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第1話その2

 去って行くタクシーを、セオは感謝の気持ちと共に見送る。彼自身、自分が平和な世界に馴染みきれていない事を自覚している。殲滅課にいる事が証拠だ。彼は謂われない差別を受けた事はない。それどころか、かつて勤めていた福祉施設の面々は、彼の身体が普通ではない事を知りながらも、分け隔てなく接してくれていた。心地良ささえ感じていた。だがそれと同時に違和感も覚えていた。銃声と悲鳴が聞こえず、死の恐怖と麻薬的な興奮を感じない世界に彼は、どうしようもない物足りなさを感じていた。その事を自覚した彼は、自分がいつか取り返しの付かない何かを起こすのではないか、と言う思いに駆られ逃げるように辞職した。

 それから4年経った。自分では何も変わっていないと思っていた。だが、変わらずにいられる人間などいないのだ。自分で変わる者もいれば、環境により変化する者もいる。彼は短期速成人であるイオン・オーウェンと言う環境により変わろうとしていた。自分では気付けない程緩慢な歩みでも、周りの人間がそれを見ていてくれる。ならば、自分でも何かしなくてはならない。

 セオはもう一度心の中で、ありがとう、と呟いた。

「お待たせ、行こうか」

 二重になっている扉の1枚目を抜けると、署内の暖房が少し漏れているのかほんのりと暖かかった。思わず顔が綻ぶが、仕事中だと自分に言い聞かせ引き締める。2枚目の扉を抜ける。中は閑散としており、総合受付を担当している女性がスーツ姿2人の来訪者にお辞儀をする。

 セオとしてはあまり驚かせたくないのだが、ここで遠回りな説明をしても仕方ないため前置きなく用件を告げた。

「広域平和維持機構殲滅課所属のセオ・インダーフィルです。署長に会いに来たので確認して下さい」

 身分証を兼ねている電子式手帳を見せる。一瞬虚を突かれた表情を見せたが、慌てて取り繕い、内線電話で連絡を取る。次に顔を上げた時には、慌てた様子は無かった。無駄に騒がれなかった事にセオは少し安堵する。

 殲滅課は市民同様に警察からも嫌悪されているが、それは過激な行為からではない。他所から来た者が自分達の管内で起きた事件を横取りする形で解決するからだ。地元の警察でさえ立ち入るのに許可がいるような場所でも、統一連合により裏打ちされた独自の権限を以て捜査し、その過程で人的被害を出さなければ、どれだけの被害を出そうが構わないと言う暗黙の了解となっているスタンス。

 醜い嫉妬と言う事勿れ。自分達の管内を自らの手で守りたいと言う思いは、当たり前の事なのだ。文字通り荒らされる管内を見て、何も思わない訳がないのだ。

 だからセオは、受付嬢が自分達の所属を見ても悲鳴や露骨な嫌悪感を見せなかった事に安堵したのだ。

「確認が取れました。署長室へどうぞ」

「ありがとうございます。行くよ、イオン」

 促され歩き出したイオンを見た受付嬢は、その生気を宿していない瞳に不気味なものを感じた。普通ならば振り返ってしまうような美貌も、その不気味さを際立たせるだけになっていた。あそこまで生きる事にネガティブな人間を、彼女は見た事が無かった。もし自分があんな人物の近くにいたら、それだけでおかしくなってしまいそうだ。あの2人がどれほどの期間一緒にいるのかは分からないが、普通なら見ただけでも組む事を拒否するはずだ。やはり殲滅課と言うのはどこかおかしい人間しかいないのだ、と視界から2人が出ていった事に緊張を緩ませながら思った。


                       *


 課と課の間の通路を歩く見慣れぬ人間を、署内の人間が遠巻きに眺めていた。穏やかとは言えぬ雰囲気で歩く事が多いため、注目を集めるだけならば何とも思わなかった。彼らが殲滅課だと分かった途端、空気は一変するだろうが。

