第2話その1
第2話です。短くしたはずなのに、時間が取れず結局間が空いてしまう。
犯罪と言うのは大きく分けると、自らの生存のためのものとそれ以外になる。後者は殲滅課が扱うようなカウカーソスなどの起こすテロや、軍と警察と共同で潰したマフィアなどだ。こうした犯罪は、殲滅課の効果的な広報活動により、地球以外の惑星でも減少傾向にあった。しかしこれを実感する人々は少なく、寧ろ都市部で問題になっているのは前者の方なのだ。
生存のための犯罪。それに手を染めているのは浮浪者達だ。中でも大きな問題となっているのは未成年者による犯行だった。
終戦から5年経過したとは言え、銀河系規模の戦争はあらゆる星や国、街を疲弊させた。インフラの復興は済んでおらず、戦場がそのまま残っている所もあるほどだ。アンドロイドを動員しても尚人手は足りず、予算も足りない。つまり孤児達の受け入れ準備が全く進んでいないのだ。
施設が全くない訳ではない。国が経営している施設もあるがパンク状態となっており、劣悪ではないものの決して良いとは言えない環境だった。また個人経営を援助するための制度も整っておらず、小規模な施設しかなかった。
人手はアンドロイドを使用すればいいと思うかもしれないが、規制法案により就業可能な職業や貸し出せる数に限りがあり育児関連はそれに含まれていない。そもそも戦災孤児に必要なのは親の代わりに暖かな愛情を注いでくれる存在であって、マニュアルに沿った対応しか出来ないアンドロイドではないのだ。
また彼らに対する保護活動が上手くいっていないと言う問題もあった。アウターの攻撃により荒廃した街は数知れない。全ての地域を同時に復興する事など不可能で、どうしても優先順位が出来てしまう。そうして後回しにされ、破壊前の地図が全く役に立たなくなるほど荒れ果てた地域に彼らは住み着く。そこで生活していくに連れ周囲の地形を把握していき、自らの庭にする。瓦礫が作り出す道を走り、天井の崩落により複雑な迷路と化した下水道を根城に日々を過ごす。
正確に把握出来ていない職員に彼らを保護する事は非常に困難な事だった。また話をしに行っても、日々の糧を得るだけでも精一杯の生活を長く続け酷く荒んでしまった彼らは耳を貸そうともしなかった。
話が逸れたが、ともかく施設も人も足りていないのだ。誰にも頼る事が出来ない状況且つ自身も弱者ならば、生きていくためには盗むより他ないのだ。復興の進んだ地域に定期的に現れては、民家やスーパーなどから食料を強奪して行く。市民にとっては大規模テロよりも余程重大な問題なのだ。
個人や店舗単位でも防犯対策を施し、警察による警邏が行われているが根本的な解決は未だ出来ていない。孤児達はとても強かだった。
*
アルカディアの中心街にあるファミリーレストラン。時間はまだ早朝であり、席のほとんどが空席だった。そこの奥まった席に1人の中年男性が座っていた。恰幅のいい体格は如何にもと言う印象を抱かせる。まだ注文しておらず、コップの水をチビチビと飲んでいた。待ち人がいるのか、頻りに腕時計を確認しては溜め息を吐いていた。結局待ち人が来たのは、それから10分ほど経ってからだった。遅刻していると言うのにのんびりと近付いて来る足音の主を、その男性はウンザリとした表情で迎えた。
「きっちり10分の遅刻。学生来の友人が何も変わってなくてとても安心したよ。学生の頃から何も成長してないみたいだね」
外見からは想像出来ないキツい言葉を、遅れて来た男性は軽く流しながら安い謝罪をする
「悪い悪い、中々布団から抜け出せなくてね。久しぶりだなアクセル」
先に来ていた男の名はアクセル・ブローン。泣く子は更に泣き喚くと恐れられる、広域平和維持機構殲滅課の課長をしている男だ。
遅れて来た男はクルト・バルト。このご時世の中身を粉にしながら夫婦で孤児院を経営している、善い大人だ。
2人はアクセルのセリフ通り、大学生の時に出会い、親友ほど仲がいい訳でもなくただの友人よりは仲がいいと言う関係のまま付き合いが続いていた。お互いを唯一無二の友と思っている訳でもないのに、時折こうして気が向いた時にどちらかが連絡し、食事を共にしていた。
「急に呼び出してどうした? お前から誘って来るなんて槍でも振ってきそうじゃないか。急に級友の顔が見たくなったのか?」
「安心してくれ、僕とて君と生産性のない会話をしに来たわけじゃないからね」
「アッハハハハハ、俺のイラつくとまで言われるダジャレをスルーするとは、お前を変わらんじゃないか」
「変える必要性がないだろう?」
丁度通り掛かったウェイトレスにそれぞれ注文する。アクセルはコーヒーを、クルトは日替わりのランチを。ウェイトレスが厨房に戻ると、そこには空白が生じていた。アクセルは口数が極端に少なく、誰と会話している時でも間が出来やすかった。クルトは慣れているのか、薄い笑みを浮かべながらメニューを眺めていた。
