第1章 ビリーブで勇者なアイドルの誕生だ
俺は衣装を身にまとい鏡を見る。今着ているのは黒のスーツ。初めてブレザーを着たときと少し似た感覚だが、中学生になったときの緊張感と、ライブ前の緊張感はまるで違う。
俺達はローカルアイドルとしてもうすぐデビューする。大きな事務所に所属しているわけじゃない。個人経営のハンバーガー店のステージだ。
大平藤市は不景気の影響でお客さんが来なくなった。そのため商店街のいくつかの飲食店では、お店の店員兼アイドルをやることになった。俺は息子のため強制的にやらざるおえない。この店バーガービリーブが潰れたら、生活していけないため、妹の結菜と一緒にアイドルになった。
鏡を見ながらくしで髪をとく。普段はささっと適当にやって終わりだが、今からステージに立つため、ちゃんとしなきゃいけない。ちゃんとってどうすればいいんだ?
わからないなりに、いつもより丁寧に髪を整え、俺は鏡の前からみんなの方へ歩く。
すると妹の結菜が緊張していた。結菜の衣装はアニメのピンクの魔法少女コスプレだ。俺達はアニメが好きだったので、ステージ衣装を魔法少女に決めた。そのアニメには魔法を使う少年がいないため、俺は普通のスーツになった。
「大丈夫か?」
プルプル震えながら結菜は首を振る。
ツインテールが左右に揺れ、泣きそうに潤んだ瞳は、テレビに出るアイドルと比べても負けない可愛さを放っている。スタイルも細く、衣装から伸びる腕や脚は白い。背が低くて手足が短いのは、モデルではなくアイドルとしてのキュートさに繋がっている。
「ダメ。緊張しすぎて、口から胃が出そう」
どんな体なんだよと思いつつも、俺は軽く咳払いをして、自分の緊張を振り払う。
「自分を信じろって。今まで誰よりも練習してきたんだから」
結菜は練習時間を過ぎても、納得がいくまで練習する。それを見て俺は妹ながらに尊敬した。
「魔法少女にさせようとするキャラみたいに、騙したりしないからさ」
疑っているというか、緊張がほぐれに結菜に、魔法少女にかけて冗談を言って笑わす。ぎこちないけど今日初めて笑みを作り、少しでもリラックスしてくれたと思った。
俺に続きひなたが結菜の手を取った。青い魔法少女の衣装で、可愛い系の結菜に対して、ショートカットのボーイッシュで元気系のキャラだ。
「あたし達のファンはみんな優しいから」
初ステージだけど、店員として俺達はもうお客さんと接している。暇なとき、というとかなりあるが、会話をしていると、優しいお客さんが多いことに気付く。しかも昔から来てくれてる人もいるものの、アイドルプロジェクトがスタートしてから来る人も増えた。アイドルブームに便乗したのは間違いないけど、必ずお店の売り上げアップに貢献しなきゃいけないので、背に腹は代えられない。
親父の雄一は笑顔で結菜の前に立った。
「リラックスしろよ。失敗はしてもいいから。何が原因かを理解して、次に活かせればな。初めてだから緊張すると思うけど、それくらいの気持ちでいけよ」
優しい親父は結菜の緊張感をほぐす。
俺はギュッと拳を握り、結菜に強い眼差しを向けた。
「ビリーブだぜ」
「そうだね。もう一回練習しよう」
親父の口癖だったビリーブは、気が付いたら俺の口癖になっていた。自分やみんなを信じる。信じるから生まれる強さがある。俺はそう考えている。
結菜は本番直前で音楽が流せないステージ裏で、俺達に頼んだ。ひなたは俺に頷き、小声で歌いながらダンスをする。狭い場所のため、本気の踊りはできないが、振りの確認は可能だ。
しばらく練習をして、みんな間違えずにできた。緊張に負けないことが大切だ。
「リラックスしなきゃ」
結菜自身緊張して体が硬いことがわかっているみたいだったけど、リラックスしなきゃと思うと、それが逆に緊張の原因になっているように見えた。
「急に右手が……。勝手に動き始めた」
ひなたは右手を上下左右に動かしながら、それを止めようと左手で押さえる。しかし一瞬止まったものの、また右手は暴れ始めた。
一応いっておくけどこいつは中二病で、遊んでリラックスしようとしてるだけだ。いつもやってる遊びで、周りのみんなも何も言わない。
俺は自分を信じて、ステージでうまくいくようにイマジネーションを膨らます。これはすごく大切だ。自分を信じなきゃ、できることもできなくなってしまう。
「ビリーブだぜ!」
親父は結菜の方にチョコを持っていく。
「これでも食べてリラックスしろ」
結菜の好きなお菓子屋さんのチョコで、口に入れるだけでとろっと溶けてしまう。
目を輝かせる結菜は、チョコが大好きだ。今まで緊張感に包まれていた顔が、パァッと明るくなった。一口サイズのチョコをつまんで口に運ぶ結菜は、満面の笑みを作りリラックスしてきた。
親父が腕時計を見て時間を確認した。ステージといっても小さなものだけど、その前には二十人は座れるイスを用意している。俺達は今何人のお客さんがいるかは知らない。だけど一人でもいる限り、全力で歌とダンスをする。まだ一曲しかないけど、来てくれたお客さんを楽しませなきゃ。
上手から俺達は走ってステージに立ち、俺を真ん中に上手に結菜、下手にひなたが立った。みんなが立ち位置にいるのを確認してから、俺は緊張して見れなかった客席に目を向ける。常連のお客さんが来てくれている。全部のイスが埋まり、さらに十人くらいの人が、立ち見をしている。日曜の夕方だから、平日しか来れない人もいたけど、こんなに来てくれて、それだけで感動して、胸が熱くなってきた。
俺はゆっくり空気を吸ってから話し始めた。
「僕達はイノセントビリーブです」
いつもの常連さんの前なのに、緊張が半端ない。俺の声は思ったよりも小さくて震えていて、心臓の鼓動は激しく胸を叩いていた。
「緊張するなよ」
「いつもみたいにバカ言えよ」
ヤジが入りどっと笑いが起こる。
そりゃそうだよな。緊張する仲じゃない。冗談で返そうと思ったら、女性の声がした。
「春馬君。頑張って」
柳原美樹さんが、俺に向けて声援をおくってくれた。俺はやる気のスイッチが入った。
「まだ一曲しかないんですけど、一生懸命頑張るので聴いてください」
曲が流れ始めた。
アイドルソングというよりも、グループアーティストって感じだと思う。俺達が好きなアニソンをいくつか出していき、ポップなノリで訊かす曲よりも、しっかり歌うタイプの方が好きだった。
アーティストいうなら、moveやAAAに近いと思う。
ネットで同じような曲を作っている人を探して頼んだ。
結菜とひなたは歌い出した。俺だけはラップ担当なので歌っていないが、結菜はダンスがぎこちない。俺とひなたよりも、練習段階ではキレがあったのに、少し遅れている。歌声も震えていて、俺は何とかなってくれと願いながら踊り続けた。
俺のラップが入ると、歌がなくなるためダンスに集中できる。笑顔でお客さんを見つつも、結菜の雰囲気から状況を感じ取ると、少しは楽になったようだ。
俺のラップが終わると同時に、ひなただけが歌い出した。思わず結菜の方を向くと、顔面蒼白になった結菜は、慌てて歌おうとマイクを口に近づけて、マイクを落としてしまった。
