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第4話その8

 折檻部屋の中で小さく縮こまる職員と患者達。誰もがセオを助けた者のように勇敢ではない。銃声を聞くだけで意識が混濁してしまう者、体を動かせなくなる者、恐慌状態に陥ってしまう者。戦後ではなく、戦中の出来事が原因でPDSTになってしまった者達。戦後の扱いでPDSTを患ってしまった者達とは異なり、平時であれば何ら異常は見受けられない。しかし原因に近い事、例えば自分を傷付けた銃声に似た音、シチュエーションなどを聞いたり体験すると症状が現れる。鏡花を始めとする職員の献身的な治療で改善されてはいるが、精神的な傷と言うものは肉体的なものより深く治りづらい。

 銃声が止んでどれ程の時間が過ぎたのか。襲撃者がいなくなったのか、それとも撃つべき相手がいなくなったのか。

 もう戦争は終わったのに、何故まだ誰かが血を流さなくてはならないのか。何故人が人を殺そうとするのか。何故自分の大切な人の死を想像し震えなくてはならないのか。

 自身の生存さえ神に祈った事のない彼女が初めて奇跡を祈った。

 不意に機械人の1人が顔を上げた。表情は分からないが、その仕草から焦っている事が分かった。

「足音だ……。複数の、重い音。AERASだ」

 恐怖が蔓延する。窓はなく出入口が1つしかないこの部屋で逃げ出す事は叶わず、自死を選ぶ事さえ出来ない。

 泣き出す患者を抱き締める鏡花。それしか出来ない事に彼女は後悔していた。自分が戦場にいて技術を腐らせなければこの場を切り抜けられたのに、と。矛盾した考えだと言う事にさえ、彼女は気付いていなかった。

 徐々に足音が聞こえ始める。5年経った今でも分かる、聞き慣れた重い足音。しかし速度が少し遅いように感じられた。更にその中に不規則なものが混じっていた。絶望に支配されていた頭が動き始める。この不規則さは、片足に負担を掛けられない時に発せられるもの。つまり敵の中に足を怪我しており、仲間に肩を貸されている状態だと言う事だ。

 セオに教えられた生身による対AERAS用格闘術を実践出来るほどの技術が今の自分に残っているとは思えない。しかし自分が原因で招いた事態で、何も出来ずに死ぬ事など許されるはずがない。一矢を報いたい訳ではない。患者や他の職員が生き残れる可能性を、自分の命で少しでも上げようとしているだけ。ある意味では自暴自棄に近い思考。

 抱き締めていた患者を放す。

「私が、少しでも時間を稼ぎます。どうにか逃げて下さい」

「やめ」

「言うな!」

 静止しようとした職員を、鏡花に抱き締められていた患者が止めた。これが現状で取れるベストな選択なのだ。代案はなく、誰かが代わりに出来る訳でもない。自分達は彼女を見捨てるのだ。罪悪感から逃れたい一心で無責任な言葉を吐いて良いはずがない。生き残った誰かが背負わなくてはならないのだ。

「鏡花ちゃん。今まで世話になったね」

「私の方こそ」

「何物騒な会話してんだ」

 無造作に開け放たれた扉の向こうにいたのは、セオを始めとする殲滅課と救援に来た患者の片方。悲壮な雰囲気で満ち満ちていた所に突然現れた味方は、ある意味で空気の読めない存在だった。急転直下の展開に誰も追いつけず、妙な空気が流れていた。

「もう終わったんだ。お前の方から約束して来たんだから、それぐらい信じてろよ」

「……うん、守ってくれて、ありがとう」

 命と約束。神様なんていなくとも、この男はいつだって守ってくれた。だから自分は彼を愛していたのだ。


                        *


 作戦開始から12時間が経過した。施設への侵入成功の報告から一切連絡がない。オフィスから荒々しげに出たケインは、同じ派閥の将校たちと会談すべくセーフハウスに向かっていた。失敗する要素などどこにもなかった。姿なきAERASは無敵であり、それを操る者達も催眠学習と薬物強化で並み居る兵士とは比べ物にならない能力になっていた。

 第三勢力の介入の可能性もほぼゼロだった。この作戦は情報部のものではない。数年前より架空の実績を上げて来た、架空のテロ組織によるもの。全ての武装がその組織により購入されており、情報部と繋がる物は何一つなかった。

――何故失敗した?!

