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第3話その7

 プロのパフォーマンス集団の技術に圧倒され、有名歌手と緊張している地元の学生との合唱に和まされ、音楽隊による演奏で心と体を躍らせる。

 高いクオリティの出し物に会場は盛り上がっていた。

 長く続き、あらゆるものを傷付けた戦争の終わりを祝い、多くの者が肩を組み笑っていた。

 盃を掲げた先にあるものは、平和と散っていった者達。

 親を亡くした子、子を亡くした親。妻を亡くした者、夫を亡くした者。友を亡くした者。

 未だ傷は癒えず、夢に見ては涙する。また会いたいと願わぬ日はない。生きていたらと想わぬ日はない。

 だが乗り越えなければならないのだ。傷は癒えずとも明日はやって来る。死に絶望し、生を悲観しては死んでいった者達が浮かばれない。死は背負ってはならない。忘れないだけでいいのだ。だからここに来て、見知らぬ友人と共に乾杯、と言うのだ。そして祝う者達も相手の雰囲気でそれを察し、静かに乾杯とだけ返す。

 ここにいる者達は共通の敵を前にしても実現出来なかった、真の一体を成し得ていた。美しい光景がそこにあった。

 そんな宝石にも勝る光景を昏い瞳で見つめている者達がいた。

「こんなに下らない催しはないな。アウター以上の癌が未だいると言うのに、何故誰も動かない?」

 冷静に聞こえるが、内心に秘めた苛立ちを代弁するように足が何度も床を突いていた。傍らの机には市販の顔面用の人工皮膚が置かれていた。空港の防犯カメラで確認されたものと同じものだ。

「そうだ。あのクソッタレ共が未だ蔓延っているなど、とても許容出来る事ではない」

 そう答えたのは、シラカワ署署長だった。額に青筋を浮かべながら、親の仇を目前にしたように言った。

 ここはシラカワ警察署の署長室。会場がよく見える所だった。見物が目的でない事はすぐに分かった。いくら望遠機能があるからと言って、スナイパーライフルを用意する者がいるだろうか?

「だが、ここで統一連の議員を殺せば世論は完全にクソッタレ共の排斥一色になる」

 彼らはLFMが公表した嘘の目的を利用し、議員を殺害したのがLFMであると発表するつもりでいた。これまでの行いから世間はそれを簡単に信じるだろう。

 過激派組織カウカーソスの一員である彼らの目的は、Ⅱ型兵士だけでなくTOP由来の技術をこの世から排除する事。これを至上の主義として掲げ、平和への礎を築こうとする世界を混沌へと叩き落とそうとしていた。

 この2人についてはなんら語る事はない。彼らは自分で何かを感じ、考えた上でここに立っているのではない。ただ上から命じられただけ。振り上げた拳をアウターにぶつける事も出来ず、逃げ出した彼らにカウカーソスが囁いた言葉は抗い難い蜜だった。微かに残った罪悪感からも逃げ出すために自己正当化を図り続けた彼らはいつしか、己の全てを染められていた。Ⅱ型を排除する事は絶対の正義、だと。

 彼らだけではない。常人が聞けば何をバカな、と一蹴されるような主張でもそれをカウカーソス構成員は心の底から信じていた。TOP由来の()を全て破壊せねばまたアウターがやって来ると。

「しかし殲滅課が来た時には少し焦ったな」

「フン、最新鋭の装備を持っていようと人員が大した事はなかったな。これで奴らも終わりだろうよ」

 署長は侮蔑の表情でそう言うながら、イオンをどうにか引きずり込めないかと下卑た事を考えていた。あの魅力的な肢体を脳内で存分に嬲っていた。

 設立に際しての反対を全て押し切り設立された機構の敵は多かった。凶悪化する犯罪への抑止力として必要であろうとも、全てのA級AIに承認されようとも、自らの利権が侵されそうになれば人は目先に眩む。特に政治家と警察関係者からの反発は強烈なもので、未だに力を持っていた。こうした反発は連合だけでなく、一都市の政治家や警察からも出ていた。