俺とひなたはそのまま続けたが、結菜は涙目になりながらしばらく俯いて、サビに合わせて歌に入った。
✩
ライブ後にステージからはけると、俺は結菜の肩に手を置いて話しかけた。
「結菜なら次はうまくいく。自分を信じろ」
「お兄ちゃんはできるから、あたしの気持ちなんてわかんないのよ」
泣き叫び走って店を出てしまった。
結菜が店を出ると、モンスター達が暴れていた。
今世界中で、異世界からモンスターが襲ってきている。いつ来るかわからない上に、どのモンスターが、どれくらいくるかわかっていない。
政府は自衛隊をモンスター対策にあてることを決めた。しかし今目の前にいるモンスターは、スライム、イエティ、キラーパンサー。スライムくらいなら大人の男性が頑張れば勝てると聞くが、イエティのコールドブレスはまるで吹雪きみたいだし、キラーパンサーの俊敏な動きは、人間の目で視認できないほどらしい。
今誰かがスマホで連絡している。どれだけの時間待たなきゃいけないんだ。俺は目の前で襲われている人達を見ながら、冷や汗をかきながら、何もできない自分に腹が立つ。
結菜は店の前から少し走ったところで、怯えて動けなくなった。スライムがピョンピョンと飛び跳ねていき、結菜をターゲットにしたのがわかった。
俺は自分の命よりも、妹を助けたい気持ちが勝り、気が付いたときには駆けだしていた。結菜の目の前まで来たスライムは体の下半分を七色に光らせて、最後のジャンプ。すくんだままの結菜は目をギュッとつぶり、舞い降りるスライムに対して頭を覆う。
これはかなり危険だ。ニュースで見たけどただの体当たりなら、動物の体当たりと変わらないかもしれないけど、七色に体を光らせたとき、人間を丸ごと包み込み、消化しようとしているのだ。
「やめろー」
俺は走りながら結菜の方へ向かい、しゃがんだ結菜に覆い被さろうとしていたスライムに向かって、跳び蹴りをした。吹っ飛ぶスライムは、コロコロと転がりながらも、しばらくするとピョンっと起き上がった。
「お兄ちゃん」
振り返り俺を見つめる結菜の瞳は、恐怖に怯えていた。
「任せろ。俺は結菜を助けるぜ」
「でもモンスター相手じゃ無理だよ」
俺は結菜に背中を向けて構えた。スライムが再びこっちに向かってきたからだ。
「俺は結菜を助けられるって信じてる」
「そんな気持ちだけでうまくいくかわかんないよ」
不安そうな結菜に、俺は自分の考えを伝える。
「うまくいく保証なんてもちろんないさ。だけど俺は俺を信じてる。心の底から信じて行動すると、力がみなぎってくるんだ」
スライムに向かって走り出す。スライムは目を光らせて、俺をジッと見つめる。俺は気にせずにパンチやキックを何発もくり出すが、早くもないスライムによけ続けられた。
「無理だよ。全然あたらないじゃん」
「ビリーブだぜ。一回でうまくいかなくても、何度も殴れば、そのうちあたるさ」
俺がスライムと戦っていると、結菜の方に向かう足音が近づいてきた。あまりに速い動きで正確には見えないけど、キラーパンサーだ。俺はスライムを無視して、結菜の方へ走り出すが、遅いことに気付いた。
キラーパンサーが結菜に向かって飛びかかった。結菜は再び手で頭をおさえた。キラーパンサーの爪が結菜の腕をひっかく。
と思った瞬間だった。横からキラーパンサーに飛びつき、一緒にコンクリートの上を転がった人がいる。見覚えのあるボーダーTシャツと濃紺のデニムは、顔を見なくても誰か一瞬で理解できた。
「結菜ちゃん。大丈夫?」
キラーパンサーを押さえつけて、結菜の心配をする常連客の西田充さん。西田さんは結菜推しと前から宣言している。
「西田さん危ない!」
結菜の方に向けた顔をすぐにキラーパンサーに戻すと、脚を押さえていた西田さんの腕を噛みつこうとしていた。西田さんは思わず身を引いてしまい、キラーパンサーは瞬時に立ち上がると、西田さんに襲いかかろうとしたが、西田さんは背を向けてリュックで殴りつけた。
「俺にかかればザッとこんなもんよ」
「調子にのってると、マジで死にますよ」
「わかってるよ」
お調子者の西田さんだけど、いつもより真剣な目は、キラーパンサーの動きにすぐに反応している。言葉とは裏腹に本気だ。
ただ武器のない普通の人間が、勝てる相手じゃない。それこそ銃でさえ速くて命中しにくいって話を聞く。
「仕方がない。俺の力を見せるときがきたか」
俺はつばをゴクリと飲んだ。
西田さんはいつもアホなことばっかり言ってるけど、ひょっとして格闘技の経験があって、めちゃくちゃ強いのかもしれない。
両手を握りしめ、構える西田さん。
「かめはめは」
西田さんは両手の下の部分を合わせて、後ろに引いたかと思ったら、前に突き出すと同時に叫んだ。
しかし何も怒らなかった。
しばらく沈黙が流れた。
キラーパンサーも警戒していたが、何も起らなかったことに、肩すかしを食らっている。
数秒の沈黙の後、キラーパンサーは地面を蹴る。西田さんとの距離を縮めると、西田さんは尻餅をついた。最後の数歩をジャンプで一気に縮めるキラーパンサ-。
「西田さーん」
俺と結菜が叫ぶと、西田さんはニヤリと口元に笑みをこぼした。
「これでもくらえ!」
西田さんはポケットに隠していたナイフをサッと出し、爪で体をひっかこうとしていたキラーパンサーの、両前足に傷をつけた。西田さんは体を倒して右側に転がって、落ちてくるキラーパンサーをかわす。
「弱い奴には弱い奴のやり方っていうのがあるんだよ」
「西田さん。ナイスです。いつもオタク狩りに会わないために持ってるって言ってたナイフが、役に立ちましたね」
「春馬ー。それは言うなー」
俺と西田さんはこの状況にテンションが上がっていたが、結菜の声が現実に戻した。
「まだ倒してない」
血を流しながらもキラーパンサーは、ゆっくりと距離を縮める。傷ついた前足で速く走るのは無理だが、それ以上に西田さんを警戒している。怒りに満ちた目からは、逃げるという選択肢は考えていないようだった。
ゆっくりと歩きながら、キラーパンサーの目は、赤く光り出す。
キラーパンサーは西田さんにの右手首に噛みついた。持っていたナイフを落として、カランと鳴ると、西田さんは悲鳴を上げた。
「うわーーーーーーーーー」
それは奇妙な状況だった。
あれだけいろいろ作を練っていた西田さんが、歩いてきたキラーパンサーに、一切動かずに腕を噛まれたのだ。攻撃はできなくても、逃げきれなくても、せめてよけようとするくらいの行動はとるはず。
西田さんは全く動かなかった。ただ表情は恐怖に怯えていき、一瞬にして冷や汗をかいていた。状況が理解できなくても、これ以上噛まれたら危険すぎる。
俺はキラーパンサーを蹴り、噛み続ける牙から離した。
「どうしたんですか?」
「急に体が動けなくなったんだ」
西田さんの元へ駆け寄ると、西田さんは左手で、俺の肩にギュッと力を入れて、必死に訴える。だがポタポタと血を垂らす右腕は、左手との違いに気付かせ、否応なくモンスターの恐ろしさを現実のものとして、見せつけてきた。