 フロアの奥にあった署長室の扉が目前に迫ると、ノックをするより早く向こう側から開けられた。白髪交じりの壮年の男性が、疲れた顔を覗かせた。

「自己紹介は結構だ。中に入ってくれ」

「では失礼します」

 先に入った署長は、部屋の中央にあるテーブルを挟んで向かい合っているソファーに座った。

「掛けてくれ」

 許可が下りたため、イオンを促しながらセオも座る。

「私は署長のドミニコ・ブランドだ」

「お気遣いありがとうございました」

「そちらが大人しくしているなら、こちらがわざわざ騒ぎ立てる事もあるまい。互いにトラブルは望んでないだろう。ふざけた態度を取るならばこれまでのストレスを吐き出すつもりだったが、案外理性的で」

「安心しましたか?」

「残念だよ。前言撤回した方がいいかね?」

「まさか。我々はいつだって仕事に対して真面目に取り組んでいますよ」

「ふん。まあいい。さっさと事件の正式委任を行おう」

 機構が各国の方に縛られない組織でも、現場レベルでの余計なトラブルを避けるために、所轄の上層部も納得していると言う証拠が必要だった。

 封筒に入れられた書類を手渡す。

「失くしてくれるなよ。それには私の時間とストレスが込められているんだ」

「費やした時間に報いれるように、溜まったストレスを増やさないように頑張る所存であります」

「ストレスを消してはくれんのか」

「振り切ってどうでもよくなる、と言う事なら出来ますが」

「この年になるとどうにも繊細になってしまってな。残念だがストレスについては諦める事にしよう。ふん、どんな男かと思ったが、中々どうして愉快じゃないか」

「お褒めに与り光栄です。それでは我々は失礼するとします」

 立ち上がりノブに手を掛けた時、ふとセオは空港での事を思い出す。

「今回の件とは関係ない事なのですが、1つ聞いてもよろしいですか?」

「構わんよ」

「ありがとうございます。この星の野生動物は人懐っこいのですか?」

「本当に関係ない事だな。……私が記憶している限りでは、調査のための捕獲作戦ではいつも逃げられていたはずだ」

「つまり普通の野生動物と同じだと」

「そうだな。その認識で問題ないだろう」

「そうですか。わざわざありがとうござました」

 今度こそ退室しようとした2人に、今度はドミニコが声を掛けた。

「時にお嬢さん」

「……何でしょう」

「人付き合いに慣れていないとは言え、相手に全く挨拶をしないのは感心しないな。そこの男からよく聞いておくといい」

 言外に自分が咎められているように感じたセオは、子供の悪戯を他人に指摘された親の気持ちを味わっていた。


                       *


 再び寒空の下に出た2人。暖房で体が暖まっていたため、余計に寒さが身に染みていた。

 駐車場の方に歩き出す。機構から予約を受けていたレンタカー店が、そこに車を用意しているからだ。予め渡されていたキーを取り出し、ロックを解除する。セオが運転席へ、イオンが助手席へ乗り込む。

 次の目的地は都市管理AIアイスィのいる市役所だ。と言っても普通の市役所とは違い、ここには職員が1人もいない。そう言った作業は全てアイスィが担っているのだ。都市管理AIがいなかったとしても、市役所や公共機関などは人ではなく、アンドロイドが担当している所が多い。疲れを知らず、余計な事に気を取られず、ミスをしない、人件費の必要もない、となればわざわざ人を雇う理由はなかった。ただ、ありとあらゆる職業がアンドロイドだけで占められてしまえば、本末転倒となってしまうため、規制法によりアンドロイドが出来る仕事は限られている。前述した市役所と公共機関の他に、危険が伴うものなどがそうだ。

 ここの研究所でも開設当初から「固有動植物が未知と言う事」と「環境が過酷である事」と言う事から、アンドロイドの使用が許可されていた。

 フロートカーのエンジンを掛ける。セオはこの車があまり好きではない。足が地に着いていない感覚が好きになれないのだ。とは言え、こう言った不整地では便利である事も確かであるため、特に文句を言うつもりはなかった。

