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第4話その7

 情報部実動部隊が突入してから20分が経過した。この時間を「も」と捉えるか「しか」と捉えるか。その何れにせよ、彼らがセオ達を追い詰めるには十分な時間だった。

 袋小路に追いやられ、弾薬ももうじき底を突き、罠も全て使い切った。そしてセオは腹部と脚部を負傷していた。重傷ではあるが、生体兵であるセオならばしばらくすれば回復する程度だ。しかしこのタイミングに限って言えば致命傷だろう。

「殲滅課あぁぁぁ! 腹から血が出てるぞおぉぉぉ!」

「大声で実況すんな、このバカ!」

 2人を屠るには過大としか言いようのない弾幕が展開される。瞬く間に壁面が削れていき、2人をより奥へと追い詰めていく。数を生かし、リロードの隙を作らず距離を詰めていく。セオの罠を警戒して速度が遅い事が唯一の救いだろうか。

 壁面を破壊した弾丸がコルネリウスの蟀谷を掠っていく。

「うおおぉぉぉ! 血が出たああぁぁ! てめえら! こちとら無い無い尽くしなんだぞ! バカスカ撃つんじゃねえぇ!」

 自前のハンドガンで撃つが、素人が標的を見ずに当てる事などまず不可能。弾は明後日の方向に飛ぶだけで、無為に消耗していくだけ。慌てて彼を引っ込める。

「貴重な弾を無駄遣いすんな」

「このままじゃ死ぬだろうが!」

「分かって……!」

 言葉が途切れた。発砲音の中に微かだが別の音が混じっていたからだ。硬い何かがバウンドし転がる音。良く知った音。何人もの敵を殺し、何人もの味方を殺した兵器、手榴弾。視界に入るよりも早くセオは反応した。コルネリウスの腕を掴み廊下の奥とへ放り投げる。標準的な手榴弾ならば有効射程範囲外だ。しかしセオは範囲内にいる。射程外に出る時間はなく、投げ返す時間もない。掴めたとしても掌の中で爆発するだけだ。何もせずにいたら爆発し、破片を体中に浴びズタボロになる。即ち死ぬ。

 ――間に合うか?!

 ライフルから吐き出されるなけなしの弾丸が、手榴弾の空中に弾き飛ばす。どの程度まで浮かび上がったのかも確認せず、彼は出来るだけ距離を稼ごうと床を蹴り、スライディングするように伏せた。その瞬間、意識を白濁にさせる爆音が彼の耳を襲った。

 防弾・防刃に優れたジャケット越しに体に何かがめり込んでいく感覚で意識が覚醒する。

 四肢、手足の五指、目、鼻、口、耳鳴りがあるが全て問題なし。動く、機能している。しかし目の前にはAERASがいた。身体はどこも欠けていない。だがこの状況を覆すにはそれでは足りなかった。

 散々虚仮にされた事で相当腹を立てているのか、スモークバイザー越しにも怒りを感じられた。まだ若い将校。感情の律し方を知らない兵士。

 ――さて、楽に殺してもらえるかな

 奥の方ではコルネリウスが喚いていた。ここまで詰みの状況であっても諦めないと言うタフさに、セオは初めて彼に感嘆の念を抱いた。セオはもう諦めていた。事ここに至っては、何も出来ない。その事が悔しくて堪らなかった。自分が殺されるだけで完結するならいい。鏡花も、戦友も殺される。ようやく心を解し始めたイオンも再び心を閉ざすだろう。それが分かっているのに、自分には最早何も出来ない。知らずに歯軋りしていた。

 それを見ても兵士に戸惑いはなかった。聞かされていたアウターの特徴とは全く異なる事から、相手が人間だと言う事に気付いていた。そしてケインの教育の中でアウターに味方しようとした人間がいたと言う事を聞いていた。共生主義。長過ぎた戦争の中で生まれた、現実逃避のための主義。武器を向けるから撃って来るんだ、心を開けば彼らも共に生きていける、と。もちろんそんな事がある訳ないのだが、無視出来ない程の規模にまで拡大してしまい、各国の警察により撲滅が決定された。しかしこう言った存在はゴキブリのようなしぶとさを持っており、未だに完全撲滅には至っていなかった。尤も戦争が終結し、世間的にはアウターは絶滅したと言われている現在では弱小のカルト集団に成り下がっていた。