「西田さん。結菜を連れて店に逃げてください」
俺は西田さんの前で、キラーパンサーに向かって構える。
「お兄ちゃんはどうするの?」
「俺はアイドルだけど勇者だ。ファンを護るのも使命のうちだ」
俺はいつか眠っている力が目覚めたり、戦っているうちに気合いで魔法が使えたりするかもしれないと思っている。
ひなたと同じ中二病だ。もちろんあそこまではひどくないけどな。
結菜の質問に俺は宣言すると、アスファルトの上を駆け出す。地面を強く蹴り、宙に浮いたと同時に狙いを定めて、槍のように脚に力を込めたキックを放つ。
よけられたが背中から、西田さんの声が聞こえ、最低限の仕事はできたことを確認する。
「結菜ちゃん。とにかく逃げよう」
「は、はい。お兄ちゃん。絶対死なないで」
「大丈夫。俺はモンスターに負けないって信じてる。ビリーブだぜ」
キラーパンサーは前足を怪我しているため、猛スピードで近づくことはない。だからといって安心はできない。お互いに相手の動きを軽快しながら、距離を縮めている。
かなり近づいたと思ったら、キラーパンサーは目を赤く光らせた。すると西田さんが言っていたように、急に体が動かせなくなった。
俺の脳裏に西田さんが腕を噛まれるシーンが浮かんだ。声すら出せない状況で、逃げたい衝動が生まれた。唯一の変化は冷や汗を体中にどっとかいたことだ。
でも俺はこんな状況でも諦めない。勝てるって信じるんだ。
キラーパンサーが一気に距離をつめた。鋭い爪を高く上げて、皮膚を引き裂こうと俺を襲う。
「イスイスボンバー」
急に背後から聞こえた声は、走りながらイスをぶん投げるひなたのものだった。店内からイスを持ってきたひなたは、俺のピンチに気付いて助けに来てくれたのだ。
「ふ。我が右手に眠りし、魔族の力を解放すれば、この程度の敵、朝飯抜きよ」
「朝飯前の間違いな」
「格好つけてるんだから、突っ込みはいらないの」
「わりい、わりい。ありがとな」
俺は緊迫感の中に、いつもの会話を入れてリラックスした。倒れたキラーパンサーを警戒しつつ、ひなたはクレームをぶつける。
「何で春馬は帰ってこないのよ」
「俺が食い止めなきゃみんなが危ないんだよ」
少なくとも妹は護りたい。それが兄ってもんだろ。
「自分が危ないってことに気付いてよ」
「大丈夫。俺は自分の強さを信じてるからな。ビリーブだぜ」
「心配する人の気持ちを考えてよ」
ひなたはキラーパンサーの近くにあるイスを拾い、俺の隣に戻ってきた。もちろん起き上がろうとしているキラーパンサーを警戒しているが、前足に怪我を負い、勢いよくとんできたイスをノーガードで食らったキラーパンサーのダメージはかなりのものだった。立とうとする意思は感じられるが、体が中々いうことをきいてくれない。そんな状態に見えた。
「バーカ。あの状況でみんなで逃げてたら、誰かがやられてるだろ」
「だからって死亡フラグ立てないでよ」
「んなもん立ててねーよ」
キラーパンサーはなんとか起き上がり、ひなたはイスを振り回す。ひなたは動きを見て攻撃しようと思っていない。恐怖心を振り払おうとするように、イスを大きく動かす。
キラーパンサーは再び目を赤く光らせた。すると俺は再び動けなくなった。だがひなたはイスを振り回し続けている。
「あたしもあたしを信じる」
ひなたはイスをぶん投げて、キラーパンサーの不意打ちに成功して再び倒した。ひなたが俺の手をつかんで走り出す。
「逃げるよ」
「えっ?」
急に手を掴まれて、思わずドキッとしてしまう。
「自分一人で全部背負わないで。仲間なんだから」
「ああ」
俺の胸はジーンと熱くなった。走りながら振り返ると、キラーパンサーは俺達を追いかけてきた。
「キラーパンサーが追いかけてきてる。このままじゃ追いつかれる。ひなただけでも逃げろ」
驚きの表情を作るひなた。
「今約束したのに数秒で破るの?」
俺は走るのをやめて、ひなたの手を離す。驚きの声を上げるひなたを無視して、キラーパンサーも対応できずに顔に回し蹴りをぶち込む。
西田さんが前足を攻撃してくれたおかげで、なんとかなっている。しかしこのままじゃひなたは逃げてくれないと思った。言ってることは理解できるけど、現状それを実行するのは困難だ。だから俺が何とかしなきゃならない。
「とにかく逃げろ」
「嫌よ」
予想通りの展開だ。俺が再びキラーパンサーに向かうと、横に青白い光が現れた。その光は俺と並行して進み、しばらくすると光の粒子は拡散して、そこには白いワンピースを着た美少女がいた。
サラサラの茶髪に、輝くきれいな瞳が俺を見つめていた。
「他人を助けるために、戦う気持ち。本者の勇者にふさわしいね。モンスターと戦う力をほしい?」
その娘は小六くらいの身長で、右手にさっきと同じように青白い光の球を持っている。その光の玉はしばらくすると、コインに変化した。
「このコインを胸の前に出して、バーガー武装って言って」
「は?」
「言って」
俺は訳もわからずコインを受け取って、言われるがままに叫んだ。
「バーガー武装?」
意味もわからずに、走りながら言われた言葉を繰り返した。
俺の手に持っていたコインが、巨大なハンバーガーに変化した。そして上下に分かれると、俺をはさみ青白い光で包み込んだ。
数秒後ハンバーグを焼いているジューという音とともに、俺の体にはハンバーガー的なのが鎧のように装備されていた。胸からお腹と背中にはバンズ、肩にはハンバーグ、脚にはチーズが巻かれていた。
「格好良いでしょ」
ニコニコスマイルは可愛いけど、こんなの幼稚園児でも格好良いとは思わないだろう。
「どこがだよ。ダサさを追求した結果、たどり着いたヒーローみたいじゃねえか」
隣の女の子に文句を怒鳴り散らす。一応アイドルなんだし、コントをやるわけじゃない。キラーパンサーが追いついてきた。
「ポテトソードって言って」
「何でだよ」
俺は怒っている。変なコスプレを無理矢理させられたからな。
「そうすれば武器が出てくるから」
「ポテトソード」
言われるがままにそう叫んだ。すると手にはフライドポテトのような剣が握られていた。これ普通の剣でよくないか?
そんな風に思いながらも、迫り来るキラーパンサーに向かって、ポテトソードを振るう。
俺の動きが速くなり、目も良くなったのか、キラーパンサーの動きが手に取るようにわかった。そして左から右へポテトソードを振るうと、キラーパンサーを切り裂いた。
キラーパンサーを倒すと、コインに変化した。それを拾おうとすると、女の子の声が耳を突き刺す。
「春馬後ろ」
後ろには元気いっぱいのキラーパンサーが、仲間のかたきとばかりに俺に迫ってきた。振り返った俺は脚を噛まれた。
「うわー」
それは反射的にもれたものだったが、意外にもちょっと痛いくらいだった。
西田さんが噛まれた腕を思い出す。牙が食い込み血がポタポタとたれていて、西田さん自身の悲鳴が痛みを物語っている。
そんなに痛くない。これが勇者の力なのか?
