第3話その6
社会人になった方が時間を取れると言う不思議。
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「来てくれると思っていたよ、親友」
スピーカーから発せられる独特の声でありながらも、耳に心地よさを与えてくれる女声が響いた。鋼鉄の体ながらも、女性特有のラインが再現されていた。生身の肉体を捨てる事に関しては男性よりも女性の方が強いストレスを感じる事が多く、それに対するメーカーの気遣いだった。
「……」
アルカトラズは今、式典の演目の1つである艦隊式に参加すべく集結した国連宇宙軍所属の駆逐艦の内部にいた。
嘗ては軍人だったとはいえ退役した彼が軍艦に入るなど不可能な事だ。しかし彼は忍び込んだ訳ではない。係留されていた駆逐艦に正面から入ったのだ。
そんな事が出来たのは警備が1人もいないからだ。いや警備どころではない。この艦にいる全ての船員が昏倒させられていた。彼の目の前にいる2人の女性Ⅱ型によって。
兵士と言うものは、潜在的な身体能力によってその実力は大きく変わる。中でもⅡ型兵士はそれが最も顕著な存在であった。
Ⅱ型兵士の持つ最大の特徴は、目立つ外見から誤解されがちだが頑強さではない。無論、それが大きな武器である事は間違いない。彼らの最大の武器は、通常の肉体では持ち得ない内蔵機能だ。腕部に収納されたブレード、咽喉内の銃、多目的炸裂式脚部など。
内蔵兵器の最大の強みは隠蔽性にある。実際セオは、咽喉内の銃による不意打ちが原因で腹部を刺されている。皮肉にもアウターとの戦いで有効であった事で、対人でも有効である事を示してしまった。
しかし内蔵兵器がⅡ型兵士全てに扱える訳ではなかった。何故なら生身の肉体には存在していなかった部分だからだ。それを恰も元からあったかのように扱うには、努力以上のものが必要だった。才能だ。アルカトラズにはそれがなく、彼女らにはそれがあった。それを持っていた2人の強さはアルカトラズとは一線を画していた。
敵陣深くへの潜入を生業にする精鋭揃いの特殊部隊員。任務の危険度は群を抜いて高く、損耗率も同様だった。そんな部隊にいながら終戦で退役した事から、その強さが窺えるだろう。
適性試験の時に圧勝した側と惨敗した側、地面を踏み締めた者と地面を舐めた者、それがアルカトラズと彼女らとのファーストコンタクトだった。もちろん、アルカトラズは全て後者だ。
2人に連続で当たった彼は結局、その結果に関係なく内蔵兵器を扱う才能はなかった。一方で彼女達は歴代で最速の展開速度を記録した。そんな2人が何故一般兵である自分と何故付き合っているのか、彼は未だに分からなかった。エリートとそこいらにいる兵士、本来であればそれっきりの関係でしかない。だが彼女達はその試験が終わると、しょげていた彼の許へ一目散に向かい
『友人になろう』
と言ったのだ。そこには試験中の鬼気迫る女傑達はおらず、初々しい学生がいるだけだった。断ったら罪悪感がしつこくこびり付きそうだと思い、彼はその頼みを聞いた。嬉しそうに礼を言う2人を見て結局罪悪感を抱いてしまったが。
それからと言うものの、暇を見付けられては彼女達の訓練に付き合わされた。2人の戦闘能力はズバ抜けており、特に近接格闘に関しては彼が勝つ事は1度もなかった。途中で知った事だが、彼女達は双子の姉妹であった。姉妹に揃って負け続けると言う、稀有だがありがたみのない経験を積まされる事となった。
途中まではいつか勝つためにと勝敗を記録していたが、100敗を越してからは面倒になり付けるのを止めた。飛ばされたり、転がされたり、落とされたりの関係は、彼女達が件の部隊に配属されるまで続いた。それ以降終戦になるまで直接会う事はなかった。
第一線で戦い続けたアルカトラズは強くなった。激戦が彼に多くの経験を与え、それを全て己が物とした。あの時に地面を舐めさせられた自分とは違う、と堂々と言う事が出来る。だがそれは彼女達も同じ事。成長度合いで言えば、彼以上だろう。地獄を歩き続けたのだ。並大抵の者では束になったところで敵う相手ではない。