 目の前の男もそう言った存在だと断定した。だからこそ憎き(・・)アウターの味方をしていたのだ。ならば殺さなければならない。トリガーを引こうとした。

「ロケットオォォプアアアアンチィィ」

 全く予期せぬ闖入()に、その動きが止まる。声の主はどこにも見えない。と思った次の瞬間、壁をぶち破り腕部が飛び出して来た。その様は言葉通り、まさにロケットパンチだった。高速で飛ぶ拳がセオの上にいた兵士を殴り飛ばす。攻撃は更に続いた。兵士達が動き出すより早く、照明が全てスパーク直前まで光度を高めた。それにより暗視モードになっていたバイザーがホワイトアウトを起こす。

 横から伸びて来た手がセオを掴み、引き摺っていく。

「怪我人だぞー! 優しく扱えぇ!」

「黙らっしゃい! 蟀谷ちょっと切ったぐらいでギャーピーギャーピー喚くんじゃない!」

「ギャーピーなんざ言ってねぇだろ!」

「黙らっしゃい!」

 自分を運んでいるのは見覚えのある義体だった。ここに来る途中で職員と球技に興じていた義体だ。ワイヤーで腕を引き戻し、セオを肩に抱え走る。

「よお戦友。生きてるか?」

「あんた……何で」

「鏡ちゃんがよぉ、泣きながら言って来たんだよ。自分もあんたも生体兵で、それを狙って来たんだってな。正直生体兵ってのが何なのか俺達にゃ分からん。だけどよ、俺達の家族が泣いてるんだ。俺達のために涙を流してくれたあの子がよぉ。それを無視は出来ねぇよなぁ。それにここは俺達の家だしよぉ」

「……すまない。恩に着る」

「気にすんねぇ。あんただって鏡ちゃんの事言わずに俺達を助けようとしてくれたんだ。でだ、俺達はどうすりゃいい」

 彼らのおかげで生き永らえたのは事実だ。しかしそれも数分の事。いくら鋼鉄の体を持つ彼らと言えど、この場を凌ぎ切れる訳がない。依然として状況は好転していない。

「一番頑丈な部屋は?!」

「暴れる奴を閉じ込める折檻部屋だな!」

「そこにいけ! 鏡花達は?」

「アンタと同じ判断だ!」

 階段を上り、廊下に出る。すると強烈な光が窓の外から差し込む。義眼が瞳孔を縮小させ、視界を確保すると見えたのは回転を始めている30mmのガトリングだった。

「正気か?!」

 襲撃部隊がここに来るために搭乗していた攻撃ヘリ。光学迷彩と極低音ローターを備えたサイレントヘリ。

 手負いのセオの負担を無視し、全速力で走った。毎分625発の速度で吐き出される弾丸が窓ガラスを割り、壁を吹き飛ばしていく。当たれば怪我では済まない。だが逃げ切れるものではない。一発の弾丸が脚部に直撃し、足を根元から吹き飛ばされる。

「ぐああ!」

 全速力で走っていたからこそバランスを保つ事が出来ず、受け身も取れず倒れる。肩に担がれていたセオはそのまま前方に投げ出される。

 弾切れを起こしたのか、攻撃は止んでいた。しかしヘリがその場で旋回を始めると、その希望的観測はすぐに撃ち砕かれた。ドアガンが向けられていた。

 ヘルメットに隠され感情の読み取れない敵を見た時、義体の男はとてつもない憤怒に駆られた。命を奪うと言う事を何も分かっちゃいない。アウターになった元戦友を殺し続けて精神を病んだ奴がいる。心も体もボロボロにしながら、かつての戦友達を殺し続けた。

 何のために? 金のため、家族のため、栄光のため、友人のため。皆が戦いの中で見出した、己が信念のために戦った。だがこいつらは違う。顔が見えなくたって分かる。この戦闘行為に何の疑問を持っていない。刷り込まれた物を自分の意志だと勘違いしているただの愚者。