俺は脚に噛みついてきたキラーパンサーに、ポテトソードを刺そうとしたが逃げられた。
「どう? これが勇者の力よ」
隣の女の子が胸を張っているが、お前がすごいわけじゃないだろ。
「すごいけどなんでハンバーガーの勇者なんだよ?」
「春馬からはハンバーガー好きって気持ちがプンプンしたからね。このコインはその人が好きなものを、力に変えて戦うのよ」
なるほど。確かに親父がハンバーガーショップをしているだけあって、子供の頃からかなり食べてるし、好きな食べ物で一番なのはいうまでもない。
それにうちのハンバーガーは、チェーン店と比べても一口食べただけで美味しさの違いが明らかだ。友達にうちのハンバーガーを食べさせると、決まってまず目が大きく開き、幸せそうな顔で租借をする。
俺は親父のハンバーガーをもっとみんなに食べてほしいと思っている。俺が自分を信じ、みんなを信じるようになったのは、親父のハンバーガーが大手のものに負けないと信じてるからだ。だから俺自身はもちろん、仲間のことは信頼できるようになった。
「また来るよ」
女の子の言葉で、俺は再びキラーパンサーに目を向けると、目を赤く光らせながら猛スピードで迫ってきていた。
まただ。体を動かそうとしても、動けなくなった。何度かキラーパンサーの目が赤く光るのを見ているが、その目を見ると動けなくなってしまう。これは勇者の力を使っている今でも、無効化できないようだった。
奥歯を噛みしめ手足に力を入れるが、わずかに震える程度だった。やはり動けなくする特殊魔法なのかもしれない。
キラーパンサーは俺に飛びつき、鋭い爪で攻撃してきた。やはりバンズの部分が痛みをほぼ無効化してくれた。そして倒れたもののその拍子に視線がキラーパンサーから外れる。と同時に俺は左手で地面をついて手の力でジャンプ。その勢いで斜めに回転しながら、キラーパンサーの方へ向かい、ポテトソードを左側からお腹に突き刺した。
刺された直後に首がこっちに向いた。それは俺の動きが予想外だったのと、目で追うよりも速く、素早いモンスターのキラーパンサーといえども、対応できなかったからだと思う。
ポテトソードを抜くと、不安定な体制で立っていたため、後ろへ跳んで体制を立て直して構える。ポテトソードには赤い液体がついているが、これはバーベキューソースでもなければ、トマトケチャップでもない。
血だ。
「これが戦うってことか……」
苦しそうに目を細めたキラーパンサーも、傷口から血液を垂らしている。相手は俺を睨み続けているため、まだこの戦いは終わっていない。
緊張感が包み込み、体中に力が入る。キラーパンサーは動き出した。脚に傷はなくても、全力の速さじゃないのは、手に取るようにわかる。それでも俺に近づくと飛びかかってくる。
今の俺には小学生が殴りかかってくるくらいの速さに見える。だから大丈夫と思ったが、ポテトソードを振るのが一瞬遅れた。
「初めての戦いで緊張してる!」
後ろから少女の声が聞こえた。確かにそうだ。血を見てから生死をかけた戦いだと理解して、緊張し始めた。もちろんそれは最初からわかっていたが、自分の手で生き物を殺すことに、リアリティが生まれ、やらなきゃやられるのに、やっていいのかという疑問が、ほんの一瞬だけど脳裏をよぎった。
そうだ。やらなきゃやられるんだ。
この感覚どこかで感じたことがあるような。
何かを思い出そうとしたが、今は戦闘中だ。戦いに集中しなきゃ。
キラーパンサーは何も装備されていない顔を狙ってきている。それに気付くよりも前に、反射でしゃがんでしまう。爪によって裂かれるはずだった頬は、ギリギリ大丈夫だったけど、俺を飛び越えた背後の殺気は、まだ俺を狙っている。
着地と同時に体当たりをされて、倒ながら俺は振り返りざまにキラーパンサーにポテトソードを向けた。首に刺さり、赤くなっていた目も、俺が見る前だったため効果はなかった。
俺はしばらく荒い呼吸を続け、首に刺さったままポテトソードを抜けずにいる。血が垂れて顔にかかる。
これが戦いか。
さらに力を入れると、キラーパンサーは白い輝きに包まれて、コインになった。
俺は立ち上がると、近くにいたイエティに向かっていく。誰かが襲われているため、俺はポテトソードを振り上げながら叫ぶ。
「やめろー」
振り返りざまにくらうパンチは、二メートルを超える雪男らしく、かなりのパワーで、バーガー武装をしていても、吹っ飛んでしまった。
すぐに立ち上がって、地面を蹴るとともに滑空。素早い突きで意表をついたが、白い毛で覆われたイエティも、目をい赤く光らせた。
「こいつも何かあるのかよ」
思わず苛立ちが声に漏れる。
ポテトソードがイエティに刺さると思った瞬間、俺は不自然に右に動いた。
「何?」
すぐに俺はポテトソードを振り回し、連続攻撃に転じるが、イエティがかわすわけじゃなく、俺の剣が途中からイエティから離れてしまう。まるで磁石で同じS極同士を近づけて、離れてしまうように、一定の範囲になると攻撃が離れてしまう。
「攻撃があたらない魔法か?」
もしそうだとしたら、どうやって攻撃すればいいんだよ。
何度やってもやはり攻撃があたらないため、後ろへ飛んで距離をとった。するとイエティは口から白い息を吐く。息といっても俺に向かってくる吹雪だ。そのままどんどん下がるが、コンクリートは凍っていく。これがコールドブレスか。
後ろへ跳びながらどうするか考えていると、俺の膝が凍ってしまった。後ろへの勢いがあったため、尻餅をついて滑ってしまう。膝が軽く曲がった状態で動かないため、俺は動けないし、寒くて鳥肌になってきた。
近づくイエティに向かって、ポテトソードを振り回すが、全く恐れずに近づいてくる。
「スープマグナムを出して」
「スープマグナム」
言われるがままにそう叫ぶと、左手には銃が握られていた。ポテトソードを置いて、その銃を両手で持つ。
「まずは弱に設定して、膝の氷を溶かして」
「わかった」
トリガーの上にあるつまみを、弱に設定して膝に向けて撃った。凍っていた部分が温かいコーンポタージュでとけていく。
俺はつまみをいじって、強に設定してイエティに向かって撃つ。
すると湯気の立っているコーンポタージュは、イエティの前までいくと、赤く光る目によって、右側にそれた。
「これでもダメか!」
「後ろへ回り込んで」
そうか。俺が目を見ていることで魔法がかかるなら、目を見ずに攻撃をすれば良いんだ。イエティの左側から回ろうとすると、コンクリートが氷っているため、滑ってしまう。
「こんなときに笑いはいたねえんだよ」
イエティは再びコールドブレスを吐き、俺は立ち上がると同時にジャンプでかわす。ジャンプ力も上がっているようで、イエティの頭上を軽々と飛び越えた。後ろへ回り込み、今度こそスープマグナムを決めると思ったら、氷った地面に着地で転んでしまった。
俺は諦めない。みんなを護れるって信じてるんだ!