「イオン、さっきの事何を言われてかは分かるか?」

「言葉通りの事でしょう。しかし挨拶とは何をすればいいんですか?」

「まずは自己紹介をしてから、『よろしくお願いします』だな。状況によって変わったりするが、まあこれが無難な挨拶だ。今度、オレが言った後に真似して言ってみるといい」

 今まで何度も思わされた事だが、セオは改めて短期速成人の計画発案者の異常さを感じた。果たしてその人物は戦争が終わった後、彼、彼女らをどうするつもりだったのだろうか。スタッフ達は徹底して人間扱いしなかったと聞く。作戦遂行に邪魔な恐怖を与えないために、感情そのものを発達させないように事務的な遣り取りをする以外は、人工子宮で睡眠学習させ、徹底的に人と関わらせなかった。そんな人間が社会で生きていけるだろうか。戦後の混乱収束のための治安維持部隊などを編成するつもりだったのだろうか。もしかしたら、戦後の事など何も考えていなかったのかもしれない。ただ負けないために。

 尤も計画発案者と中枢に関わった人間は、諸々のスケープゴートとして、収監されてしまったため真相は闇の中だが。


                        *


 2人が訪れる事は前以て伝えておいたため、市役所は休みとなっていた。閉じられているゲートの近くに車を止め、インターホンを押す。スピーカーから合成音が響く。

『誠に申し訳ありませんが、本日は休業日となっております』

「広域平和維持機構殲滅課所属のセオ・インダーフィルです」

『身分証の提示をお願いします』

 電子式手帳を取り出し、カメラの前に翳す。

 この手帳は何かを提示する機能以外にも、通信機、ネット端末、財布機能などが付いている多機能デバイスなのだ。電脳化を済ませてしまっているセオなどの人間には、通信機能はいらないものとなっている。電脳化が当たり前となった現代では、携帯電話と言うのはすでに時代遅れのものとなっているのだ。機構が世に溢れる多機能デバイスの中からこれを選んだのは、機能などが理由ではなく、その頑丈さ故。社長である退役軍人が〈全力で叩いても、全力で投げても、むっちゃ撃たれても、高水圧でも、真空でも、何でもどこでもいけます〉と言う無茶なコンセプトを開発部に投げつけ、それに対し開発部が全力で返球した結果出来たのがこれだ。シンプルな外見は、デザインを捨て去った潔さを感じさせる。

『確認しました。次にそちらの女性、お願いします』

「広域平和維持機構殲滅課所属のイオン・オーウェンです」

『確認が取れました。正面玄関からお入り下さい』

 ゲートがゆっくりとスライドしていく。駐車場へ車を進入させ、玄関から一番近い所に止める。再び肌を刺してくる寒さに耐えながら、玄関を開ける。

 普段は人が列をなし、アンドロイドが業務を行っている窓口にはシャッターが下りている。人気の多い所がこうも静かだと、得も言われぬ不安を感じさせる。

 天井のスピーカーから先程の声が響く。

『案内を開始しますが、よろしいですか』

「お願いします」

 〈最厳重警備隔離室〉のプレートが張り付けられた扉を潜り、階段を下っていく。地下の壁や入口の扉は、市役所の外壁や他の扉とは違い、耐久性の高い素材で造られている。入口を解除するためのナンバーは20の英数字からなり、更に毎日変わるため点検作業員でさえ、AIからの許可がなければ立ち入る事は出来ない。例え神懸かり的な偶然の一致で扉を開けられたとしても、階段を降りた先にいる最強の門番に捕らえられるだろう。

 天井の低い、四角い広間。壁面にはポッドが埋め込まれており、その中にアンドロイドが寝ずの番をしている。しかし初見でそれがアンドロイドだと分かる人間はいないだろう。彼らは全員赤い装甲服を着ており、アンドロイドの面影は何一つ無い。〈AERAS〉(エイラス)―Adjust all Environment Reinforcement an Armor Suit―と呼ばれる全環境対応型強化装甲服を着用した、所謂ロイヤルガードタイプだ。