 許せるか? そんな者に家族を殺される事が。許せるか? 泥を被ってまで自分達を助けようとしてくれた男が殺される事を。

 セオのいる場所の壁はまだ破壊されていないが、バイザーの機能で居場所は把握されている。傷は回復し切っておらず、撃たれれば成す術はない。必死に這って動こうとしているが、高が知れている。

 男は静かに決意した。セオを殺させる訳にいかない。腕を上げ、ロケットパンチ。今まさに発射されようとしていたドアガンの銃身を掴み、自分の方へと引っ張った。30mmの弾丸だ。粉々になるだろう。

 後悔がない訳ではない。自分が死ぬ事で彼女は悲しむだろうし、天寿を全う出来ない事も残念でならない。今も心のどこかで「やらなきゃよかった」と思っている自分がいる。それでも、それでも、時代を築く若者に必要な存在は彼のように足掻き続けている大人なのだ。自分のような諦めてしまった存在ではない。祈る事しか出来ない自分ではない。だからこの選択は間違いではない。散った戦友達への自慢話になるぐらいだ。叫ぶなよ戦友。叫ぶ暇があったら妙手を思い付けよ。

 弧を描く曳光弾はやがて男の元へと到達――

「あ?」

なかった。何が起きたのかと顔を起こすと、銃身を半ばから焼き切られたドアガンが見えた。


                        *


「距離は1km。速度は140オーバー。路面の状態は悪い。よし、路面走査」

 狙撃手として戦中から名を馳せていたバートのAERASに与えられた、特注の機能。高速で走る車内からの狙撃と言う限定的な状況だけを想定して開発された機能で、路面の状態や微かな凹凸を把握しそれを装着者に伝える。しかし路面の状態ならともかく、凹凸の表示を認識する事などまず常人には不可能な事だ。脳内に複数の処理装置をインプラントしたマルチタスクでさえ至難であるこれを、彼は何もなしでやっていた。天然のマルチタスク。しかし認識出来たからと言って、その凹凸に合わせた狙撃が出来る訳ではない。手元の微かな動きが何倍にもなる狙撃にとって、揺れと言うものは天敵である。140km以上で走るパトカーともなれば、揺れは更に強くなる。

 だが彼が外した事は一度も無い。どんな場所でも、どれだけ離れていても、必ず当てる。

 セル化されていたエネルギーが解き放たれ、闇の中に一条の光が奔る。今まさに弾丸が放たれようとしていた銃身は根元から焼き切られる。

「ナイシュー! 俺!」

 当てて当たり前と言う認識が他にだけ広まってしまい、褒められる事の無くなった彼は自分で自分を褒めるしかなかった。

「あれ、何て機体っスか? 見た事ないんスけど」

「あんなの所属元晒してるようなものじゃない」

 戦争が終わり、大きな戦闘も開かれずに5年が経過した昨今、軍は新型兵器の導入に対し消極的になっていた。復興に予算を割かれ、既存の兵器のアップデートに留まっているのだ。サイレントヘリもそうした兵器の1つで、その名の通りの売り込みが行われていたが、結果は芳しくなかった。しかしスペックは高く、この襲撃部隊のような一部では購入されているのだ。つまりどこの誰が買ったのかと言う事が分かり易いのだ。映像として記録しておけば簡単に分かるだろう。

 ヘリが離脱しようとしていた。歩兵部隊による殺害は失敗し、ヘリからの攻撃でも失敗した以上迅速な離脱は賢明な判断と言えた。

「どうします姐さん」

「最優先は建物の中にいる歩兵よ。そいつら抑えちゃえば言い訳なんか出来ないでしょう。各員準備はいい? 対人戦よ。イオンちゃん出来る?」

「セオを助けるためなら大丈夫です」

〈セオがどんな状態になってるか分からないから、もしもの時は頼むわよフローネ〉

〈分かってるわ〉

 シラカワでの一件以来、イオンは世界と向き合えるようになった。しかしそれはセオの存在が大前提であり、彼が死ぬような事があればどんな状態になるか分からなかった。そのためセオの頼みにより彼女にはいざと言う時に鎮静剤を投与出来るよう、薬剤投与機能の付いたAERASを宛がう事になった。投与の判断はフロネシスに託されていた。