倒れた体制のまま振り向き、引き金を引くとスープマグナムがイエティの背中に命中した。白い光に包まれると、イエティはコインに変化した。
「よっしゃー」
周りを見ると、モンスター達は逃げていく。俺の強さにビビったのかと思いきや、自衛隊がやっときたようで、モンスター達を攻撃していく。
俺みたいに一対一だったら、動きを止めたり、攻撃を避けるのは有効かもしれないが、何十人もの自衛隊員が一斉に射撃をしたなら、それはモンスターの視界から外れるのはありうる。
モンスター達は黒と紫の光を生み出し、そこに入ると異世界へ消えていってしまった。
俺がホッと胸をなで下ろすと、少女が近づいてきた。
「元の姿に戻ろうと思って」
言われるがままにイメージすると、元のスーツ姿になっていた。
「あたしはユーレ」
「俺は春馬だ」
不思議な名前だと思ったが、きっとユーレは異世界から来たんだ。
「勇者としての力はまだ全部は引き出せないみたいだけど、初めてにしてはまぁまぁってところね」
何でか上から目線なのが気になる。
「この世界にモンスターが来るようになったから、勇者にふさわしい人間を探してたの」
明らかに普通の人間じゃないのは確実だな。
「ユーレは異世界から来たのか?」
「察しがいいのね」
「むしろオタクとしては、ベタな展開を言ってるだけだけどな」
ここで変に常識で考えると、なんて思考は生まれない。世界中に黒と紫の光が生まれると、そこからモンスターが攻めてくるようになった。
いくらオタクでもアニメと現実の区別はつくけど、現実の方がアニメに近づいてきている。そう考えたらアニメのベタを当たり前に言うのは当然の流れだ。
俺は思い出して、ひなたが持ってきたイスを店に運ぶことにした。イスを運んでいると、隣のお店のアイドルの新沼玲奈が現れた。
「今日は止められて出れなかったけど、次にモンスターが出たら、ウチが倒すんだからね」
玲奈はいつも突っかかってくる。自分の強さを主張して、強くあり続けようとする。そうい女の子は嫌いじゃない。
「ユーレ。この怒りっぽい女が玲奈だ」
「誰が怒りっぽい女よ。強い者が強さを見せる。当たり前のことよ」
「あなたは強くない。弱いからこそ強がっているだけ」
冷たい平坦な口調をするユーレ。こんなことを言われたら、玲奈は怒るのは間違いない。
「誰が弱いって」
「あなたよ」
玲奈に睨まれても、平気なようだった。だが玲奈が殴りそうな勢いで、ユーレの前に立ったので慌てて止めた。
「あなたは自分のために力を得ようとしてる。春馬は力をがなくても、誰かを護ろうとした。その違いは勇者にとって大きいのよ」
俺が止めてるのに、ユーレは炎にガソリンを投げ込むようなことをする。お願いだからやめてくれ。
「だったらこのままでも戦う。勇者かどうかなんて関係ない。ウチは春馬に負けたくない。全てにおいて一番になるのがウチなのよ」
ユーレにつめよろうとしていたのを、俺が押さえていたが、バッと払われてしまい、鋭い目つきで睨みながら、ユーレに向かって指さした。
ユーレがどうリアクションをとるかと思ったら、白い光に包まれると、消えてしまった。
ユーレは異世界の人間だっていうこと以外には、何もわからなかった。
✩
次の日接客していると、西田さんは結菜に声をかけてきた。
「怪我はない?」
心配した表情は明らかに、自分の怪我よりも、結菜への思いがにじみ出ている。包帯で巻かれた手首は、ちょっとやそっとの怪我じゃない。だけどその声や表情からは心配させない雰囲気があり、西田さんは自分のことよりも、結菜の心配をしていた。
「大丈夫です」
結菜は答えてから、訊くかどうか一瞬ためらうが、それでも決心がつき訪ねることにした。
「西田さんは何であたしのことを推してくれるんですか?」
結菜自身推してくれるのは嬉しいんだろうけど、自分に対して自信がないため、どうしても素直に喜べない。
結菜の性格をわかっているけど、可愛いし、思いやりがあって、努力家。誰からも好かれるタイプに思うけど、唯一の自信のなさが、失敗を過大評価し、自分の魅力を最小限に計測してしまう。
西田さんはうーんと声を漏らして、今の結菜にどう言葉をかけたら心に届くかを考えた。
「仕事のストレスがたまったときに来て、結菜ちゃんと話すと癒やされるんだよ。それにテキパキと動いてて、すごいなって思うんだ」
それは変に格好つけないシンプルな言葉。結菜は当たり前のことを当たり前にできる。それだけで癒やされるし、一緒にいて心地よくなる。
「あたしはすごくないですよ。ダンスも失敗したし」
「失敗は誰でもするから、クヨクヨしないで。応援してるからさ」
表情を曇らせる結菜を心配してしまう西田さんだったが、明るい笑顔で励ます。
「でもあたしがいない方が良いグループになると思うんです」
しばらくテーブルを拭きながら様子を見ていた俺だったが、ここまで凹んだ言葉を口にされたら、黙って見過ごすわけにはいかない。
「そんなことないぜ。自分を信じろ。歌は一番うまいのは結菜なんだから。俺達は仲間だ。補い合っていこうぜ」
この前のライブは緊張した結果、結菜はダンスもだけど、歌唱力も思うようにいかなかった。それは結局の所、リラックスするのがいいけど、結菜の性格では難しいと思う。だが場数をこなして緊張してても、自分の本領を発揮できるようになるのが、近道なのかもしれない。
結菜は笑顔になりつつ謙遜した。
「お兄ちゃん、西田さん、ありがとう。あたしはもっと頑張らなきゃね」
「そうだな。応援してくれるファンのためにも、輝く瞬間を見せる。それがアイドルってもんだろ」
「そうだね。あたしアイドルだもんね。弱音なんて吐いてちゃだめだね」
結菜はさっきまで曇っていた表情を明るくさせた。まるで何かに気付いて、この数秒で別人のように変化を遂げたように、結菜から感じる雰囲気が変わった。
「結菜は自分を信じれば大丈夫。俺が保証するぜ」
「うん」
結菜は最高の笑顔を作り、俺はにっこり微笑みを返した。
✩
翌日モンスターが大量に現れた。今回もスライム、イエティ、キラーパンサーの三種類だが、今回は全部で百はいる。大平藤市も重要度の高いポイントとして認定されたようだ。
モンスター達はいろんな街に現れるが、ランダムに現れるのではなく、地域を決めて現れる。その街を破壊するのが目的というわけもなさそうで、すぐに自衛隊が来て逃げ帰っても、目的を達成した場合はもうそこには現れない。逆にいえば街がかなり破壊されても、目的を達成していない場合は、何度でも現れる。日本ではそこまでの被害はないが、海外ではそういう状況が見られ、誰かターゲットにしている人間を殺したかどうかがポイントだと言われている。
俺と結菜は買い出しに行っていた。メインの食材は親父が厳選したものを選び抜いている。アイスや果物など、スイーツに関しては近くのスーパーで買い、それを調理する。
スイーツがないと女性のお客さんが来ない。今やアイドルは男性だけのものではないし、自分でいうのも何だけど、うちの武器は俺がいることで、女性のお客さんが多店舗に比べ多いこと。アイスもフルーツを一緒に盛りつけて出すだけで、美味しさが全然違う。ワッフルやパンケーキなどにも使うし、スイーツ好きとしては、特別なテクニックがなくても美味しくなるため、家で密かにやってる。
俺は買い物袋を結菜に渡す。
「お兄ちゃん」
「俺が護るから離れるなよ」
しかし結菜は首を振った。
「アイスがあるから溶けちゃうよ」
「アイスなんてまた買えばいいだろ。命がかかってるんだぞ」
思わず強い声で怒鳴ってしまった。結菜は目をギュッとつぶった。
「そうだね」
「俺から離れるなよ」
俺はポケットからコインを出して、周りの人の目を気にせずに叫んだ。
「バーガー武装」
俺はハンバーガーの鎧を身にまとった勇者になった。
「ポテトソード」