 エレベーターに乗り込む。地下駐車場に向け下降が始まる。苛立ちが募りに募り、血が出るほどに爪を噛む。成功を確信していた彼には、失敗の原因が全く分からなかった。余りに思考に没頭しすぎ、目的地に着くより早く減速が始まっている事に気付かなかった。完全に停止した時も到着したものだと思い、扉が開くのを待っていた。しかし開いた隙間は数cmだけで、故障を疑った瞬間フラッシュバンが転がり込んで来た。目と耳を塞ぐ間もなく、奪われる。状況把握も儘ならぬ中、両腕を強く引かれ床に這い蹲らせられる。強かに顔を打ち、鼻から血が流れ出る。

「何者だ?!」

「久しぶりだね、ケイン。僕だよ、アクセル・ブローンだよ」

「アクセル?! 何のつもりだ! 気でも違ったか!」

「それはこれを聞いても言えるかな?」

 と言って差し出したのは、広域平和維持機構の全職員が持つ、共通の多機能電子式手帳。画面にはSOUNDONLYの文字。

『こちらイワキ。マーク・キューブとその家族を確保』

 必要最低限の事だけを言う、冷淡な印象を抱かせる男の声。

『こちらリンダよ。ギルバード・メイソン+αを確保したわ』

 男を誘惑するような、艶やかな女の声。

『マイクテス、マイクテス。こちらチャン。目標を確保。但し抵抗されたため、四肢全部骨折。後ギャーピー喧しい妻子も確保』

 アクセントの間違えた英語を話す男。何が楽しいのか、上機嫌な声。

『ヘイ、ケイン聞いてるか? 久しぶりだな。嘘、初めまして。お前の家族は拉致らせてもらった。返して欲しくば死ね』

「貴様、まさか!」

「まさかも何も、聞こえた通りだよ。君の家族と愉快な仲間達と、その家族を全員確保したんだよ。さて、何のつもりだ(・・・・・・)気でも違ったか(・・・・・・・)だっけ。殲滅課の仕事としてやってるんだから、正気に決まってるでしょう」

「私が何をしたと言うのだ!」

「皆まで言われなきゃ分からないの? じゃあ言うけど、コルネリウス・アルバに生体兵の情報を漏らした事、そしてその生体兵を抹殺するためにお抱えのテロ組織(・・・・・・・・)から戦後生まれの兵士を差し向けた事」

 咄嗟に表情を崩さなかったのは流石と言えるだろう。しかし内心の動揺を抑えたとしても、アクセルは淡々粛々と証拠を話し始めた。

「まずコルネリウスとの関係だが、これは彼自身が話してくれたよ。で、襲撃部隊だけど、これは中々骨が折れたよ。5年前から架空のテロ組織を作るなんて、用意周到と言うか執念深いね。尊敬なんか出来ないけど。テロ組織に資金提供してる人と企業、それに関わる人と企業、それに関わる人と企業。全部架空だもんね。ただまあ完璧過ぎたね。個人にしろ企業にしろ、普通テロ組織に資金援助しているならそれを隠そうとするものだよ。ところがこれには隠そうとする工作が見えないどころか、見てくれと言わんばかりの分かり易さだった。あまりに綺麗過ぎた。だから分かったのさ。それでもフロネシスでも30分くらい掛かったよ」

「30……分……?」

 終戦直後から同志と共に綿密に練って来た計画。自らの懐が痛む事も無視し、逆走するマネー・ロンダリングで資金を募らせ、戦中に破棄された衛星基地で自分の手足となるようティーンエイジに洗脳と薬物と過酷な訓練を施した。あらゆる事柄に細心の注意を払い、決行の日を待ち続けた。侵入成功の報を聞いた時は、柄にもなく心を躍らせた。

 だが心待ちにした殺害成功の報はなく、5年と言う歳月の集大成は虎の尾を踏んだばかりに何の成果を上げる事なく破壊され尽くした。それどころか自分の派閥も破壊され、家族までも巻き込まれた。