 アンドロイドには製造段階から規制法が適用され、情報収集能力と身体能力が大幅に規制される。人間とは違い、アンドロイドは身体能力を簡単に設定出来るため―戦争中には身体能力を極限まで上げたタイプが運用されていた―万一の事態のために、人間と同程度とされているのだ。しかしこのRタイプは例外的に規制法が適用されない。そもそもRタイプが防衛行動を行うような事態と言うのは、ここまでテロリストが侵入して来たレベルの事であるため、即座に鎮圧する必要があるのだ。尤もAERASを着ていれば、装着者が人であっても鎮圧は容易いだろうが。

 Rタイプに見守られながら、分厚い鋼鉄の扉を潜る。

 都市管理AIと初対面するセオは、仰々しい機械があり、壁面はパネルで埋め尽くされている雑然とした部屋だと思っていた。実際の部屋は狭く、何もなかった。中央の床がスライドし、投影機が姿を見せる。裸体だが性的なもの感じさせる要素の無い男性が映し出された。AIが使う汎用アバターの1つだ。

『初めまして、自分が研究都市トルフの都市管理AIアイスィです。わざわざ遠い所からありがとうございます』

「こちらこそ、協力感謝するよ」

「……協力感謝します」

「じゃあ早速で悪いですが、アーロン氏のここ半年の動向を知りたいので、公私問わず防犯カメラの映像を抽出して下さい」

『少々お待ち下さい』

 アバターが一時的に消える。セオが会話した事のあるAIは、アバターがオリジナルで、服をコーディネートし、雑談、特に人の恋愛話を好むフロネシスしかいないため、都市管理AIの没個性に少々面喰っていた。それと同時にフロネシスのハイエンドっぷりを改めて実感した。

「そうだイオン。アイスィとオレの今の遣り取り、しっかり覚えておくんだ」

「先程のも挨拶ですか」

「そうだ。ちゃんと覚えておけよ?」

「分かりました」

 再び投影機に光が灯り、アバターが映し出された。それとほぼ同じタイミングで投影機の横の床がスライドし、円柱の台のようなものが現れる。

『お待たせしました。こちらがメモリーチップになります』

 側面の小さなスロットから出て来たチップを受け取り、手帳に挿入する。

「取り敢えずの用件は以上です。また何か頼む時のためにアクセスコードを控えさせて下さい」

『了解しました。ではお手数ですが、メモリーチップをこちらのスロットに入れて下さい。……コードを記録しておきました』

「感謝します。じゃあまた何かあったらよろしく頼みます」


                        *


 次の目的地は犯行現場である研究所なのだが、約束の時間まで間が空いているため、セオは先に宿泊先に行く事にした。

 泣く子は更に泣くと揶揄される彼らだが、平時でも進んで粗暴な振る舞いをしている訳ではない。先方が多忙であるならば、きちんとアポを取るし、それを破るような真似もしない。唯でさえ世間からの反感を買っているのだから、平時には社会のルールを乱す真似をしてはいけないと統一連合から厳命を下されているのだ。

 朝方に着いた時はまだ人の活動は疎らだったが、時間が経つと大都市らしい活発さを見せ始めていた。厚着をした小学生らしき子供達が燥ぎながら走り、それとは正反対に暖を少しでも逃さないように背を丸めて歩く社会人。アルカディアとは違う日常の風景を、イオンは窓辺に肘を置き顎を乗せながら見ていた。

 何故歩いているだけで何故笑えるのか。何故語り合うだけで笑えるのか。何故笑って生きていられるのか。地獄のようなこの世界で、何を見て笑ってるのか。それとも、かつて自分がいた所の男達のように、地獄だからこそ笑っているのか。なら、この世界で生まれた価値は、生きる価値はあるのか。セオは何故自分を生かしているのか。