 統一連合は機構の捜査中に発生した金銭的な被害の補償を明言していた。しかし予算が無限にある訳ではなく、その補償は破壊された箇所の修理費用に限定されていた。つまり商業施設などで発生する売上の減少については補償しないのだ。破壊されたものがすぐに修理出来る訳ではなく、その間の被害は小さくなかった。またその補償も統一連合の財政を圧迫していると言う反発を招いていた。

 警察は、幹部職からは手柄を奪われる事への反感、現場職からは自らの街を荒らされる事への反感と分かれているが、何にせよ嫌悪されている事は変わらなかった。

 そして全ての組織が共通して恐れているもの。それは過剰とも言える武力。機構が持つ武力は1つの組織が持つには大きすぎた。彼らは機構がいつか牙を剥くのでは、と恐れているのだ。機構の職員が聞けば何をバカなと切り捨てるが、それを組織外の者達が知る術はないのだ。

 それらの批判を成果を上げ続けている事で全て跳ね除けていた。そしてそれは成果を上げ続けなければならない事を示していた。零細企業の自転車操業よりも酷いものだった。一度でも失敗すれば解体は免れない。事実、メンスを逃した件でアクセルは連合議会で糾弾された。アウターの出現や本人の豪胆さ、存続派の援護により事なきを得たが。

 もし首脳陣の殺害を許せば、解体だけでは済まないだろう。存続派や職員達の処遇、特にセオ達のような殲滅課は危険分子として投獄されてもおかしくはない。

 機構はあまりにタイトなロープの上を歩いていた。

「演説まで後どれくらいだ?」

 男が訊ねる。

「後5分程だ。演壇の準備が終わり次第姿を見せるだろう。そろそろ用意しておけ」

 弾倉に12.7mm×99弾を入れていく。1発入れていく毎に、Ⅱ型が排除されていく光景が過ぎる。TOPのなくなった世界は何と素晴らしいのだろう。人類の生存圏にいていいのは、(まこと)の人類だけだ。隠し切れない喜びに、彼の顔が醜く綻ぶ。

「来たぞ、タクト・ダグラスだ」

 覗き込んだスコープの先に日系アメリカ人の男が観客に手を振りながら現れた。盛大な拍手と歓声に迎えられていた。

 頭部、心臓、腹部と撃ちたい箇所をレクティルに重ねる。1ヶ所しか撃てないのが彼には残念だった。狙うは胴体。防弾チョッキを着ていようが、対物弾を防ぐ事は出来ない。

 コッキングレバーを引き、弾丸を薬室に送り込む。スコープに風向や風速、湿度と言った情報が表示される。

 背後の壁に綺麗な血の花を咲かせてくれると思うと、男はまた笑みを隠せなかった。

 逸る気持ちを抑え、確実に仕留められるタイミングを探る。男の体に機械は何一つ埋め込まれていなかった。どれだけの危機に瀕しようと、どれだけの怪我を被うとも、義眼や義肢を入れる事を穢れと考えていた彼は生身に拘り続けた。自分の主義のために自らを曲げようとしない姿勢は驚嘆に値するが、発揮すべき所を間違えれば称賛には値しない。だが彼はそんな自分を誇っていた。

 タクトが演壇に立ち、演説が始まった。終戦を祝う言葉と死者を弔う言葉が会場を駆け巡る。原稿を見る気配はまるでなく、直立不動のままに力強く語られる言葉は心に静かに響き渡った。心の底から語られる偽りなき言葉に、中には涙する者もいた。

 そんな光景を見ていると、衝動的にトリガーを引きそうになってしまう。心を落ち着かせながら風速と風向に目を光らせる。そして漸く待ちに待ったその瞬間がやって来た。

――歓声を悲鳴に変えてやるよ

 上がっていく口角が不意に戸惑いの形を見せた。

 何故スコープが機能しなくなってるのか。何故トリガーを引けないのだろうか。何故腕が熱いのだろうか。

 ドッと噴き出す汗。彼はすでに自信の身に何が起きたのかを理解していた。ライフルと一緒に斬られたのだ。認識と共にやって来る痛み。切断面を掻き毟りたくなるような激痛に絶叫しようとして、叶わなかった。