 けたたましい音を響かせ、正面玄関前でパトカーが急停車する。

「2人は上から行って」

「了解っス」

「分かりました」

 地面に降りたゴアはレシーブをしようとするバレー選手のように腰を深く落とした。

「行きますよ!」

 バートが走り、飛ぶ。着地地点はゴアの腕。両足で着地した瞬間、両者のPSFが唸りを上げ、彼を穴まで打ち上げる。両者の息が合えば20m以上も飛ぶ事が出来るこれは、戦中に現場で開発されたテクニックの1つで、今では教本にも載っているものだ。

 同じようにイオンも飛ぶ。着地し、すぐにセオを探す。仰向けに寝かされ、バートが傷の具合を確かめていた。

「セオさん!」

 傍らにいるバートを弾き飛ばし、セオの無事を確かめるイオン。

「心配掛けたみたいだな。間に合ってくれて助かった」

「傷は、大丈夫ですか」

 傷の具合を確認したいようだが、処置の知識が無い事を自覚している彼女は触れると悪化するのでは、と思い所在なさ気に手を動かすしか出来なかった。AERASと言う鎧に身を包んだ状態での、そのコミカルな動きにセオは思わず笑い出してしまう。何故笑っているのか分からないイオンは戸惑うばかりで、おかしさに拍車を掛けていた。

 一方でまさにイオンと言う馬に蹴られた気分になったバートはんもう、と呟きながら機械人の損傷具合を確かめる。すでに神経の一部を停止させ、痛覚をシャットダウンした彼はバイザーを開けたバートに気楽そうに声を掛けた。

「わけぇのに大した動きするじゃねぇか。下手人はどうした?」

「先達のおかげっスよ。こんな状況にまでなって任務を遂行しようとするのは、勇敢を履き違えたただのバカっスよ。まあどっちにせよ、今頃姐さんにとっ捕まってる頃っスね」

 

                        *


 作戦の失敗を悟った隊長は早々に撤退を指示していた。侵入地点から脱出するよう指示を出し、光学迷彩を起動させ一階まで降りて来たまでは順調だった。

 AERASの光学迷彩は背嚢に注入されている偏光ガスを散布させ、それを留める事で機能している。そのため移動速度はどうしても遅くなってしまう。しかし彼らは徹底した訓練により、ガスを振り切ってしまうギリギリの速度での移動を可能にしていた。だから一階にゴアがいても警戒心こそ抱いたが、驚異とは考えていなかった。

「光学迷彩で使う偏光ガスってね、光を素通りさせてる訳じゃなくて、遠回りさせて後ろに流してるからどうやっても景色に歪みが生じる訳よ。だからそう言う事考慮しないと、よく見れば分かっちゃうのよ。道具ってのは無敵じゃないのよ。よく覚えておきなさい」

 言うや否や、チャージされたSWHの一撃が太腿を貫通する。

 自らが使う道具にはケツの穴のシワまで数えろ。使うだけでは使いこなせない。メリットとデメリットを熟知してこそ、その道具は真価を発揮する。

 ゴアが兵士時代に、今は亡き上官から教えられた事。今も戦いの中に身を置く彼は、それを徹底していた。自力で集められる情報と、フロネシスにしか集められない情報で装備ケツの穴のシワまで調べ上げる。

「何?!」

 動揺から思わず声を上げてしまった隊員が撃たれる。

 ガスを振り切り、遮蔽物に身を隠す。精鋭であるはずの自分達が生身の人間に、そしてノーマルなAERASに翻弄されていると言う事実に、隊員達は軽い恐慌状態にあった。

 ――訓練では習っていない。ブリーフィングでも聞いていない。どうすれば切り抜けられる。指示は誰が出す。敵は何人だ。どうすればいい? どうすればいい?!

 取り留めのない思考が頭を支配する。

「いい事? 不意打ちかますに必要なのは、何されても動揺しないクソ度胸よ。ま、撃たれた事もないチェリーじゃ無理だろうけど」

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