 最早彼女自身もこの事を何度考えたか分からない。彼女にとってこの世とは、苦痛と恐怖でしか構成されていない。この認識を崩す事は容易ではない。崩せるとしたら、殺し殺されの地獄を生き抜き、光を見出そうとしているセオのような存在だけだ。しかし彼のような存在は同時に諸刃の剣でもある。彼女に同調する可能性も十分高い。セオがイオンを変えるのか、イオンがセオを諦めさせるのか。何れにせよ、時間が掛かる事は間違いないだろう。

「イオン。さっき受け取った映像、コピーしておくんだ。お前さんにも見てもらうからな」

 差し出されたチップを受け取り、自分の手帳に挿入。本体の記憶領域にコピーする。

 しばらくすると、ホテルが見えて来る。このホテルは元々、戦中に急増した避難民の仮住まいとして造られたものだ。そのため、終戦して疎開地としての需要がなくなればただ飯食らいとして閉鎖されるものだと住民は思っていた。地方都市程度で決して大都市ではなかったトルフは、上記のような避難民の生活基盤固めのために、相当な金額を投入している。都市開発は元より、食料確保もそうだ。トルフは食料自給率が低くほとんどを輸入に頼っていたのだが、業者が戦闘に巻き込まれる事を恐れてしまいストップしてしまったのだ。交渉により、大規模な護衛船団を伴う事で再開されたが、代わりに費用が嵩む事となる。外連による少額だが特別補助費―複数の最前線があった事を鑑みれば、当時の政治家達の尽力が分かるだろう―のおかげで破綻せずに済んだが。

 そう言った理由などから、少しでも無駄を省きたいと言うのがアイスィら市議会議員の意見だった。実際宿泊室の順次閉鎖が決定しかけていたのだが、研究所所長の、研究所の一部を博物館として公開する、と言う提案により決定は保留される事となった。戦争の恐怖により荒んでしまった人達を動物との触れ合いで癒してあげたい、と言う大衆に好かれる意見を言いながら、観光材料を作る事で経済を回す、と言う議員らが好む意見も口にする強かな人物だった。幾度かの議会を経て、その案は全面的に採用される事となる。大衆の好むキャッチフレーズによる宣伝が開始されすでに5年近くになるが、今では観光名所として認知されている事から、完全な成功だと言えるだろう。


                        *


「1時間後にロビーに集合だ。映像にしっかり目を通しておくんだ。お前の意見も必要なんだからな」

 自分に宛がわれた部屋に入ったセオは、まず温水で手を洗った。悴んでいた指先が痛む。十分に温めると、洗面所から出て、心地良い柔らかさのクッションを備えた椅子に座る。懐から手帳を取り出し、次いで反対側の内ポケットからコードを取り出す。と、見事に絡まっていた。横着せずに輪ゴムなどで縛っておけばよかった、と何度目か分からない後悔をする。コードの片方を手帳に差し、もう片方を自分の項に差し込む。脳内のインプラントチップが信号を受信し、視界に手帳と同じ画面を映す。

〈ストレージ〉

 インプラントチップを持つ者は、コンピューターの類と接続した際、このように声に出さずとも操作出来るようになる。しかし、チップを埋め込んで間もないとこの操作、所謂“頭で発声”が出来ない事が多い。

 セオの思考に合わせ、画面が切り替わっていく。

〈ネクス社のメモリーチップを開け〉

〈映像編集モード。屋内と屋外に分けろ。屋内を会話の有無で分けろ。前者を1、後者を2と仮名〉

 思考に合わせ、映像がどんどん細分化されていく。最終的に屋内と屋外、それぞれを更にアーロンが単独かそうでないかに分けた。見比べていくと、屋内、つまり研究所内の映像の方が圧倒的に多く、合計時間の9割ほどを占めていた。半年前から殺害されるまで、毎日どこかのカメラに映っており、時間が大きく飛ぶと言う事もほとんどない。単独かそうでないかはほぼ同じ程度だった。誰かと言い争っている場面はなく、職場での対人関係は良好のようだった。しかし私生活の方でも仲の良い人物はいないようで、屋外のカメラに映る時は全て単独だった。場所も自宅と職場の間がほとんどで、他にはスーパーなどに映っている程度だった。

