5. 静かな街
昼食を摂りつつ歩いていると、土が剥き出しだった街道が途中から石畳で整備されたものになっていた。石畳の先を見てみると、煉瓦造りの壁が見える。
「あれが獣人の国です。」
頑丈そうな市壁を指さし、ティートは心なしか嬉しそうに母国を紹介した。
「カイトさん、ここまでつれてきてくれてありがとうございます。」
「気にすんなって。」
門まで向かう途中、獣人の国の兵士と思われる集団が別の街道を渡って市壁の中に入っていくのが見えた。
「何か物々しい雰囲気だな。何かあったのか?」
「とにかく、早く中に入ろう?きっとティートのお父さんが町で待ってるよ。」
「そうだな。」
南側の壁の向こう側にあるのはシーバックの町である。シーバックは南側から入った旅人が必ず立ち寄る場所だからか、町の構造が簡素であり分かりやすい。
「あちこちに看板があるなんて珍しいな。」
「門のそばの町はこんな感じですよ。宿屋も首都より多いです。ただ…。」
そう言って一度言葉を切ると、ティートは町を見渡す。
「普段はもっと賑やかなんですが…。」
ティートに倣って通りを見回すと、やはり人っ子一人居ない。
「何が起こってるのかな、この国で。」
「神隠し事件じゃ無いと良いが。」
誰も居ない大通りを見てため息を吐くと、大通りに面した民間から出てくる人影があった。それに近づくと、向こうもこちらに気づいたようだ。
「おや、旅人さんかね。」
「はい。」
「タイミングが悪かったねぇ。こんなときに来ちまうなんてさ。」
そう言って、顎髭を蓄えた男は苦笑した。
「何があったんですか?」
「国から『国外に出ることを自粛するように、特にシスルの森には近づくな』っつう命令が昨日の夕方辺りに出たんだよ。我々獣人は森の恵みがなきゃ生活に困る。だから命令がいつ解除されるかわからないうちは資源を無駄にしないよう大人しくしてるって訳だ。」
男はやれやれとため息を吐いた。
「森が使えないと狩りもままならん。もうすぐ黒の風が吹く頃だというのに。」
黒の風とは、毎年春と秋に数日間吹く魔素の濃い風のことだ。竜が住むという極寒の土地、ラプル大陸から吹くという。人間の国や獣人の国、そして森の国があるここメロウ大陸はラプル大陸からは遠いが、黒の風の影響力は凄まじい。耐性の高い妖精やエルフ達以外が何の対策もせず風の中を歩き回ればたちまち死に至るとも、理性を失い苦しみ続けるとも、異形の怪物になるとも言われている。
「狩りができないのと黒の風と、何が関係あるんですか?」
「黒の風の間はこの国の民は地下の避難所に逃げ込むんだ。勿論旅人さんも避難所にいれてやるがね。そんなとき、避難所に食料がなかったら死んじまうだろ?だからさ。食料は多くて悪いことはねぇ。」
「なるほど。」
関心して頷くと、男は長い顎髭を揺らしながら続けた。
「それに、風が止んですぐ命令が解除されなかったら、森に棲んでいる動物達が長く苦しむことになる……。それじゃ可哀想だ。」
男は、眉間に皺を寄せながら言った。
「風にあてられておかしくなった獣は、同じ獣である我々獣人が早く楽にしてやるべきなのに、なんだってこんな時期に。」
「カイト、風が吹く前になんとかできないかな?」
話を聞いていたパンドラが、悲しそうな顔で俺を見上げながら聞いてきた。
「他所の国の事に旅人は口を出したら駄目だ。そもそも、ただの旅人の言葉に耳を貸す王様なんて居ないさ。」
早く命令が解かれるのを祈るしかないな、と付け加えるとパンドラはいっそう悲しげな顔をした。
「そっか……。何だか悲しいね。」
そうパンドラが呟くと、男は困ったような笑みをパンドラに向けた。
「…お嬢さん、いつもはこんな所じゃないんだよ。それだけはわかってくれ。」
