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1. 開けてはいけなかった

 様々な種族が生活しているこのマグラートという世界では、各地を回る旅人というものは珍しくない。その中でも、先人の残した宝物を手に入れてそれを売ったり、訪れた町の人々からの頼み事を解決することで報酬を得たりして生計を経てている旅人は冒険者と呼ばれている。それ以外の旅人は各地で楽器を奏でて路銀を確保する吟遊詩人や、金持ち貴族の道楽として各地を観光するためだけに旅をする観光客、そして行商の旅をする行商人などが居る。


 かくいう俺もその冒険者の中の一人である。16歳の時に家を飛び出して旅を始めてから2年程経ち、何度か訪れた場所には顔見知りが居る程になった。


 そんな俺に人生最大の危機が訪れたのだ。


 それは俺がいつものように洞窟に眠っていた宝箱を開けたことから始まった。赤茶色の木と鉄で作られた飾り気のない宝箱の蓋を開けた瞬間、俺は黒い霧に包まれた。罠かと思い身構えたが、特に何も起こらぬまま霧は晴れた。残された宝箱を覗き込むと雪のような白い肌をした銀髪の幼女が箱の中で丸まってすやすやと寝息を立てていた。

「あのー…。」

「んぅ…」

声を掛けると、幼女は眠たそうに目を擦りながら顔を上げた。そして開いた宝箱の蓋と俺の顔を何度か交互に見、甲高い悲鳴を上げた。


 「状況は把握できた?」

「はい…。」

今、正座をさせられている俺の前に全裸の幼女が仁王立ちしている。彼女の名はパンドラ。ここまで言えばわかると思うが、俺は『パンドラの匣』を開けてしまったらしい。『パンドラの匣』とは、この世界のどこかにある開けると世界が滅びるという物騒な言い伝えのある箱のことである。

「折角溜めてきた災厄が全部パァになっちゃったのはあなたのせいだからね!」

「こんなところにそんな物騒な物を置く方にも責任があると思うぞ。それに、宝箱の見た目してたら俺でなくとも誰かが開けてただろう。」

こんなところとは、今いる場所が古代文明の遺跡でも、王家の墓でもない、ただの洞窟であることを指して言った言葉だ。また、パンドラの入っていた『パンドラの匣』の見た目は、それはもうオーソドックスな宝箱なのだ。

「最近の流行りなの!」

俺の問いに逆ギレで答えるパンドラ。

「一体どこで流行ってるんだよ?」

「箱系モンスター界よ!」

「魔物に流行りとかあるのか?…そもそよパンドラの匣ってミミックとかと同族なのかよ!」

「壺が流行ったときも木箱が流行ったときもあるもん。ミミックとかは…知らないけど。生まれたときから箱と一緒だからそうなのかなって。」

俺の渾身の突っ込みに、パンドラはツンとそっぽを向いて答えた。壷は箱なのか、そもそも自分が何者か知らないのかという質問は邪道だろうか。

「……とにかく、私の集めた災厄を一緒に探してもらうから。」

「は?」

「じゃないと、世界が滅んじゃうの!」

全裸の幼女に世界がどうのって言われて実感出来るわけがない。

「責任、取ってもらうからね。」

「半分以上お前の責任だろ!」

「た、確かに、ちょっとお散歩してたら、眠くなって箱の中で寝ちゃったけど…えと、寝てたから制御できなかったと言うか…でも…」

パンドラは俯いてゴニョゴニョと語尾をぼかす。

「開けたのは俺の責任って言いたいのか?」

「そ、そう!だからはやく集めて!」

涙目になりながらパンドラは俺をポカポカと殴る。しかし全く痛くない。

「世界が滅ぶほどの災厄って…話を盛ってないだろうな?」

「勿論!」

「どのぐらいのペースで滅ぶんだ?」

「…えーと、早くて500年後位かな。」

「……ショボいな。」

俺の冷たい視線に、とうとうパンドラは泣き出してしまった。

「おっ、おい…」

「ぐすっ…えぐっ……せっかく集めたのにぃ……。」

「ああもう、悪かった。俺が悪かったから!」

両手を合わせて謝罪のポーズをとって見せると、パンドラはしゃくり上げながらも、声を上げて泣くのは止めたようだ。

「……一緒に探してくれる?」

「探す!探すから!」

安請け合いしてしまったが、犯罪者扱いされることよりましだ。捕まりたくはないし、そういう経歴を持ってしまうと仕事がやりづらくなることを予想してだ。

「ホントに?」

「本当だからとりあえず誰か来る前に箱に戻ってくれ!」

我ながら打算的だとは思うが、こうでも言わないと人が来る前にパンドラを納得させることはできないだろうし、よくよく考えると原因の一端は俺にもあることを考えるとこのまま放置というわけにもいかない。だからパンドラの災厄探しを手伝わないとダメだと自分に言い聞かせた。