剣が現れると同時に、俺は目の前にいたスライムを斬りつけた。俺に気付いていなかったスライムは、真っ二つになりコインに変化した。そうやってモンスターを倒していくと、見覚えのある姿を発見した。
ピンクのフリルがいっぱいついたワンピースに、白のカチューシャ、日傘で日焼け対策をしている女性だった。
「誰か-、助けて!」
逃げながらこっちを向いて、やっぱり柳原美樹さんだとわかった。俺のファンと宣言してくれていて、いつもガーリーなファッションに身を包むお姉さん。社会人一年目で、いろいろ大変みたいで、愚痴を聞くこともあるけど、基本はポジティブで優しく、可愛らしい女性だ。
「今助けます!」
俺がスライムを倒すと、目丸くする美樹さん。
「ひょっとして春馬君?」
「そうですよ」
ウジャウジャと攻めてくるスライム達をなぎ倒しながら、冷静な声で返す。まだ目を光らせる魔法は使われていない。だったら余裕で倒せる相手だ。
「いつもと違うからすぐにわかんなかったけど、声でわかった」
こんな珍妙な格好いつもしないです。
「あっちで結菜と待っててください」
結菜の方にポテトソードを向け、そこまでのモンスターを倒して道を作る。俺には俺の生き方がある。大切な人を護る。それはアイドル以前に、俺の生き方だ。
「僕も戦うよ」
いつの間にか現れたユーレは、ハリセンを持っていた。ユーレに気付いていないイエティの背後に回り込み、ハリセンを高く上げた。
「夏なのに何でお前が来るのよ」
ごもっともな突っ込みを張り上げながら、ハリセンでイエティの背中を叩きつけると、イエティは体中に黄色い電流を流し、一瞬にして燃え死んだ。
「春馬。マフィンシールドを結菜に渡して」
「おう。マフィンシールド。これで美樹さんを護ってくれ」
俺の言葉に反応し、マフィンのような形の盾が現れた。すぐに結菜に向かって投げ、キャッチしてから結菜は、攻撃されてもいいように構える。
「可愛い。だけど何でスライムまんはレギュラーメニューじゃないのよ」
スライムに攻撃するときの突っ込み。ハリセンの攻撃だからって、別に何か言わなきゃダメってことはないでしょ。
なんて思っていたら、あたりそうで何度やってもあたらない。スライムの目は光っている。予想通りだ。きっとスライムの特殊魔法は、相手の攻撃をよけること。
ゲームでお馴染みのモンスター達だけど、この特殊魔法があるせいで、真正面から向き合って戦っても中々勝利はつかめない。
俺は狙ってきた相手の攻撃はよけ、俺に気付いていないモンスターを倒していく。今すべきなのは正々堂々戦うことじゃない。最優先は襲われている人を助けることだ。俺に気付いていないモンスターに、積極的に攻撃をしていき、この辺のモンスターは一分ほどで激減していった。
離れたところには銃声が聞こえる。この前モンスターが現れたため、自衛隊も重要警備の街にしてくれたみたいだ。襲われてたであろう人の「ありがとうございます」って言葉がたまに聞こえる。
ユーレに視線を移すと、まだスライム一匹と奮闘中だった。攻撃がかわされてしまうため、スライム一匹ですら倒すのが非常に困難だ。
「なるほどね。だったらこれでどう?」
ユーレは目をつぶってスライムのいるであろう場所に向かって、ハリセンを叩きつけたが、スライムがいる手前だった。スライムが体を七色に光らせてタックルしてくる。
「ユーレ!」
俺は駆けていくが間に合わなかった。
「残念。あたしは普通の人間じゃないのよね」
倒れるユーレはお腹に乗ったスライムを抱きかかえ、ニヤリとした。ユーレのドヤ顔を見る限り、どうやら作戦だったみたいだ。
「これなら逃げられないんだからね」
左手で抱いたたまま、右手のハリセンでスライムを叩くと、電流が流れてユーレは自分もビリビリしながら倒す。
「せ、正義は勝つのよ」
勝ってもダメージを受けていた。自分自身の攻撃で。
スライムの攻撃が効かないのに、自分の攻撃が効くっていうのはどういうことだよ?
「来ないでよ」
ユーレに気をとられて結菜の方を見るのを怠っていたら、結菜にイエティが近づいていた。慌てて結菜の方へ向かう。
俺が助けに入るが、数が多くて結菜と美樹さんは恐怖で動けずにいた。だが離れた場所から玲奈の「ハッ」「くらえ!」などの声が響いた。
玲奈はコスプレ用に持っていた剣を使い戦っている。もちろん偽物だがあたれば痛い。スライムくらいならあたれば倒せるだろう。そう思った瞬間にスライムを倒した。
次にイエティが襲ってきた。玲奈は苦戦しながらも、素早く動いて頭を叩く。するとコールドブレスを吐かれたが、着地と同時に後方へ飛び何とか回避した。
俺が玲奈の横に来て助けようとすると、玲奈は激怒した。
「余計なことをしないでよ」
結菜を見た玲奈は冷たい目で言い放つ。
「自分の弱さを受け入れるなら、足手まといにならないところで隠れてて」
「そんな言い方するなよ」
俺はその言い方に怒ったが、結菜はシュンとなった。
「あたしは玲奈ちゃんみたいに強くないから」
「初めから強い人間なんていないのよ。怖くて動けなかったり、進むべき道がわかっていても避けていたら、強くなんてなれないんだからね」
玲奈は近くにいたスライムを倒し、コインに変化させ、結菜の方に振り向く。
「ウチはもっと強くなって、二度と同じ失敗は繰り返さない!」
次はキラーパンサーに向かっていった。俺みたいに武装しているならともかく、玲奈が戦うには危険すぎる敵だ。
「そいつは危険だ!」
「安全な場所にいる限り、ウチはなりたいウチになれない。危険でも何でも乗り越える。その先に目指すべきウチがいるから」
その強い意思が宿った瞳を見ると、俺は止められない。覚悟を決めた人間の目だ。俺だってひなたに止められたが、それを素直に受け入れられる気持ちにはなれなかった。玲奈の気持ちがわからなくもない。
俺は玲奈の強さを信じることにした。本気の人間が生み出すパワーは、常識じゃ考えられないことも成し遂げると信じてる。
結菜は何かを考える表情を浮かべた。後ろの美樹さんはこの状況が怖いようで、不安な表情を崩せずにいる。
俺はどんどん倒していく。モンスター達が死ぬとコインになったので、スライムのコインを拾ってみる。ユーレがスライムのコインを拾ったのを見て説明してくれた。
「スライム武装って言って」
「スライム武装」
言われるがままに叫ぶと、俺のハンバーガーの鎧の上に、さらに青いスライムの鎧が身についた。もはやハンバーガーの勇者かどうかもわからない。
目の前にいるイエティがコールドブレスを吐くのがわかった。俺はジャンプでかわし、ポテトソードでイエティの背中に回り込んで斬る。光に包まれたイエティはコインに変化した。
なるほど。スライムは俺の攻撃を読んでいた。それと同じように、イエティの攻撃が読めるようになった訳か。コールドブレスも俺を狙うだけじゃなく、俺の頭を狙っているところまで、脳裏に映像が浮かんでいた。
今度はイエティのコインを拾った。流れはわかってるので、ユーレの言葉を聞かずに叫ぶ。
「イエティ武装」
スライム武装はなくなり、今度は白い毛で覆われた。真夏にこれは暑いな。
襲ってくるキラーパンサーを見つめ、飛びかかってきたが、俺は動かなくても、キラーパンサーの方から攻撃が違う方へ行く。イエティの能力は相手の攻撃を自分からそらすこと。
コインを武装することで、その特殊魔法を念じるだけで使えるみたいだ。ポテトソードで斬りキラーパンサーのコインも拾う。
俺は玲奈の方へ視線を移すと、玲奈は苦戦のうえに疲労が出ている。これはやばいなと思った。素早い敵との戦いに、疲れで動きが遅くなっては、対抗するのが困難になってしまう。コインを渡すのを考えたが、これは俺みたいに武装しなきゃ、人間には使えないようだ。しばらく考えたが、俺は信じると決めたんだ。本当にピンチになるまでは助けに行くのはやめておこう。