アクセルは決して付き合いやすい性格ではない。柔和な表情と雰囲気を持つが、それは性質の悪い擬態なのだ。人を見抜く確かな観察眼に高速回転する頭脳は、人の短所を的確且つ効果的に口撃する事にしか使用されない。彼に絡み、ターゲットとなった人物は劇的ビフォーアフターし、青菜に塩どころか氷に熱湯のレベルの有様だった。しかし誰にでもそんな事をしている訳ではなく、専ら自身の実力を把握出来ずにプライドだけは一丁前の傲慢ちき相手だけだった。それでもターゲットにされた相手の変化を見てまで進んで関わりたいと思う人間は稀だった。
では何故クルトが友人をやっているのかと言うと、本人にもよく分かっていなかった。だが関係と言うのはそんなものなのだ。大事なのは居心地。それさえ良ければ理由などどうでもいいのだ
「で? お前の事だから生産性に富んだ会話をしてくれるんだろうな?」
「君がやっている孤児院、調子はどうだい?」
「何だよ藪から棒に。……まあ以前と比較すりゃマシにゃなってるが、それでも依然として大変さ」
本人が気付いているか定かではないが、つまらない駄洒落を口にすると彼はいつも反応しろと言わんばかりに決め顔をするのだ。どちらかと言うと周囲を苛立たせるのは内容よりもその顔方だった。
「んでそれがどうしたんだ? 寄付でもしてくれんのか?」
「構わないよ、どうせ使う予定ないからね。本題に入ろうか。君、この男知ってるかな?」
アクセルが懐から取り出した写真に写っているのは初老の男だった。逞しい髭とは真逆に本人は痩せている、と言うよりも痩けていた。
クルトは写真を手に取りマジマジと眺める。彼と同業の人間だった。
「知ってる人だわ。何、この人お前に目ェ付けられるような事したのか?」
彼は目の前の男が殲滅課で課長をやっている事を知っていた。久しぶりに会った知人から殲滅課をやってるんだ、と言われれば返す言葉に詰まり脱兎の如く走り去りたいだろう。しかし彼の場合は戦慄するどころか、非常に納得したと言わんばかりに「だよな」とだけ告げたのだ。それ以外アクセルもクルトも何かを言う事はなく、その話題はものの数秒で終わったのだった。そして今も変わらぬ関係を続けていた。
「どんな人だい?」
「どんなって言われても、施設が近いからチョイチョイ会うけどそこまで深い付き合いがある訳じゃないからなぁ。ただ経営には苦労してるって聞いたな……。でも何か違和感あんな、この写真」
写真と首を傾げ、唸り、気付く。
「そうだ、最近会った時と比べると痩せてんだ。食うにも困ってるって感じだったんだけど、この間会ったときは恰幅いいとまではいかないけど、大分健康体になってたな」
「……しばらくの間は気を付けておいてくれ。詳しくは言えないけど、それと似た事例が何件か報告されている」
「どう言う……」
「ある者から見たらあそこは宝の山って事だよ」
怪訝そうな顔をするクルトに、アクセルは表情を変えずに淡々と告げた。意味を理解した彼は叫びそうになる自分を抑え、呻くように呟いた。
「何て事を……」
コーヒーを飲み終えた彼は立ち上がり、俯く友人に声を掛けた。
「何かあったら連絡してくれ。手隙を向かわせる。……ここは払っておくよ」
*
古めかしい目覚まし時計に起こされ、少し黄ばみつつあるベッドから降りる。洗面所へ向かい、髭を剃る。テレビを流し見しながら出来合いの朝食を食べる。昨日の夜にスーパーで買った値引きもの。最近馴染みの店員を見なくなったな、と湿気ったフライを食べながら思った。
アンダースーツと同じ素材が織り込まれ防弾性に優れたスーツを着込む。機構から各々のサイズに合わせたものが支給されるため、買い替えの頻度はかなり低い。デザインは男女共通となっている。
忘れ物がないかをチェックしフロートカーに乗り込む。戦火を逃れた豪運のマンションだが、年月を経ているため住人は少なかった。大通りへ出ると上半分を消し飛ばされた無残なビル群が視界に入り込む。ここの住民が戦闘を思い出させるから早く解体しろ、と訴えているようだが財政難の行政が重い腰を上がるには時間が掛かるだろう。
これが殲滅課に就職してからのセオのオーソドックスな朝の過ごし方だ。
何か変わったものを見る事もあるが、ほとんどの場合特に何事もなく機構のビルに着く。しかし今日はその稀な日だった。警察署前の道を信号で止まっていた時、玄関で職員と少年が揉めているのを見た。連行、と言う訳ではないようだ。両者の動きを見るに、少年の方が何かを訴え職員が窘めているようだった。少年の服装は御世辞にも清潔とは言えず、恐らく浮浪者だろう。
このアルカディアにも浮浪者の住み着く地区が存在していた。戦争の末期に激戦区となった東部は、遅々として復興が進んでいなかった。終戦後の混乱期に国を追われた大勢の避難民が住み着きスラム化してしまい、気付いた時には退去させる事が困難になるほどの人数になっていたのだ。