「えへへ、ありがとう!」

そう言って、箱の中に入って顔を出すパンドラを見て、改めて思った。

もし幼女趣味の変態に見つかったらどうするつもりだったのだろうかと考えたが、背筋が寒くなったのでこれ以上考えるのはやめておいた。


 宝箱を担ぎながら、何とか宿にたどり着いた。宝箱に話しかけながら歩く俺を変な目で見ていた人がいたが、パンドラに外に出られるよりはマシだ。

「服、買わなきゃいけないよな。」

「服?おいしいの?」

「食うもんじゃない。」

「じゃあ要らない。」

「社会で生きていくには必要なんだ。」

パンドラには人の常識は通用しないらしい。

「なあパンドラ、頼むから俺の旅についてくる以上は周りに溶け込むように生活してくれ。」

「具体的にどうすればいいの?」

「挨拶をしろ、風呂に入れ、服を着ろ、以上。」

俺の言葉にうんうんと頷いた後、パンドラは宝箱をバンバンと叩いた。

「何だよ。五月蝿いから箱を叩くな。」

「挨拶ってなに?」

「朝はおはよう、昼はこんにちは、夜はこんばんわだよ。俺が言ってるのを真似すりゃそのうち使い方も覚える。」

「ふーん……。」

微妙に納得していない顔をして、パンドラは頷いた。

「まさか、風呂も知らねえとか…」

「知らないよ?」

「うわあ……。」

齢18にして子供が出来たような錯覚を覚える。パンドラはどうしてここまで物を知らないのだろうか。魔物は人間の常識外で生きているからか。


 それから、一通り生活の基本をパンドラに教え終わると、俺は心労やらなんやらでぐったりとベッドに横たわった。

「高い宿借りてて本当によかった…。個室に風呂ついてなかったら完全に人生詰むところだった…。とりあえず明日は適当な子供服買って…下着は何とかしよう…。」

「ねえねえ。」

バスタオルを体に巻きつけたパンドラが俺の頬をぷにぷにとつついてくる。

「んー?」

「名前。なんていうの?」

「あー…。忘れてた…。」

すっかり自己紹介を忘れていたようだ。

「カイトだ、まあ好きに呼べよ…。俺は寝るぞ、パンドラ。」

「カイト?わかった、覚えた!」

色々ありすぎて頭が混乱したせいか、俺はすぐに眠ってしまった。


 「くぁ…。眠い…。」

起き上がってベッドの横を見ると、やはりパンドラの箱が置いてあった。

「夢じゃない…か…。」

溜め息を吐くと、左半身が妙に暖かいことに気づいた。布団を捲ると、パンドラが俺の体にしがみついてすやすやと寝息を立てていた。

「ったく…。」

そっと腕を外そうと試みたが、かなりの力でしがみついてきて離してくれない。

「うーん…どうするかな……。」

仕方がないので、試しに一声かけてみることにした。

「……今日のご飯は肉だぞー。」

「にくーっ!!」

『肉』という言葉を聴いて、パンドラはカッと目を開き、ベッドから飛び起きた。

「カイト、にくは!肉はどこ!?」

「これから買いに行くんだよ…。」

「なーんだ。じゃあ私はお留守番?」

「あー、ハイハイ。服も買ってくるから。」

昨日きつく言ったのが効いたようで、しきりに外に出たいとは言わなくなった。

「鍵は閉めとくけど、誰かにノックされても、ドアを開けるなよ。」

「はーい。」


 パンドラを部屋に残すのは心配だが、鍵をかけて本人にも言い聞かせた。これ以上は対策のしようがない。

「服、買いにいかないとな。」

幸い、ここは商業の中心となっている町、ヘイゼルである。既製の子供服位なら買えるだろうと、俺は大通りを目指して歩き出した。


 商業都市ヘイゼルでも流石に既製服は珍しいようで、店を見つけるまでに少し時間がかかってしまった。

「とりあえず無難そうな奴を買おう、うん。」

店の中には様々な服が並んでいたが、生憎俺は女のお洒落とやらには疎い。動きやすそうな物を買うのが一番だろう。

「白は汚れが目立つし……赤は派手だし……。」

「お客様、何をお探しですか?」

「!」

店員に背後から声をかけられ、柄にもなく驚いてしまう。

「い、妹の服を探していて…。」

「当店の人気商品はこちらですが、いかがですか?」

店員が見せたのは、うすい桃色のワンピースだった。袖は丸く膨らんでいて、裾にはレースがあしらわれている。ドレスのようで可愛らしいが動きにくそうな印象だ。

「もう少し動きやすい方が良いですかね。あと汚れが目立たないような色が……。」

それでしたら、と店員は茶色のスカートや深緑色のズボンを見せてきた。

「こちらなんてどうでしょう?人気なんですよ。」

そう言って差し出されたのは、手触りの良い生地で出来た藍色のワンピースだった。

───────────────────────

