私も…私も、ずっとこんな自分が嫌いだったの…。
でも、叶が好きだよって言ってくれたら…涙が止まるわ」
「好きだよ…」
「もっと」
「世界で一番好きだよ」
俺は、本当の居場所に帰ってきた。
ベビードールの香水の香りが、甘く、痺れてしまいそうなぐらい幸せだ。
そして、俺たちはそっとどちらからと言うわけでもなく、唇を重ねた。
指輪に誓う日は、まだ遠いけれど、一生分幸せな気分になれる。
「大好きよ、叶」
<END>
今まで、YUI~優衣~にお付き合い頂いてありがとうございました。番外編など書くかもしれませんが…YUI~優衣~はとりあえずここで終わりです。タイトル負けしない話にしようと思いまして、叶には頑張って貰いました。