 一通り見終わると、項からコードを引き抜く。

 映像から分かった事は、トラブルに巻き込まれた末の殺人ではないと言う事だけだった。アンドロイドのセキュリティを突破出来なければ、個人だろうが組織だろうが同じだと思うかもしれないが、大規模な犯罪組織の中には都市管理級AIと同等のものを所有している可能性があるのだ。無論、企業との繋がりがある訳ではない。アンドロイドに限らずAIは従事内容によりその構成が異なっており、製造企業も異なる。更に銀河系ごとに企業が違うため、その数は多岐に亘るのだが、全ての企業は統一連合による厳しい審査をパスしているのだ。その苦労と絶える事のない需要を考えれば、監視機構の目を掻い潜ってまで取引する意味は全くないのだ。

 犯罪組織が持っているAIは全て戦中に轟沈した航宙戦艦からサルベージしたものだ。戦艦が破壊されればAIも運命を共にする事がほとんどだが、中には破壊を免れてしまうものもある。そう言ったAIはアウターの捕虜にされた時のために、与えられた情報を全てデリートし、正規アクセスがあるまで自閉モードに移行する。軍が回収出来れば、バックアップにより復元出来るのだが、回収出来た個体は極僅かだ。艦隊戦の激戦宙域で回収作業を行う事はまず不可能だった。終戦を迎えると、各地の治安維持のために人員を割く事になり回収作業は後回しにされた。その隙を突き、軍から横流しされた端末などを持った組織が回収作業に乗り出す。回収された赤子同然のAIの最優先命令権を自分達に設定すれば、厄介な敵の出来上がりだ。軍がその事態を察知した時には既に遅く、多くのAIが犯罪組織の手に渡っていた。

 ともかく犯罪組織による犯行の線は薄いと判断したセオは、一旦アンドロイドを使用しての犯行を忘れる事にし、別のアプローチを試みる事にした。そもそもアーロンを殺害する事にどんなメリットがあるのか。彼の立場は都市の責任者と、研究所の一部門のチーフ。普通に考えれば、彼の立場を狙った犯行。しかし彼の立場は、外部の人間から見ても決して美味しいものではない。博物館が観光名所になった今でも、経済状況は決して手放しで喜べる状態ではない。アウターの脅威はなくなったが、代わりに物資を狙う〈海賊〉が横行闊歩し始めたのだ。軍の人員不足も相まって、輸送費は戦中ほどではないにせよ嵩んでいる。この状況を利用しようと目論む民間業者の大抵は使い物にならず、費用だけを毟り取ろうする。確かな仕事をする業者もいるが、取り合いが激しく、そう言った交渉はアイスィとアーロンが行うのだ。人民のために身を粉にしているのだ。邪な思いを持つ人物が、そんな苦労を背負ってまで奪い取ろうとするとは考えにくい。

 一方のチーフだが、こちらも負けず劣らず忙しい。外惑星連合の予算の多くは各惑星の復興費に使用されているため、研究費・補助費共に下りづらくなっているのだ。その上戦中は財政状況の逼迫により、研究所は閉鎖されていたため、碌な実績がなく、更に下りづらくなっている。博物館や宿泊施設で得られた利益も多くが市民の生活や輸送費に充てられおり、雀の涙ほどの研究費で遣り繰りしているのだ。尤もこうした状況はトルフに限った話ではないが。

 どちらも立場だけを見たなら魅力溢れるものだが、現状を鑑みたら好んで就きたいとは思えないだろう。

 だとすれば、後は手柄の独占か、と更に思考を展開しようとした矢先ににアラームがなる。思考の海に沈んでいたセオだが、特段驚く事なく音を止める。集合の5分前だ。椅子から立ち上がる。また外に行くのかと少し億劫になるが、いかんな、と自分を奮い立たせるように体を伸ばす。扉を開けると、少し冷えた空気が流れ込む。肌が少しだけ粟立つのを感じながら、意を決し外に出る。