イエティが結菜と美樹の前に行く。結菜達は一緒に逃げるが、目の前に来たイエティは殴りかかり、スレスレでかわす。
俺はポテトソードを投げて、結菜に武器を与える。
「結菜。美樹さんを護れ。俺達はヒーローなアイドルだ。ファンに怪我はさせられない」
「あたしには無理だよ」
「結菜に足りないのは自信だ。もし自信がないなら俺を信じろ。結菜ならできると思う俺を信じるんだ」
結菜は俺が信じてくれていること、変身しなくても玲奈が戦ってるのを見て、希望と勇気がわいた表情になり、突き動かされてポテトソードを握った。イエティは目を光らせた。
「結菜。目をつぶって攻撃するんだ」
俺は結菜にアドバイスをした。おそらく赤く光る目を見て、特殊魔法にかかるはず。だったら見なきゃいい。もしイエティが結菜を攻撃したり、コールドブレスを吐いたときのために、俺はスープマグナムを構えている。
「あたしの避けずに進むべき道、勇気を出して歩く道」
結菜は玲奈に言われたことを考えている。そして自分の中で答えを決めて、イエティに向けた、表情には目をつぶっていたが、気合いがみなぎっていた。
「えいっ!」
結菜はイエティの胸を突き刺した。予想通りあの目は光るだけじゃ特殊魔法を発揮できないようだ。赤く光らせた目を、相手が見つめ返して、相手の目を通してなんらかの影響を与えているに違いない。
「ビリーブだぜ」
いつものセリフを吐くと、スライムに攻撃を受ける。すぐに倒して俺は結菜の前に行った。
「もうあたしがいない方が良いグループになると思うなんて言うなよ。自分を信じろ。それにハンバーガーはパンだけでも、肉や野菜だけでも完成しないんだぜ。みんなの力を合わせて俺達は一つになるんだからな」
「うん」
俺の言葉に結菜は笑顔で頷いた。
「春馬君って良いお兄ちゃんね」
「何のことですか?」
美樹さんは俺の行動を見ていて、全てを理解していた。
今結菜に必要なのは成功体験だ。できると思い、行動して、成功する。
失敗を過大評価してしまう結菜には、イエティを倒すなんてまず無理だと思っている。それができたなら、いつも練習している歌とダンスはできると考えるはずだ。
全滅させたと思ったら、黒と紫の混ざった光が生まれ、再びモンスターが現れ始める。さすがに俺も疲労がたまってきた。戦いだして三十分はたっている。いくらバーガー武装をしたとはいえ、人間疲れないわけはない。まだ三十分動き続けるのが限界だと知り、俺はトレーニングを決意した。
しかし今体力の限界がきててもやるしかない。俺は結菜にポテトソードを渡してからは、スープマグナムで戦っていた。この銃は撃ったときの衝撃が強く、後ろへ吹っ飛ばされないように脚に力を入れなきゃダメだ。結菜が撃つには向かないし、狙いを定めるのも中々難しい。
二メートルくらいまで近づけばほぼ確実に命中するけど、三メートルくらい離れると命中率はグッと下がる。今まで銃なんて撃ったことがないから、狙えばあたると思っていたが、そんな簡単なものじゃない。
俺は体力が減らないように、あまり動かずにスープマグナムを撃ち、敵の攻撃に応じてかわしたり、近づいて命中率を上げるために動くようにした。しかし肩が上下に動き始める。
コインで特殊武装をしても、しばらくするとその武装はなくなってしまう。一定時間しか有効じゃないため、無敵の勇者とはいかない。
さらにモンスターが増えたのを確認し、俺がマイナス思考になりかけた瞬間、ユーレがそばに来た。
「やっほ。元気してる?」
「息切れしてるのを見て、あえて訊くのか?」
「怒らないでって。このピンチを切り抜ける必殺武器があるんだから」
「そういうのは早く言えよ」
ユーレはもったいぶる癖があるようだ。こんなに大変なのに、もったいぶるんじゃねえよ。
「武器を全部集めて」
そう言われて俺は結菜の所に戻って、ポテトソードとマフィンシールドを受け取った。
「それを重ねてバーガーバズーカって言って」
両手で持った武器を重ねた。すると武器が反応し合うように、白い輝きを生み出した。それを見てとてつもないパワーを感じた。
「バーガーバズーカ」
すると白い輝きとともに、一つのバズーカになった。持つだけで疲労感がなくなっていく。不思議な感覚。これにはすごいパワーがあると確信した。
「ワープゲートごとぶっ倒しちゃえ」
俺はバーガーバズーカを構えて、狙いを定める。モンスター達は今も続々とワープゲートから出てきている。なるべく多くのモンスターに命中するよう、そしてワープゲートに命中するように狙いを定める。
俺は数秒の後にトリガーを引いた。巨大な燃えるハンバーガーがバズーカから放たれた。出てくるモンスター達を燃やしていき、ワープゲートも爆発させた。異世界と繋がる霧の様なもの。そんなものまで破壊できるなんてすごい。
「こんなにすごい武器があるなら、さっさと言えよ」
俺が軽い口調でユーレに言うと、真剣な顔を俺に向けた。
「春馬、バーガーバズーカは精神力をエネルギーにするの。だから何度も使うと、心にダメージを受けちゃうから」
「心にダメージ?」
「春馬はみんなを護るっていう強い心を持ってるけど、その気持ちを使ってるの。だんだんその気持ちが弱くなっていくっていえばいいかな?」
よくわからないものの、何となく危険な雰囲気は感じ取った。
こんなに強い武器なら何発も使うことはないだろうけど、それでももし俺自身の精神力を使うなら、死ぬ覚悟が必要だと思う。
「だからかなりの強敵や、モンスターをまとめて倒すだけにして」
「おう」
「今回はワープゲートからまた援軍が来て、ワープゲート自体を何とかしなきゃって思ったから。できればバーガーバズーカは使わないでね」
俺はユーレに頷き、まだ残っている十数匹のモンスターを、ポテトソードで倒した。最後の力を振り絞り戦っていると、玲奈がさっきのキラーパンサーと戦い続けていた。
キラーパンサーが目を光らせると、玲奈は笑った。
「他のキラーパンサーが同じ技を使っているのを見せられて、からくりを理解できないほどバカじゃない。その技を使う前に、一度動きを止める癖を見抜いた。動きを止めたら、ウチはお前を見ない」
玲奈は動きを封じられる前に、右に向かって走り出す。キラーパンサーと別の方向へ、逃げ出したと思ったのか、キラーパンサーは追いかける。だがそれは玲奈の作戦だった。歩道橋の階段を駆け上り、キラーパンサーが階段の下まで来たところで、一気に駆け下りて剣を目に突き刺す。
キラーパンサーはあまりの痛みに、悲鳴を上げる。俺の武器みたいにかなりのダメージを与えるわけじゃないため、特殊魔法を封じるだけでなく、致命的な場所を狙わなきゃ勝ち目はない。いや俺が目を狙ったとしても、普通の状態で勝てるか考えて、勝つ自信なんてない。戦ったことがあるから軽率に答えを言えない。
あの素早さ、鋭い牙と爪。そして動きを封じる目。玲奈に限った話しではなく、おもちゃの剣で戦って勝てる相手じゃない。
玲奈は倒れているキラーパンサーの喉を叩きつけた。呼吸器に穴が開き、しばらくすると苦しむことさえできずに、動かなくなった。やがて白い光に包まれて、キラーパンサーはコインに変化した。
俺より強いと言っていたが、玲奈は本当に俺より強いと思う。
俺は玲奈に何かあっても、玲奈の強さは信じられる。
鳥肌を立っていたが、玲奈の横に行き話しかける。
「やったな玲奈」
俺の弾んだ声に、振り返った顔には睨みつける瞳が張り付いていた。
「当然だ。ウチは強い。それを証明しただけだ」
何でそんなに怖い喋り方しかできないんだよ。
玲奈はアイドルというよりも、格闘技の選手のような雰囲気だった。戦っている今に限定した話しじゃない。玲奈は何でもできるし、美人なのはいうまでもないけど、自分が一番って言う意識が強い。俺がアイドルになると知り、俺に張り合う形でラーメン屋さんのアイドルになった。
