4. 事件発生
シスルの森を目指して歩き始めて5日ほど経ったある日のことだ。野営の準備をしていると、パンドラが何処からか何か抱えて走ってきた。
「どうしたんだ?」
「カイト、この子怪我してるの。手当てしてあげられないかな?」
パンドラの腕のなかに居たのは、ぐったりとした小人だった。
「小人族……森から来たのか。」
小人は俺に気づくと顔を強張らせたが、パンドラが優しく声をかけて、どうやら落ち着かせることが出来たようだ。
「見た感じ、あまり大怪我してるって訳じゃ無さそうだな。火傷の処置だけで済みそうだ。」
「シス……火……」
掠れた声で呟く小人。
「森で何かあったの?」
「獣人……火……森に……。」
パンドラはうーんと少し考えたあと、手をポンと打った。
「獣人がやって来て森に火をつけた?」
小人は弱々しく頷いた。
「酷いな。」
「早く、帰らない、と。」
「待て、今戻ったら死ぬぞ。その掠れた声、煙を吸ったんだろう?」
小人はぐったりとしながらもシスルの森の方をしきりに気にしていた。
「おかしいな。獣人の国と森の国は友好的だった筈だ。どうして森に火をつけたりしたんだ……?」
俺の呟きにハッと何かに気づいたようで、パンドラは森の方角を睨み付けた。
小人の手当てが終わった後、俺達はシスルの森まで急いだ。シスルの森が近づくにつれ、煙の臭いが強くなってくる。
「森が燃えてる!」
以前訪れた時は様々な動物や植物のある、神秘的な場所だった。しかし今現在シスルの森は赤々と燃え上がり、逃げ惑う動物達や逃げ場を失った者達の悲痛な叫びが聞こえてくる。
「酷いよこんなの!」
「パンドラ、少し離れた方が良い。」
離れたところから見ていても、熱気が伝わってくる。魔法で火を消し止めようとしている小人やエルフ達の姿が見え、小人も中に加わりたがっている。
「火を消さないと。」
「待って!」
フラフラと森に向かって歩き出す小人と、それを追いかけるパンドラ。
「どこ行くんだ、おい!パンドラ!」
パンドラを追いかけて森の中へと入っていく。体の小さいパンドラは、火の隙間を簡単に潜り抜けて森の中に消えてしまった。見失ったパンドラを探して辺りを見回すと、子供が炎の中で倒れているのが見えた。
「あれは……?」
「おと…さん……たすけて……」
微かに声が聞こえる。まだ息はあるようだ。
「取り残されたのか!」
子供の周りを見ると、根本が焼けて倒れそうな木が見える。倒れるのも時間の問題だろう。
「回り道してる暇も水探してる暇も無いか、仕方ない。」
両腕で顔を庇いながら子供の居る方向めがけて火に飛び込んだ。
「あっつ……。」
暑い。いや、熱い。しかし不思議と息苦しさは少ない。
「苦しくない……?いや、ごちゃごちゃ考えてる暇なんてねえか。」
なんとか子供のもとにたどり着き、子供を抱え上げる。見たところ大怪我はしていないようだ。
「う……だれ……?」
「通りすがりの旅人だよ。」
「おと……さんは?」
「悪いが、ここに居たのはお前一人だ。とにかく、まずは外に出ないと。」
そう言って辺りを見回すが、すっかり火に囲まれてしまっている。
「八方塞がりか……どうする?」
子供を抱えたまま火の中に飛び込むわけにもいかないと、解決策を捻り出す。
「カイトー!どこー!」
一瞬諦めかけたが、パンドラの声がした。近くに居るようだ。
「パンドラ!今火に巻かれて動けないんだ、何とか出来るか?」
「そっちにいるの?わかった、今助けるからね!」
思わず安堵して肩を撫で下ろした。が、まだ安心している場合ではない。
「すごい炎…。カイト、すぐ動ける?」
「火が何とかなればな。」
「わかった、すぐ走ってね!」
走れ?と疑問に思っていると、辺りの空気がほんの少し冷えた気がした。
「《銀色の煌めき》!」
パンドラが呪文を唱えたその瞬間、メラメラとうねっていた炎が動きを止めた。そして辺りは透き通った薄青の氷の世界となる。
「カイト、急いで!絶対止まっちゃ駄目だよ!」
「お、おう!」
凍り付いた炎に一瞬見とれてしまったが、パンドラの声で現実に引き戻される。凍った炎の中を走ると、一歩毎に足下の氷はパキンと嫌な音を立てる。通ってきた道を振り返ると、ひび割れから炎がチロチロとのぞいているのが見える。
「!」
氷の道を抜けた瞬間、氷は粉々に砕け、炎がまた赤々と燃え上がり出した。
「カイト、怪我は?」