しかし彼は負ける気など毛頭なかった。負ければここが破壊される。通告があれば被害者は減らせるだろうが、その時点で数はすでに関係ないのだ。破壊されたと言う事実があるだけで、事が起こってしまえばⅡ型へのヘイトは止められなくなる。個人がどれだけ善行を積み上げようが、誰も個人を見なくなる。そうなってしまえばもう終わりだ。どうする事も出来ない。
だから必ず倒す。
「言葉は無粋、かい?」
「すでに言葉で止められる一線を越えている事くらい、貴様も分かっているだろう」
「そうだね。でも止められるかな?」
そう言うと、もう1人を残し前に出た。
「……スポーツマンシップでも蘇ったのか?」
「強ち間違いじゃないさ。フェアじゃないだろ? 私達2人を一度に相手するなんて」
どんな思惑を持っているのかは分からない。しかし2人を相手に勝つ事が困難である事は事実だった。だから彼はその提案に乗った。
彼女は威嚇するように、全身に仕込まれた兵器を展開させた。腕部と脚部のブレード、五指の先端にある極小の針、膝のスパイク、掌のパイルバンカー。近接格闘にだけ重きを置いた装備。アルカトラズの体を破壊するには御釣りが来る装備だ。その扱いに関して彼女の右に出る者はない。
そして彼女は頭も非常に切れた。目標の装備・状況、周囲の環境・状況その全てを任務成功へと結び付けられる頭脳を持った彼女は、指揮者としても稀有な才能を持っていた。
持って生まれた才能、それを最大限に生かせる技術、人を巧みに扱う頭脳。彼女は逸材と言う言葉では足りない程に優れた存在だった。
結果など見なくても分かり切ったものだった。その事を理解していながら理解していないのは、アルカトラズ唯1人。
姿を隠すさず、大仰な武器を構える事もなく、現役時代から持ち続けている愛用の単分子コンバットナイフだけを手にした。足を前後に開き、ナイフを左で横向きに順手で握り眼前に構えた。そして走り出した。
何もしない。唯真っ直ぐに走る。
ブレードの射程距離に入る。
腕が振るわれる。
アルカトラズの腕を根元から斬り飛ばす。
繰り出される拳。
止められ、バンカーで破壊。
攻防とも言えない一瞬の遣り取りで、アルカトラズは両腕を完全に破壊された。
「……こうなると、正面から来れば負けると、分かり切っていたはずだ。そうやっていつも、負けていただろう」
「……」
「君を殺す事で、私は、完成する」
「ならば貴様は未完成で終わる」
アルカトラズの着るコートの裾が揺らめいた。空調によるものではない。何かが掠めた動き。だがそれはあまりに小さく、彼女が気付く事はなかった。
自身の腹部を貫く衝撃。外装の破片が飛散する。
刺し口から紫電が奔り、アルカトラズのコートまで続いた。そこあったのはスコーピオンと呼ばれるサイドアーム。
これは内蔵兵器に分類されているが、背中に接続されると言う少し例外的なものだった。先端に鋭利な刃が付いた4本のアームで構成されており、その特徴からスコーピオンの愛称が付けられた。
脊髄を破壊された彼女は、アルカトラズに凭れ掛かるように崩れた。彼は辛うじて動く腕でその体を支えた。
「……驚いたな。いつのまに使えるようになったんだい?」
「貴様が私の所へ訪れた後だ。こうなる事は分かっていた」
「わたしに勝つためだけに……?」
「その通りだ、親友。お前を戦争の引き金になどしたくなかった」
「それは……嬉しい事だ。……話を聞いてくれるかい親友」
「ああ」
「わたしは、もう生身の肉体に戻る事が出来ないんだ」
Ⅱ型に脳を移植する時、肉体の復元のためにDNAを保管しておくと言う法律がある。だがそれで万全と言う訳ではない。保管施設が破壊されたり、ミスにより保管自体されていないと言う事がある。そうなった場合には脳殻により厳重に守られている脳からDNAを採取すると言う方法が採られる。
しかし中には脳殻のスペースを削るために、チップに記憶と人格をコピーする者もいる。その際、脳は検体として研究機関に提供される。彼女達もそうした内の1人だった。