本来あの少年のような浮浪者が街の中心部に来る事はまずない。彼らも自分達が歓迎される存在でない事を十分知っているからだ。下手をすれば石を投げられる可能性さえあるのだ。つまりあの少年にとって余程の事態が起きたと言う事だろう。
事の顛末を見届ける前に信号が変わる。少しだ気になるが、その程度だ。後ろ髪を引かれる事もなく、セオは前に向き直り発進させた。少年にとっては余程の事でも、世間にとっては違う。誰彼となく困っている者に手を差し伸べる事など出来ない。自らの能力を把握し出来る出来ないを明確化させ、社会に生きる者としての立場を弁えている彼にとって、その少年の存在はしこりとなるには小さ過ぎる存在だった。
地下の駐車場へ進入。いつもと同じ場所へ駐車し、降りる。
殲滅課の面々はいつでも何かを破壊している訳ではない。世間には本気でそう思っている人もいるが、決してそうではない。担当する事件がない時は書類作成や、他の課員のバックアップや訓練などを行っている。また経理などの経験がある者は、そちらの課に出向き自分の出した被害を眺めながら仕事をする事になる。セオのその日の業務はそうなる予定だった。
『セオ、経理課に行くのちょっと待ってくれない。受け付けの所で子供が騒いでるみたいなの。畳んで来てくれないかしら』
「畳むほどの大きさでもないだろうに」
エレベーターに乗り1階まで行くと確かに少年が騒いでいたのだが、何と出勤途中に見た少年だった。少し意外に思いながらもその少年の元へと向かう。
「少年、何を騒いでる? ここで喚いたってご飯は出ないぞ」
「っ! 何遍も言わせるなよ! 殲滅課を出せって言ってるんだ!」
突然、体格が大きく顔に傷を持つ男に声を掛けられ少年は一瞬たじろくが、堪え再び噛み付く。
「オレがその殲滅課だ。先に言っておくが、スラム内での出来事に殲滅課は干渉出来ない」
「違う! 俺の妹やダチを攫ったのはゴロツキじゃないんだ! 小奇麗な服着た奴がいて、たまに飯持って来てくれる奴もいたんだ! 頼むよ! 助けてくれよ!」
スラムでの誘拐は日常茶飯事とでも言うべき事柄だった。非合法な者達にとって市民権を持たない彼らはとても都合の良い存在なのだ。慰み者にされる者、見世物にされる者、殺される者。
あまりに理不尽な事だ。戦争と言う抗えない濁流に呑まれ、掴める物も差し延ばされる手もなく行き着いた終着点は掃き溜め。だが彼らは漂流物でも道具でも何でもない、生きている人間なのだ。
そうセオは理解しているし、自分が情で動けるほど身軽な身分でない事も知っている。だが、目の前で目に浮かんだ涙を拭おうともせず、足を震わせる少年の訴えを切って捨てられるほど彼は冷徹になれなかった。
「……食料を持って来たのはボランティアの人間か?」
「! 話聞いてくれんのか?! あ、聞いてくれるんですか?!」
「無理して敬語を使わなくていい。……ここじゃ少し目立つな。場所を変えよう」
服も肌も垢で浅黒くなっている子供がこんな場所にいれば、いやでも目立ってしまう。不躾に無遠慮に好奇の視線を向けられる少年を気遣い、彼は移動を提案した。手帳を取り出し、現在使用されていない部屋を確認するとすぐ近くにあったのでそこへ向かった。
初めて見る革張りのソファーに少年は座って良いのか、と戸惑っていた。自分が場違いな人間だと分かっているのだろう。放っておいたらいつまで経っても座りそうになく、セオが強引に座らせたがソワソワとして落ち着けない様子だった。
「さっきの質問答えられるか?」
「そう言う奴らは俺達がいるような所まで来ないんだ。来てたのは確か施設とかの奴だと思う。小奇麗な奴は……何か雰囲気が違かった」
「どう違ったのか教えてくれ」
少年は唸りながら何とか言葉にしようとしていた。
「俺何度か人が攫われる所見た事があるんだ。そう言う奴らってのは目を見れば分かるんだ。綺麗な事言いながら近づいて来るけど、目は値踏みしてるんだ。こいつは売れる、売れないって。でもその小奇麗な奴は違った。普通の奴らは中身が零れたクソみたいな笑み貼りつかせてるのに、そいつは何つーか無邪気な子供みたいに笑ってたんだ。……不気味だった」
「容貌は説明出来るか?」
「おっさんだった。髭がやたら凝ってたな」
「……」
心当たりがあった。子供のような目に凝った髭。戦争と言う土壌で育った怪物。良心も悪意もなく、純粋に己が夢を叶えようとした者。咎の外れた人間を象徴する者。そして何よりも恐ろしいのは――
「よくその子供を追い返さないでくれた。お手柄だよ」
不意に扉が開かれた。課長は浮浪者を勝手に連れ込んだ事を咎めず、逆に称えた。予想外の展開に少年はまたしても戸惑っていた。
「と言う事は」
「そうだよ、この事件は私達の担当になった。マッドの片割れが関わってる可能性が高い」
何よりも恐ろしいのは、その怪物が1人ではない事だ。