「俺は平気だ。」
「その子は?」
パンドラは俺が抱き抱えていた子供を指で示した。
「あの炎の中に居たんだ。」
「逃げ遅れたのかな。」
「獣みたいな手足……獣人か。」
獣人族とは所謂人間と動物の境に居る者達のことである。様々な獣の特徴を備えた容姿の住民がいる種族だ。この少年は、垂れた栗色の耳と、毛並みがふさふさとした尾を持っている。犬型の獣人だろうか。
「とりあえず安全なところまで行って、手当てをしてから話を聞こう。」
「そうだね。」
「パンドラ、あの小人はどうした?」
「あの子が他の小人に合流したからカイトを探しに来たの。」
早く出ようとパンドラに促され、急いで森を抜けた。
手当てが済んでしばらくすると、獣人の子供は目を覚ました。厚手で袖の長い服を着ていたお陰か、大きな火傷は見当たらなかった。
「お、やっと起きたか。」
「っ!」
俺が声をかけると、子供はびくりと肩を震わせた。
「大丈夫?怪我は大したことないみたいだけど……。」
パンドラが声をかけると、小さく頷く。
「お水飲む?」
「うん。」
パンドラが水筒を手渡すと、少しだけ匂いを嗅いでから口をつけた。
「お水飲めるくらい元気があるなら大丈夫だね。ねえ、どうしてあんなところに居たの?」
「お父さんと、森に果物を取りに来て……お父さんとはぐれちゃって……。」
父親を探しているうちに火に巻かれて身動きがとれなくなった、と子供は言った。
「名前は何て言うの?」
「あ……ティート、です。」
「どこから来たんだ?」
「え、えと、マカドミー、です。」
少年が口に出したのは、獣人の国の首都だった。地図で見てみると、獣人の国は森から北東の方角にあるようだ。
「ピスタスからは少し離れるな……。まあどっちにしろ森はしばらく通れないだろうし、先にマカドミーに行こう。」
「カイト、まかどみー?って何処にあるの?」
「ん?あー、今北を向いて西に森があるから……向こうの方だな。」
そう言って北東の方角を指差すと、パンドラは険しい顔をして俺の指差した方角を睨み付けた。
「……カイト、嫌な予感がする。準備万端にしていってね。」
当初の予定通り、川から少し離れた場所で食事の準備をする。
「あのっ、なにかお手伝いすることはありますか?」
パンドラが川でとってきた魚の下拵えをしていると、ティートが控え目に声をかけてきた。
「特にないな。これ以上怪我されても困るし。」
「そう、ですか。」
困った顔で縮こまるティートに、少し申し訳ないような気分になる。
「カイトー!スープ焦げたー!」
気まずい空気で居ると、火の番をさせていたパンドラが元気な声を上げた。
「パンドラ、見てろって言ったよな。」
「みてたよ!」
確かに俺が言った通りに『見ていた』ようだ。だが俺が言いたいのはそういうことではなく、焦げ付かないように鍋を火からはずしたり適度に鍋の中身をかき混ぜる役目をしろということが言いたかったのだ。
「言い方が悪かった、かき混ぜてくれって言えばよかったな。」
「これどうする?」
俺が頭を抱えていると、パンドラは豆等が真っ黒に焦げ付いた鍋を指差して尋ねる。
「うーん、洗えばまだ使えるか?」
「洗ってこようか?」
「水入れとけば明日でも落ちるだろ。今日はいいよ。魚焼くから、串を刺しておいてくれ。」
パンドラははーい、と間延びした返事を返し、塩がかかった魚を豪快に串刺しにしていく。
「ごちそうさまでしたーっ!」
「ごちそうさまでした。」
魚を食べ終え、手を合わせるパンドラとティート。二人とも満足げな顔をしている。
「お粗末様でした。」
俺の前には何も刺さっていな木の枝だけが転がっている。念のために言っておくと、俺はまだ何も食べていない。
「ご、ごめんなさい……美味しくて、つい2匹も食べちゃって。」
「えへへー、今日はちょっとスゴい魔法使ったりお魚いっぱい捕ったりしたからお腹すいちゃった!」
ティートが嘘を言っていないとすると、6匹居たはずの魚のうち4匹を食べたのはパンドラだということになる。
「まあ、いいさ。」
仕方なく鞄を開け、狐色の塊を取り出す。
「なにそれー!」
「携帯食料だよ。魚は誰かさんが食べたからな。」
パンドラは興味津々にこちらの手元を覗き込んでくるが、そんなに面白い見た目のものではない。
「美味しいの?」
「あまりうまくはないな。」