 事態を理解出来ず呆然自失となるケイン。口元が痙攣するようにヒクつき、半笑いのように見える。自身が積み上げて来たプライドがバラバラに砕け散っていく。過呼吸になり眩暈が止まらない。

 そんな無様な自分を見下ろす、かつての同僚。嗤いも情けもなく愚者を見る眼。

 情報部で共に働いていた時によく見た眼だ。ケインの能力は誰もが認めるものだった。誰も彼を愚か者だと言わなかった。だがアクセルだけは違った。嘆息しながら自分を見ていた。それがずっと気に入らなかった。今もだ。侮蔑でも同情でもなく、バカを見る目。

 破滅が確実となった状況で瓦解寸前だった精神が、怒りに爆発する。

「アウターに与する悪魔め! 貴様のその眼が気に入らんのだ! 生体兵は全員処刑すべきと言う至極当然の事を言う私を! バカにするその眼が! 気に入らんのだ!!」

「あっ」

「バカ! 余計な事を」

 AERAS越しでも分かる焦り。彼らからすれば今の言葉は地雷ワード満載なのだ。はあ、と彼は一つため息をついた。

「僕が君をバカにしてる理由が知りたいのかい? それはね、君が裏方軍人として恥ずべき存在だからさ。裏方てのは、いつだって冷静でなくちゃいけない。間違っても私情のために兵士を使うなんて事があっちゃいけないんだ。君はいつだってアウターの情報を得るために、尤もらしい事を言って若い連中を焚き付け、前線への情報収集に行かせてた。そして軍人だろうが民間人だろうがお構いなしに犠牲にする」

「それの何が悪い! 私は使う側の人間であり、大事の前に犠牲など付きものだ!」

「変わらないその傲慢さと三流の小悪党のセリフには驚くよ。確かに指揮官は椅子にふんぞり返って尤もらしい事を言うのが仕事さ。ただね、そこには階級の上下はあっても命にはないんだ。君の命と目的にそこまでの価値がある訳ないだろう。君はそこを盛大に勘違いしてるんだ。それと僕が一番許せないのは、自分の憎しみを他人に晴らして貰おうとしてる事だよ。憎しみを露わにするなら使う側じゃなくて、使われる側にいるべきなんだよ」

 言いたい事を無秩序に述べている様は、先程の発言がどれだけ腹に据えかねるものだったのかが窺える。

 言葉が途切れる。言い終わったのではなく、ギアを上げるための間。眼光に殺意が灯る。しゃがみ、ケインの髪を鷲掴み持ち上げる。 

「それと生体兵は全員処刑すべきって事に対してだけど、戯れ言もいい加減にしろ、ゴミが! 人を守るために身を捧げた英雄達を、言うに事を欠いてアウターだと? お前のような恥知らずがいるから、殲滅課はなくならないんだ! 僕が自制出来る性格だった事に感謝しろ。でなければ手足が穴だらけになっていたぞ」

 深い皺の寄った眉間に、歯茎まで剥き出しになる程に開かれた口。

「ウソだ。夢だ。これは警告なんだ。もっと慎重にやれと言う警告なんだ。でなければ何かの間違いだ。私は人類の敵であるアウターをこの世から殲滅しなければならないんだ」

 再び消え失せた光。どこを見るでもなく、虚空を見つめブツブツと同じ事を繰り返すケイン。今度こそ無価値の小石を見る目で見下し、無表情で言う。

「おいおい、僕達の決め台詞を取らないでくれよ、って言ってももう聞こえてないか。んじゃ連れてってちょうだいな。僕はここの人達に迷惑掛けてすみませんって言ってくるから」