 ドアが蹴り砕かれると同時に放たれたSWHの光弾に両膝を撃ち抜かれ、限界を超えた痛みに男は意識を保つ事が出来ず失神する。

 周囲に素早く目を走らせ、敵がいない事を確認。署長を壁の隅に追いやり、SWHの照準を合わせる。

「き、貴様、何者だ?!」

 咄嗟の事に何も出来ずただ叫ぶだけの署長。

「あんたの嫌いな殲滅課だ」

「せ、殲滅課だとっ? 何のつもりだ?!」

「何のつもりだ? 本気で言ってるのか? まさかそこの奴は式典が見たいのに席を取れず双眼鏡もなく、仕方なく良く見える署長室からスナイパーライフルを双眼鏡代わりにしてるだけの友人なのか?」

「あ、ぐ……。奴らを排斥しようとする事の何が悪い!! 奴らは危険な存在だ! 素手で簡単に人を殺せる! どれだけの人々が怯えているのか、分かってるのか?!」

 どこにでも転がっているような中身のない言葉。それをあたかも自分の言葉であるように自信を持って叫ぶ署長。呆れて何も言えなくなっているセオを見て勘違いしたのか、懐柔しようと口調を柔らかくして語り始めた。

「君も殲滅課にいるのなら分かるだろう? 多くのⅡ型が犯罪に関わっている事を。我々がどれだけ呼び掛けても奴らは暴力でしか答えなかった。ならば殲滅するしかないだろう?」

「確かにあんたの言う事は尤もだ。彼らは簡単に人を殺す事が出来てしまう。その上テロも行っていては、例え無害な者であっても親しき隣人として接する事は難しいだろう」

「そ、そうだろう?」

 生き残りへの道筋が見え始めた事に、思わず彼は顔を綻ばせてしまう。

「ただ、その上で問いたい。あんたは彼らに何をされた?」

 虚を突く質問に表情を引き攣らせる。メットに隠された表情を窺い知る事は出来ない。しかし懐柔されかかっている訳ではないと言う事だけは分かった。

「そ、それを聞いてどうする? 私の生い立ちと何が関係ある?」

「質問に答えろ! 己の職務を蔑ろにしてまで理由があるんだろ! 足り得る根拠があるのだろ!」

 威圧的な外見と(はらわた)を震わせる怒声に、より一層顔を引き攣らせる。嘘を吐けば即座に撃たれてもおかしくない。だがそれでも彼はまだ諦めようとしなかった。

「か、家族をテロで殺された! 奴らを憎むには十分な理由だろう!」

「……見下げ果てた性根だ。お前の両親は未だ健在であり1人っ子だ。そして未婚。言い繕うなよ? 家の優秀なAIが調べてくれた事だ。……オレはな、お前らのそう言う所が一番許せないんだよ! 自分のストレスを発散したいがために、都合の良い言葉に騙された振り(・・・・・・)をする。間違ってると分かってながら、罪悪感から逃れるために自分を正当化させる。お前らのような奴を見てると、虫唾が走るんだよ!」

 退路は断たれた。起死回生を信じて付いた、その場凌ぎの嘘は濡れた紙より簡単に破れた。本音を容易く言い当てられた事による場違いな羞恥心を誤魔化すために、狂ったように叫び出す。

「善人ぶるなぁ! 募るばかりの苛立ちを! 社会的弱者で発散する事の何が悪い! 小学生がやる弱い者苛めと同じだ! 私だけが責められる謂われなどない!」

 口角から泡を飛ばしながら叫ぶその様は警察官には到底見えず、年だけしか積み重ねる事の出来なかった醜い大人がいるだけだった。

「その言葉を待ってた」

「は?」

 売り言葉に買い言葉の水掛け論が続くと思っていた署長は、直前までと打って変わった静かな態度に戸惑っていた。

「ここに入ってからの遣り取りは全部ある所に送信され続けてる」

「な、なに?」

『私達はカメラマン役なのよ。今回の事件はただ解決するだけじゃ何も変わらないの。Ⅱ型がテロを画策してた、ってだけでヘイトはより高まる。だからそれをさせないために、貴方のその理不尽な理由を利用させてもらったのよ。あ、生中継じゃないから安心して。折角の式典を貴方如きに台無しにされちゃ、大勢の人が可哀想だもの』

「な、なななな」

 あまりの事態に言葉さえ儘ならなくなっていた。何もかもが終わった。例え出所出来たとしても監視が一生付き、行く先々で後ろ指を指され続けるのだ。死ぬまで罵られ、誰にも看取られる事もなく孤独に死んでいく。