小麦粉に蜂蜜、乾燥野菜の粉末などを練り込んだ冒険者御用達の品。なのだが、如何せん味が良くないと悪い意味で評判である。小麦粉と蜂蜜でクッキーのようなものを想像するかもしれないが、クッキーなんて上等なものではない。
「食べる食べるー!」
「まだ食べるのか?全く、少しだけだぞ。」
長方形の塊を一口サイズに割ってパンドラに渡す。
「わーい。」
早速パンドラは口に頬張り、眉間にシワを寄せた。
「うー……もさもさするー……。」
渋い顔のままもふもふと咀嚼を続けるパンドラ。中々飲み込めないのは携帯食料が日持ちするように水分があまり含まれていないからだろう。
「だから言っただろ。あんまり美味しくないって。」
「むー」
しばらくもふもふと咀嚼したあと、パンドラは渋い顔で飲み込んだ。
「カイトー、お水ー。」
「はいはい。」
パンドラに水を渡したあと、俺も携帯食料をかじる。
「はー……。便利っちゃ便利なんだけどどうにもこの味は好きになれないな。」
香ばしい香り、そしてできの悪いパンのような味。食感は強いて言えばクッキーとパンのあいのこだろうか。
「もう少しなんとかならんのかね。」
恐らく日持ちさせるために味を必要以上につけられなかったんだろう、と理屈を捏ねて味に対する不満を取り払う。
翌朝目を覚ますと、パンドラとティートは既に起きていて、何やらきゃいきゃいとはしゃいでいた。
「パンドラちゃん、すごいや!」
「へっへーん、まあねっ!」
ぱちぱちと手を叩くティートと、胸を張るパンドラ。二人とも楽しそうだ。
「次はどんな手品見せてくれるの?」
「うーんと、次はねぇ……。」
面白そうなのでそのまま眺めることにした。
「じゃあ次はこのハンカチを丸めて……それっ!」
パンドラがハンカチを握った手を大きく振るとハンカチが消え、代わりに小さな鳥の人形がパンドラの手のなかに現れた。
「わあっ!鳥さんだぁ!ねぇ、どうやったの?」
「へへへー、マジシャンはタネを明かしてはいけないのだ!だから内緒♪」
同じ年頃の子供と遊ぶことが少なかったのだろうか。ティートと遊ぶパンドラの目は生き生きとしている。
「俺も気になるな、それ。」
ひょいとパンドラの手から鳥の人形を取り上げ、まじまじと見つめる。特に変わったところもない、只の木彫りの小鳥だ。
「かえしてー。」
「ああ、悪い悪い。」
パンドラの手に小鳥を渡すと、パンドラは満足そうな顔をした。
「えへへー、ずっと誰かに見せたくて練習してたんだー♪」
「本当に魔法を使ってないのか?」
「もちろん!」
パンドラは満足げに胸を張った。胸を張りすぎてそのまま後ろにコロンと倒れてしまいそうだ。
「あ、おはようございます、カイトさん。」
俺に気づいたティートが頭をペコリと下げる。
「おはよう。」
「ねえカイト、朝ごはん食べたら出発する?」
「そうだな、……何食うかな。」
簡単な物でいいかとパンドラに尋ねると、パンドラはコクコクと頷いた。
干し肉と乾燥野菜のスープと乾パンという、何ともミイラだらけの朝食を摂り、いよいよマカドミーに向けて出発することになった。
「忘れ物はないか?」
「ないよーっ!」
「ありません。」
元気に言う2人を見て、軽く頷く。
「それじゃ、しゅっぱーつ!…カイト、マカドミーまではどのくらいかかる?」
「夕方までには着くかな。」
「え?そうなの?」
パンドラはぷーと頬を膨らませる。
「つまんないーっ!」
「おいおい……。」
町と町を繋ぐ街道沿いに歩く。街道といっても、石畳が敷いてあるわけではなく、獣道のようなものだ。
「ねぇ、パンドラちゃんは誰に手品を教えてもらったの?」
暫く歩いていると、ティートが何気なくパンドラに話し掛けた。余程パンドラの手品が気に入ったらしい。
「えっとねー、私のお父さんだよ。」
気恥ずかしそうなパンドラ。そして俺はパンドラにも家族がいたのかと思うと驚きを隠せなかった。
「あんまり覚えてないんだけど、いつも白い上着を着てて、会うと手品を教えてくれたの。」
「お父さん、いつも家に居なかったの?」
ティートの質問に、パンドラは少し淋しげな顔をした。
「わかんない……忘れちゃったかな。」
少し重くなった空気を忘れるようにパンドラはふるふると首を振った。
「あ……ごめんなさい。」
「ううん、大丈夫。」
「何、生きてりゃそのうち会える。」
そう言って、パンドラの頭をそっと撫でると、パンドラは少し困ったような笑顔を俺に向けた。