「うん…。」
パンドラと共に男に頭を下げ、その場を後にした。
首都であるマカドミーに着いたのだが、街はシーバックのように閑散としている。
「ここもか。」
「こんなに静かだと、僕の住んでる街じゃないみたいですね。」
そう言って俯くティート。
「そこの人間、止まれ。」
「!」
街の様子を気にしつつ歩いていると、突然兵士に声を掛けられた。顔は見えないがさらりと流れるような尾と頑強な四肢という馬を彷彿とさせる容姿だ。
「何?」
「その子供、先日行方不明になっていた者だと聞いているが。」
兵士は事務的な声音で俺の肩を掴んだまま尋ねる。
「シスルの森の火事の時、こいつが逃げ遅れたところを介抱して連れてきただけだ。それとも、怪我をした子供を置き去りにして来た方が良かったか?」
「フン……。紛らわしい事を。」
小さく舌打ちをし、兵士は足早にその場を去った。
「ったく、そう何度も誘拐犯されちゃ身が持たねえっつーの。」
「カイトの得意技だね!」
「技ってお前……」
ただの不審者じゃねーか!と思ったが言うと面倒なので言わないことにした。
「ティート、お前の家はわかるか?」
「はい、ここからならすぐです。」
「わかった、それじゃあ早く行こう。」
ちょこちょこと歩くティートについていく形で、静かな街を歩き始めた。
ティートが足を止めた所は、大通りから少し外れた所にある一軒の民家の前だった。
「ここです。助けてくれてありがとうございました、カイトさん。」
ペコリとお辞儀をし、ティートは民家のドアを2回ノックした。
「お父さん、ただいま!」
「そ、その声、ティートか!?」
ティートの声を聞いて、ドアがすぐに開いた。
「無事だったのか……良かった……!」
「うん。旅の人が助けてくれて、ここまで連れてきてくれたんだ。」
ティートによく似た獣人の男は、目に涙を浮かべながらティートを抱き上げた。尾が右へ左へと忙しなく揺れ動いていて、本当に嬉しそうだ。
「エスタと申します。この度は息子がお世話になりました。」
部屋の外に出たエスタは、ティートを抱きながら深々と頭を下げた。
「お父さん。あの男の人がカイトさんで、隣の女の子がパンドラちゃんって言うんだよ。」
顔を上げたエスタに、ティートが俺たちを紹介する。
「本当にありがとうございます。あなた方が居なかったら息子はどうなっていたことか…。」
ハンカチで目尻を拭いながら何度もありがとう、ありがとうと言うエスタ。
「カイトさん。是非お礼をさせてください。」
「いやっ、お礼だなんて!当然の事をしたまでですから。」
多少慌てながらブンブンと首を振る。
「息子の恩人なんですから、お礼をしないと気がすまないんです!」
エスタは引き下がらない。それを見かねたパンドラが、俺の服の裾をちょいちょいと引いて耳打ちする。
「カイト、折角の厚意なんだし、受けなきゃ損だよ。」
「うーん、まあ確かにそうか。断り続けるのも失礼だしな。」
男に向き直ると、俺は精一杯の笑顔で「そこまで仰るなら、お願いします。」と答えた。
「ああ良かった。それじゃあ、この町で一番良い宿を……」
「や、宿は取ってあるので!」
『高い宿なんて落ち着かなくて嫌だ』という貧乏臭い本音を隠すための嘘だが。
それからまたしばらくの押し問答を経て、夜に食事をご馳走して貰うことに決まった。
「さて、宿は取ったし、何するかなー。」
「カイト、町を見て回ろうよ。歩いた方がお腹もすくし。」
することもないので、とりあえずパンドラの提案に乗ることにした。
「カイトっ、見てみて!夕焼けが綺麗だよ!」
「そうだな。」
西の空が真っ赤になっている。秋の日が落ちるは早い。
「夜まで少し散歩だな、パンドラ。」
「うんっ。」