「あ、あは、あはははははは……。もう、何もかもお終いだ!!」

 イオンの狙撃により切断され鋭利な刃物のようになっていたライフルを拾おうとする。だが当然そんな事をセオが許すはずがなく、手を撃ち抜き阻止する。

「ぐぎゃああああああ!」

 開けっ放しのドアから悲鳴が響き渡る。署内にいた人間が何事かと、銃を携え署長室にやって来た。そしてそこに佇むAERASと呻く署長と腕のない謎の男に遭遇し、誰も反応出来なかった。

「な、何者だ貴様!」

「殲滅課だ。この2人はテロの実行犯だ。拘束してくれ。アルカトラズ、終わったぞ。そちらにも警官を送る」

『分かった。感謝するぞ、セオ』


                        *


 両腕の破壊されたアルカトラズと、片方は行動不能、片方は無傷のⅡ型のテロリストを見た警官達は戦いていた。今は大人しくしているが、いつ暴れ出すのかと戦々恐々となっていた。

「申し訳ないねアル。私達の勝手な我が儘に付き合わせてしまって」

「その上姉さんに腕両方壊されちゃうし」

「構わん。腕2本で2人を止められ、戦争を回避出来たのだから安いものだ」

「……やはり君に頼んでよかった」

「2度と会えないのが残念ね」

 組織の中核を担っていた人物が、簡単に出所出来るはずがなかった。それどころか死刑、よくて終身刑の方が可能性としてはずっと高かった。それが分かっているから、アルカトラズは何も言えなかった。

「……」

『何暗くなってんのよ』

 どよめきが聞こえたかと思えば、警官達を割って2つのAERASが歩いて来た。

『ただ貴女達を逮捕しただけじゃ何も変わらない。私達は平和を維持するのが仕事なの。だから貴女達の事も利用させてもらうわ』

「どういう事だ?」

『世間に同情してもらうのよ。貴女達の背景は調べてあるわ。それに加えてカウカーソス構成員の()署長の暴言があれば、カウカーソスに対する世間の視線は厳しくなるわ。だから2度と会えないなんて事はないわよ。もちろんすぐに釈放なんてないけどね』

「それは、何よりだ。お前達が出て来るまでに、私は私に出来る事をやろう。少しでもお前達が住みやすくなるように」

「ありがとう、想い人よ」

「ありがとう、愛しき人」

 帽子を目深に被ろうとし、出来ない事に気付いたアルカトラズはそっぽを向き照れを誤魔化そうとした。笑わせてしまうだけだったが。

「構わん」

 ぶっきら棒に呟かれた言葉には、見えにくい優しさがあった。


                        *


「セオさん」

 念のためにと、傷口にパッドを張っているセオをイオンが呼ぶ。傷口はほぼ塞がっているが、まだそこに傷があったと分かる皮膚の色をしていた。流れ出た血がこびり付いており、早くホテルに戻ってシャワーを浴びたいと切実に思っていた。

「どうした?」

「ありがとうございます」

 心当たりのない感謝に戸惑う。

「何だいきなり」

「まだお礼を言ってない事を思い出しまして」

「何のだ?」

「暗闇から助けてもらった事のお礼です。私はここで生きていたいです」

 光を与えてもらっていた事に気付けなかった。あの地下牢がどれだけ異常な世界で、ここがどれだけ平凡な世界なのか分からなかった。死んだ感覚が蘇り、漸く温かさを知る事が出来た。それを全部与えてくれたのはセオだった。

 お礼を言わなければ、相手は分からない。感謝の言葉を述べる事で、救ってよかった、と初めて安堵する事が出来る。自己満足ではなかった、と、救われるのだ。

「……そうか。そりゃよかった。ただ、礼なんていらんぞ。誰にでもある権利を享受する事を、少し手助けしただけだ。あいつ風に言うなら、構わんよ、だ。人生はまだ序の口だ。喜びも悲しみも、これまでの何倍も待っているんだ。それをお前は余す事なく享受していけ。それがオレにとって最大の御返しだ」

「何をすればいいのか、まだ自分では分かりません。だからこれからも教えて下さい」

「ああ。喜んで」

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