 カイトの帰りを、部屋で一人待つパンドラ。暇そうに手遊びをしてみたり、カイトの荷物を漁ってみたりしていると、ドアがノックされた。

「あのー、すいませーん。誰か居ますかー?」

パンドラはハッとして、箱の中に隠れた。

「開けたらダメ、開けたらダメ……。」

何度も自分に言い聞かせるようにして、必死で息を殺す。

「悪い奴だったら私の魔法でやっつけられるけど、魔法は町では使っちゃダメって言われたし…。」

段々とノックの音が大きくなり、パンドラも恐怖を感じ始めた。音をたてないように箱の蓋をぴったり閉じ、中で小さくうずくまった。

「カ、カイトはまだかな…。」

ドアノブをガチャガチャと乱暴に揺する音も混ざり始め、益々恐ろしくなったパンドラは、声を出さないように口を押さえた。

「どうしよう…まさか、私置いてかれちゃったのかな…。きっとそうだ。カイト、嫌がってたもん。」

自分を置いてカイトに逃げられたと思ったパンドラは、思わずしくしくと泣き始めてしまった。そして、ちょうどその時、窓を割って男が部屋に入ってきたのである。

「ったく…鍵なんてかけやがって…。ん?なんだあの宝箱。」

男が宝箱に一歩、また一歩と近づくにつれ、少女の嗚咽が大きくなっていく。

「な、何だよ…気味悪いな…。」

「ぐすっ……ぐすっ……。」

箱から聞こえてくる不気味な泣き声に、泥棒も怯んでいるようだ。

「カ…トの……ぁ…。」

「まさか呪いの品とか?……まさかな。」

泥棒は箱を開けようと手を伸ばし、箱に触れた。

「呪ってやる…」

パンドラがカイトへの恨み言を唱えたのと泥棒が箱に手を触れたのが同時だった。

「ヒッ、ヒイィ!ごめんなさい!!泥棒やめて働くから許してぇ!!」

勿論、外に泥棒が居たことも、パンドラのお陰で一人の人間が真人間への道を踏み出したのも、パンドラは気付いていないのだが。

───────────────────────

 プレゼントに、と言って包んでもらった藍色のワンピースと奮発して買った肉を持って宿に向かった。すると、宿の周りに人だかりが出来ている。

「まさかパンドラに何かあったんじゃないか?」

慌てて宿に入ろうとすると、自警団の腕章を着けた男に止められたが、そんなことに構ってはいられない。

「パンドラ?いるか?」

部屋に飛び込むと、窓ガラスが飛び散っていた。泥棒が入ったのだろうか。

「カイ、ト?カイトなの?」

パンドラは箱から顔を出して、安全を確認するように辺りを見回した。

「ドアどんどんされて怖かった…。」

「怖い思いさせてごめんな。」

パンドラの頭を撫でていると、背後から肩を捕まれた。振り返ると、モスグリーンの制服に白い腕章を着けた男が複雑そうな表情で立っていた。

「……窃盗未遂の被害者としては同情するが、幼子を裸で箱に入れている変質者には同情できんな…。」

ようやく自警団の存在を忘れていたことに気がついた。しかし時既に遅く、問答無用で両手を頑丈なロープで縛られてしまった。


 やっと取り調べから解放された頃には、夕日が沈みかけていた。動きやすそうな子供服に身を包んだパンドラが、箱をズルズルと引きずりながら自警団の駐在所の出口で俺を迎える。

「おかえり、カイト。」

「おー…。」

俺が疲れた顔をして答えるが、パンドラにはわかっていないみたいだ。

「ねえ、カイトはどうしてあの小さな部屋で色々話してたの?」

「悪いやつだと思われたからだよ…。」

「まあ、悪いやつだよね。世界を滅ぼしかけてるし。」

クスクスと笑いながらパンドラは俺をちらっと見た。

「そうならないために一緒に探すんだろ。」

溜め息を吐きながら答えると、パンドラは随分と機嫌がよさそうににぱーと笑った。

「ありがとうカイト!」

「それはそうと、その服どうした?」

パンドラに訊ねると、嬉しそうに身に付けている淡いピンク色のチュニックとベージュの七分丈ズボンを見せつけてきた。

「これ?じけーだんの人が買ってくれたの!あとねあとね、これとこれも買ってくれたのよ。」

そう言って、箱から何枚かの白いシャツやドロワーズ等の下着類を取り出して見せてきた。孤児か何かだと思われでもしたのだろうか。

「カイトとどんな関係なのってじけーだんの人に聞かれたから、昨日から一緒に旅をすることになったんだって言ったよ。あとお風呂を教えてもらったって言ったら、じけーだんの人、なんかざわざわしてたなぁ。」

やはり言わなくていいことまで言っていたようだ。

「カイト、溜め息ついてどうしたの?」

「何でもない……。」

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