「イエッサー!」

「……何だいその返事?」

 彼は知らない。態々他惑星にある支部から課員が応援に寄越された理由を。

 彼は知らない。その他支部の曲者揃いである課員が言う事を素直に聞いている理由を。

 彼は知らない。機構の後ろ盾である統一連合より下位にあるとは言え、国連軍情報部の人員が素直に通した理由を。

 彼は知らない。自分が恐れられている事を。


                        *


「お陰で助かった。ありがとう」

「よせやい、照れるだろ」

 包帯を巻いたセオが、担架で運ばれていく戦友を見送る。片足の部分だけ凹んでいる毛布が妙に痛々しかった。しかし悲壮感はなかった。

「何やかんや言われるが、やっぱりこの体は便利だな。足もとっかえひっかえ出来るしな」

「そんなんで生身に復帰出来るのか」

「……ずーっと付き合いのある体だからな、悪口が嫌だからって変えたくねぇんだ」

「ならアルカトラズと言う男が色々と力になってくれるはずだ。尋ねてみるといい」

 機械人の立場向上のために方々を訪ね廻っている過程で多くの真っ当な団体との関係を構築した彼は、世間で起こりつつある運動の中心的人物となっていた。絵的にも傍らには常に少女がいるものだから、メディアもこぞって取り上げ露出の機会も増えていた。

「随分な大物と知り合いだな兄ちゃん」

「二度と体験したくないような地獄だったが、そこで得られたものは貴重なものばかりだ。この縁もそうだ」

「違えねぇ」

 会話が切れた所で救急隊員がいいですか、と尋ねた。それに頷くと彼を乗せた車両は出発していった。

 見送っていると背後で喧しい声が響いた。

「俺も怪我人だぞ! 病院に連れてけよ! どこに連れてくつもりだ! おい殲滅課! おめーも何か言ってくれよ! 殲滅課が言えば引っ込むだろ」

「同僚の仕事を邪魔する奴がどこにいる?」

 自分が殲滅課に目を付けられているなどと全く持って考えていなかったコルネリウス。自分を拘束しているのはてっきり警察だと思っていた。

「な、なら尚の事言ってくれよ! 一緒に修羅場を潜った仲だろ?」

「……お前は殲滅課ってのが何なのかよく分かってないみたいだな。ターゲットになれば、例えそれが身内でも戦友でも叩くのが殲滅課だ。たかだか一回の修羅場を潜った程度を情けを期待するな。2人とも早く連れてけ。うるさくて敵わない」

 四面楚歌。脱出は不可能。果たして生き残れた事は彼にとって良き事だったのか。

 呆然とした表情でセオを見続けるコルネリウスから視線を外し、何か話し込んでいる鏡花とイオンに視線を向ける。いつも通り、イオンは無表情で話し相手だけが喜色満面。俗世間に染まってない彼女は、時に話し相手をイラつかせる事もあるが、大体は幼い子を相手取るような気持ちにさせてしまうのだ。今回もそうなのだろう。

「鏡花。そろそろ行くぞ」

 他の従業員や患者と違い、存在がトップシークレットである彼女は一時的に監視下に置かれる事になる。監視が解かれた後も住居の変更は当然であり、最悪職場を変える必要もあるかもしれない。それは追々決まる事だが、ともかく職場がこうなってしまった以上家に帰る以外になく、まだセーフハウスが決まってない彼女は数日間はホテル住まいとなる。

「ねえセオ。今度彼女貸して。スゴイ美人なのに化粧の一つもしないとか、勿体無いし。聞けば服もジャージと仕事着しかないって言うし」

「あー、そこら辺は家の職場に適任がいなくてな。まあそう言う事を教えて貰えるなら助かる」

「でさ、あの子に服誰に見せたいって聞いたら、セオに見せたいって」

「……まあ父親代わりの役得として見させてもらうさ。お前も早く車に乗れ。後でオレ達も行くから」

「ん、待ってるから」

 パトカーに乗り込み、リアウィンドからブンブンと手を振る彼女に軽く手を振り返す。

「セオさん」

「ん?」

「絶対に死なないって約束して下さい。鏡花がセオは絶対に約束を破らないからと言ってました。だから私と約束して下さい」

「ならお前も約束してくれ。絶対に幸せになるってな」

「はい」

この話は一旦ここで終わりとなります。

まだ物語的には全然完結してませんが、作者のモチベーションの問題でここで筆を止めさせていただきます。

と言っても執筆活動を止める訳ではありません。継続を期待してる方がどれだけいるかは分かりませんが、書く事自体が嫌になった訳ではないので。

最後にこんな拙作を読み続けていただき、ありがとうございました。また続きを書き始めたら、その時はよろしくお願いします。

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