脳がなくなる事に不安はあった。しかし刻一刻と悪化していく戦況の中で、自分に出来る事をやる、と言う若き情熱に身を焦がしていた彼女達は、自らⅡ型になる事を決意した。双子であった事が幸いし、お互いが変わりない事を早くに確認する事が出来、Ⅱ型に多い鬱病にならずに済んだ。
心身共に傷付きながらも地獄を踏破した彼女達に、突然の悪夢がやって来た。
DNAの紛失。
しかもそれはアウターの攻撃によるものではなかった。TOPを邪悪なものとするカウカーソスのテロ行為によるものだった。
それを聞かされた後、どう過ごしたのか彼女は全く覚えていない。ショックが強烈過ぎて、現実を認識出来ていなかった。ただある人物が脳裏を過った時、喪失感が津波のように押し寄せて来た。愛する者とまぐわう事も、愛する者との子供も作る事ももう2度と出来ない。
プロメテウスとの接触により義肢や人工内臓の技術は飛躍的に向上した。しかしその技術も万能ではなく、製造出来ない部分もあった。精巣や卵巣、子宮と言った新たな生命を創り出すのに必要な器官。そこだけは人工的に再現する事が出来なかったのだ。
泣いて、啼いて、叫び続けた。いつしか悲しみは、守っていた人への憎悪に変わっていった。そして気付けば、自らの歩く事も儘ならない地獄の底とへと叩き落としたカウカーソスと同じ存在になっていた。もうどうにもならない所まで来てしまった。
「何故、何故言わなかった?!」
「君には言いたくなかったんだ。わたし達が好きなのは、君だからね。それに君に言ったところでどうなる?」
「私にだけじゃない。何故それを公表しなかった。言い方は酷だが、それは世間の同情を引ける。お前達に必要なのは敵などではない。味方だったんだ。なのに、何故……」
涙がなくとも、泣いているのが分かった。こんな事をしでかした自分のために泣いてくれる事が嬉しく、そして申し訳なかった。人は親しき者の涙を見なければ、自分が犯した過ちの大きさに気付けない。悲劇と言う形でしか幕は下りない。
だがアルカトラズはそんな結末を許す気はなかった。
*
〈セオ、そちらはどうなった?〉
補填剤と応急テープで損傷部分を埋めた2人は、月面をカートで走行していた。稼働しているボーリングマシンの根元に辿り着く。操作パネルを確認すると、逆回転になっており引き抜きが行われていた。STOPのボタンを押す。微かに感じていた揺れが収まり、マシンの回転も止まる。
これでこちら側のすべき事は終わったと、少しだけ息を付いたタイミングでアルカトラズからの通信が入った。
〈ボーリングマシンを止めたところだ。2人と戦闘になりそいつらを行動不能にした〉
通信が入ったと言う事は制圧出来たのだろう、と考えていた。よくも3人を相手に勝てるものだな、と。
〈2人だと? こちらも2人だ。――――今確認したがやはりメンバーは4人だけだ〉
しかしその言葉で解れつつあった緊張が再び高まった。
映像で確認された内の1人は無関係なのか、と一瞬考えた。だが脳裏を過ったものがそれを否定した。そこにいると言う確信などない。寧ろ直感でしかなく、いない可能性の方が高かった。
「フローネ、防犯カメラで探し続けろ。アルカトラズ警察への連絡はまだするな」
専用の施設を持たない機構には捜査権はあっても逮捕権はなかった。事件を解決し犯人を確保した場合には警察に引き渡す必要があった。尤も警察は機構のお零れを貰っているようだ、と大いに不満を感じていた。
〈何故だ?〉
〈理由は後で話す。間違ってたら単なる恥ずかしい勘違いだ。お前はそこで待ってろ。もし俺が間違ってたらお前に動いてもらう〉
イオンをカートに乗れと促す。
「式典はどうなってる? 演説は始まってるのか?」
『まだ前座の催しだけよ。て言うかどこに向かうつもり?』
「警察署だ」
『理由は?』
「確かな理由なんてない。ただ」
――あのクソッタレ共をひっ捕らえるためだ
濁り切った眼。理由なき憎悪に染まっていた。
「あの署長の眼が気になるんだ」
『合理的存在の極致の私からすれば到底容認出来るものじゃないけど、少なくとも警察署から射角的に会場内のステージは余裕で狙えるわ事を考慮すれば、無視出来るものじゃないわね。演説までそう時間はないわよ、急いで』