                        *


 ロビーに下りると、ソファーに座り待っていたイオンが立ち上がる。

「お待ち。で、映像を見ての感想は?」

「……忙しそうだな、と」

「確かにそうだな。物資輸送の交渉があるし、研究費用がなさすぎて碌に活動出来ないと思うんだが、ほとんど毎日映ってたな」

「……なら、仕事があったと言う事では?」

「そう考えるのが妥当か。とりあえず研究所に向かおう」

外に出る。日は既に落ち始めており、数時間の内に夜が訪れるだろう。一段と強くなった冷気に耐えながら、急ぎ足で車へ向かう。ナビに住所を入力し、案内を開始させる。

 ホテルからそう遠くない場所にある研究所は、周りの建物と比べるとあまり大きくはないが街の象徴として扱われている。

 駐車場にはバスが何台か止まっており、プレートにはジュニア・ハイスクールの文字が見える。この博物館は、他の惑星からも遠足先として重宝されていた。建物は7階あり、その内下3フロアが博物館となっている。車を駐車場に止め、再び急ぎ足で入口に向かう。

 閑散としていた警察署とは違い、こちらはかなりの賑わいを見せていた。イオンにとっては騒音にでも聞こえたのか、少し眉間に皺が寄っていた。

 受付嬢が2人の接近に気付き、笑顔を浮かべ深々とお辞儀をした。

「いらっしゃいませ。券売機はあちらになっています」

「申し訳ないですが、我々はお金を落としていくお客さんではないので。驚かずに、深呼吸してから、身分証を見て下さい」

「はあ……」

 戸惑いを見せる彼女に申し訳ないと思いながら、手帳を見せた。

「広域平和維持機構……せっせんめ」

 音量がマックスになるまえに、彼女の口をなるべく優しくしながら塞いだ。

「それを大声で言ったら、ここが阿鼻叫喚になるので静かにお願いします」

「すすすすみません。な、何のご用でしょうか?」

「アポが入ってるはずなので、確認して下さい」

 手元の端末で確認しようとするが、緊張のあまりミスを連発する。それが更に彼女の緊張を増幅させ、顔を気の毒に思ってしまうほど青くさせていく。声を掛けてやりたいが、余計に酷くなる事は火を見るよりも明らかだ。

「か、確認出来ました。職員用のエレベーターで4階の応接間にてお待ち下さい」

 限界を迎えているのか、言葉遣いがおかしくなっていた。応接間の場所を聞こうと思ったが、既に涙目になっており、話しかけようものなら失神しかねないため諦めた。血気盛んな若者から罵倒を浴びせられる事には慣れているが、若い女性に泣かれる事にはどうしても慣れる事が出来なかった。

「感謝します。仕事の邪魔してすみませんでした」

 職員用のエレベーターはすぐに見つかったため、取り敢えず4階まで行く事にする。喧騒が段々と遠ざかっていく。エレベーターを降りると、目の前に案内板があった。応接間はすぐそこのようだ。移動中は幸いな事に誰にも会わずに済んだ。一応扉をノックする。返事がない事を確認し、開ける。中は警察署の署長室と同じような作りをしていた。

「座って待ってるか」

 セオの言葉に従い、イオンは彼の隣に座る。しばらく沈黙が続くかと思われたが、遠くから忙しない足音が鳴り響き始めた。タイミングや近づいて来る事から、話を聞く相手のようだった。足音が扉の前まで来ると、ピタリと止まった。嫌な予感しかしなかった。ノブが捻られるや否や、壁に強かに打ち付けるほど力一杯開けられ、その音に負けず劣らずの音量で男が言った。

「我が名はシルヴァーーーーノ! バッッッッサーーーニ! 殲滅課の諸君! 覚えておけい!」

 見た目麗しい金髪の青年が激しいシャウトが鼓膜に突き刺さる。そこには心底満足した顔の青年が醸し出す空気と、セオとイオンが醸し出す形容し難い空気とが混じった、奇妙な空間が出来上がっていた。

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