俺はユーレを探すと、見当たらなかった。あいつもあいつで肝心なときはいるけど、逆に普段はいないのかよ。
まぁこの世界の普通の人間じゃないのは確かだ。きっと地上にいられるのは三分とか、なんらかの制約があるのかもしれない。
ユーレには訊きたいことがある。この力をもっと引き出す方法や、モンスターについて。一ヶ月くらい前から、世界各地でモンスターが異世界から現れ始めたけど、その理由をユーレなら知っている気がする。
俺がバーガー武装をして、異世界に乗り込んで戦えるのかは不明だけど、少なくともそうしなければ常にモンスター達のペースで攻められ、人類は防戦しかできない。今は状況的にそうだけど、あのモンスター達の親玉を倒して、こっちの世界を征服しようとしてるなら、それを止めなきゃダメだ。
漫画みたいな話しだけど、実際に人が死に、なんらかの作戦を達成しているようだ。それが人類にとって不都合なら、食い止めなきゃいけない。
俺は武装を解いても、そんな思考を巡らせていたが、背中に声をかけられた。振り返るとそこには結菜と美樹さんがいた。
「お兄ちゃんありがとう」
笑顔で抱きついてきた。
「バッバカ。ここ外だぞ。みんなが見てるだろ」
いきなりのことに慌てる俺だったが、結菜自身自分のやっていることの意味に気付いていなかった。
「えっ?」
美樹さんがジーッと俺達を見つめている。
「妹ってうらやましい」
そこうらやましがらないで。
突っ込みを入れようと思ったけど、美樹さんにこう言っても、丸め込まれそうな気がして、一瞬で口に出すのは控えた。
✩
次の日曜日に二回目のライブをする。それまで俺達は猛特訓をした。練習段階ではやっぱり結菜が一番うまいと思った。リズムに振りがピタッとあい、背筋や腕から指先までの関節がきれいに伸ばされ、曲とダンスが一体化している。
歌ももちろんうまく、伸びやかで透き通る声は、心に染み渡り、歌詞の意味をダイレクトに心に響かせる。
「結菜。こんなに練習したんだ。ちゃんと自分を信じろ」
「うん。ビリーブだね」
親指を立てた結菜は、この前とは全然違う雰囲気を身にまとっていた。自分の中で自信をつかみ取り、成功をイメージできている。
「あたしはあたしの道を歩くよ。怖くてももう止まらない。お兄ちゃんみたいに強いビリーブでいくね」
ただビリーブだねって言ったわけじゃない。心の底から確信になった言葉は、明らかに余裕を感じさせる。
結菜は白のキャラクターTシャツにピンクのジャージ。姿で美容成分が入っていて、痩せる効果があると宣伝しているお茶を飲みながら、顔からわき出る汗を拭いている。荒くなった呼吸はまだまだ一曲が限界なのを否応なく示している。
俺はひなたに視線を移す。ロゴTシャツに青いジャージに身を包み、ひなたは少し複雑な顔をしていた。
「何か?」
「何か? じゃなくて、歌の出だしが一拍遅れてるし、ダンスも少し雑じゃないか?」
ダンスをしながら歌うっていうのは見るのは簡単だけど、やるのはかなりハードだ。一曲が約四分。四分間速い動きをし続けると考えればいい。それが想像しにくいなら、四分間走りながら歌っているようなものだ。
一緒にやっている俺にだって、ダンスがいかにハードなことかわかっている。そのハードなことをして、さらにお客さんに聴かせる歌を歌わなきゃいけない。
「頑張れよ」
さっきの言葉でひなたは自覚している表情を見せた。自分でわかってるのに、他人に言われたら腹が立つ。ひなた自身の目が次こそはちゃんとやってやると訴えている。だったら俺が注意する必要はない。
ひなたもちゃんと水分をとっている。コーラなのが気になるけど、そこはあまり突っ込まない方がいいかと思いやめておく。
俺自身ミスはなかったと思うけど、完成度が高いかと考えると、イエスとは答えられない。まだまだうまくできるはずだと思うし、この程度で満足してちゃダメだと思う。
俺もスポーツドリンクを飲み、しばらく休憩をしてから、俺はラジカセをリモコンで操作する。デジタルな動作音がしてから再生される。
「よし。もう一回最初から練習だ」
前奏が流れてくる。リモコンをラジカセの上に置いて、立ち位置にサッと戻って、ダンスを始める。
見てるお客さんを楽しませる。そんなパフォーマンスができるようになりたい。
俺達は練習を繰り返す。今度こそは誰も失敗しない。お客さんに最高のパフォーマンスを見せるんだって気迫が、飛び散る汗から感じ取れる。
結菜の歌やダンスは体になじみ、今まで力んでいたせいで真剣な表情が出すぎていたが、少しずつ柔和な表情になってきた、
ひなたは失敗した歌い出すタイミングも成功し、ダンスもキレが出てきている。結菜に比べると表情は硬いけど、それでも数を重ねていくうちに、確実にスキルアップが見える。アホなことを言って誤魔化すタイプだけど、すごい負けず嫌いな性格が出ている。
俺自身はミスはないけど、細かい部分の完成度を上げるのが目標だ。自分で自分の評価を下すのは難しいけど、頭で考えて動く、ラップをするっていう感覚がなくなり、体が曲の一部になったような気持ちになってきた。うまくいえないけど、反射的に自然に体が動き、蓄積されていく疲労とは反比例するように、なめらかな動作ができるようになった。
✩
日曜日ライブの直前に、俺はステージ袖で結菜に訊く。やはり練習ですごいパフォーマンスをしていても、姿勢の悪さから緊張しているのがわかる。
「自信ついたか?」
結菜は笑顔で答える。
「うん。お兄ちゃんのおかげだよ」
親父が来て結菜の大好物を顔の前まで持ってきて、高く持ち上げる。結菜はその正体に瞬時に気付き、目を輝かして視線が追いかけていた。
「じゃあこのチョコは成功したらあげるよ」
「やってやろうじゃねえか。ご褒美があった方がやる気が出るもんな」
俺が気合いを入れると、テーブルに置かれたチョコを取ろうとする手が、下から伸びていた。ひなたがテーブルの下に隠れていたのだ。
だけど気付いた結菜に手を叩かれる。すぐに引っ込んだ手は、テーブルの下に消えた。
「ライブが終わってみんなで食べるの」
テーブルの下から出てきたひなたは、チェッと漏らしつつも、笑った顔は冗談でやっているのがわかる。
結菜は心配になり、この前失敗した部分を練習し、ライブに向けて気合いを入れる。最終確認をすませると、結菜の顔は自信に満ちていた。
「さぁ行こう」
「おう」
結菜の言葉に俺は頷き、ステージに向かって走り出した。
歌もダンスも順調に進み、結菜が失敗した部分を今度は成功。満足のいくできに、結菜は最高の笑顔を浮かべた。
営業に戻ると西田さんと話す。
「西田さんに失敗は誰でもするって言われて気持ちが楽になりました。あたしだけがミスをして、自分に自信が持てなくて。でも応援してくれる人の気持ちに答えたいと思ったら頑張れました」
西田さんは優しい笑顔を作った。
「これからも応援してるよ」
「ところでひなた。二番のダンスで腕を上げるところ、少し遅かったよな?」
「あれは我が内に封印されし、邪悪なる存在が暴走を始め、ライブに集中できなかったのだ」
キャラで誤魔化しに入った。っていうか、そのキャラは裏でしか出さないんじゃなかったのかよ。
「そのキャラは今出すなよ」
「いつもにこにこひなたちゃんだよ~」
いかにもなキャラを作ったが、みんながどん引きした。俺は結菜の耳元で囁いた。
「反省はいいけど、落ち込む必要はないぜ。ひなたもライブの後にわずかな時間にミスった部分練習してたし」
「そうだね」
俺はひなたに突っ込みを入れて場を盛り上げる。まだ一曲しかない俺達は、その中で精一杯やっていく。ファンの人達と交流を大切にして、まずは挑戦、失敗をするかもしれないけど、挫けずに練習をしていく。
自分と仲間を信じて。
「やっぱりこのチョコは最高に美味しいね」
ライブを成功させた結菜は親父からチョコをもらって、にっこりとしていた。




