第3話その3
初めて評価ポイントが付きました。嬉しかったです。付けてくれた方、ありがとうございます。
『本日はアルカディア発シラカワ行航宙船をご利用いただき、誠にありがとうございました。ゲートまでは無重力エリアとなっておりますので、マグネットシューズのご使用を御願いします』
発着場に入る前、遠くの方に細長い円筒形の機械が見えた。距離がありそれがすぐに何なのかは分からなかったし、知る必要もなかったのだが、何となく気になり義眼のズーム機能で見る事にした。その機械はかなり巨大なもので円筒部分が回転していた。それに沿って視線を動かしていくと微かに土煙が上がっていた。それが漸くその機械がボーリングマシンである事が分かった。何のための調査なのか分からないが、こんな日まで働くのか大変だな、とセオは自分の事を棚上げにした感想を抱いていた。
ベタンベタンと歩く度に足音が響く。塵も積もれば山となる、一斉に鳴り始めたはしかめっ面になる者もチラホラいた。しかしこれがなければ阿鼻叫喚の絵図が出来上がってしまうため仕方なかった。
中央に座っていたセオ達は乗客がある程度減ってから立ち上がった。するとシューズのスイッチを入れ忘れていたイオンが立ち上がった勢いで天井に突進してしまう。それで衝突する程鈍い神経は持っていないため、軽く天井を押し難なく戻って来た。しかしそんな様子が御上りさんに見えたのか、周囲から暖かい視線を頂戴する事になってしまった。そんな事を彼女が気にするはずもなく、セオだけが若干の羞恥を感じる事になってしまった。
ロビーに出ると、記念祭の影響で大勢の人でごった返しになっていた。観光客以外にも撮影機材を抱えた報道関係者の姿も多かった。今日の午後に行われる統一連合事務総長のスピーチの取材をするためだろう。
逸れるかもしれない、と1人で荷物を取りに行ったセオを待っているイオンは天蓋から見える漆黒の空間に目を向けていた。
何もない空間。黒が支配する空間はかつての地下を連想させた。その瞬間、強烈な寒気を感じた。息が白い訳でもない、肌を刺す冷気が吹きすさんでいる訳でもない。空調がおかしくなった訳でも、体調を崩した訳でもない。どこから来る寒気なのか分からなかった。気付けば凍えているように体を抱き締めていた。心が麻痺してい彼女には感じ得なかった恐怖。
「行くぞイオ……どうした?」
キャリーケースを手に戻って来たセオはすぐさま彼女の異変に気付いた。
「ここは……寒いです」
ただ事ではない事をすぐに悟ると、イオンの手を引いてその場から移動した。丁度よくあった休憩室に入り座らせる。すぐ近くにあった自販機でホット飲料を買い、それを彼女に渡す。伸ばされた手は震えていた。何故こんな状態になったのかセオには見当が付かなかった。
「何があったんだ?」
「……外が、あの場所と同じに見えたんです」
言葉が少ない上に抽象的だったが、何を指しているのかは分かった。セオが思っている以上にイオンの心に深い傷を作っていた。彼女から語るまで口にしないようにしていた事が、完全に裏目に出てしまっていた。胸中で自分に毒づくセオ。
「イオン、お前があの暗い所に戻る事は2度とない。お前はこれから日の当たる道をずっと歩いていける。もし不安に陥っても払拭してくれる奴らがいる。オレやゴアやバートだ。だから暗闇を怖がるな」
手を握り締める。それだけで少しだけ寒気が収まった事を不思議に思いながら、イオンはセオの手をしっかりと握り返した。セオはイオンの震えが収まるまでずっと握っていた。
「ありがとう、ございます」
不意に放たれた言葉にセオはしばし呆然とし、それが収まると仄かな嬉しさが湧き上がって来た。厚い氷に鎖されていた心が解けつつあるのだ。
「礼なんていらない。当たり前の権利を享受する事を少し手伝っているだけなんだ」
セオの言葉にピンと来ていないようだが、彼はそれでいいと思っていた。幸福が当たり前の事だと分かるのは、それを享受している時なのだから。
「やっぱり恋人さんだー!」
「こ、コラエリー、大声を出すんじゃない!」
視線を向けるまでもない。思わず出歯亀する形になり焦っていたアルカトラズと、燥いでいるエリザベス。セオは短時間の内に2度も羞恥を感じる事になってしまい、辟易とした気分になっていた。
「その、なんだ。空港内を1周して来た方がいいか?」
「……余計な気は遣わんでくれ。イオン歩けるか?」
「このままなら大丈夫です」
「……そうか。ならこのまま行こう」
各々のキャリーケースを引きながら歩き出す。端から見れば少し年の離れた恋人でしかなく、特別目を引く存在ではない。ただ青春を戦場に捧げたセオはそう言った経験が全くなく、仄かな気まずさを味わいながら出口へと向かった。
「やっぱりあの2人は恋人だったんだよ~」
「そう単純な関係ではないんだがな。まあエリーの目にはそうとしか映らないか」
「わたし達もそう見えるかな?」
「誘拐犯と被害者に見間違われるのだから見えていないだろうな」
つれない反応にエリザベスは不満げな声を上げる。彼女にとってアルカトラズは好意の対象なのだが、彼にとってはあくまで庇護すべき存在でしかない。この関係を崩す事は容易ではないだろう。
外に出た一行は大型タクシーに乗り込みホテルへと向かった。運転手はⅡ型に驚き、少女と手を繋いでいる事に更に驚いた。訝しんでいたが厄介事に巻き込まれたくないのか、口を出しては来なかった。
〈ホテルに着いたらオレ達はここの警察と合って来る。何かしらの情報は手に入れてるはずだ〉
〈私はどうしていればいい?〉
〈ホテルで待機だ。お前を連れて行くと、間違いなく話がややこしくなる〉
〈違いない〉
程なくしてホテルに到着するとフロントで同じような反応をされ、アルカトラズ本人ではなくセオの方が辟易としていた。
「いつもあんな反応なのか?」
「いつもと言う訳ではない。ただああ言う反応は少なくないな。人と言うのは声の大きい意見を多い意見と誤解するものだ。それを払拭するのは容易ではないが、必ずやり遂げるさ」
*
「やはりLFMの潜伏場所は発見出来ていませんか」
「ふん、自分達なら簡単に出来るような言いぶりだな」
「そう聞こえてしまったのなら謝罪します。現地の警察からの情報提供と協力がなければ我々とて解決出来ません」
「ふん」
鼻息を荒く付き、紙媒体の資料を投げ渡して来る。内心で嘆息しながらそれを受け取る。捜査範囲を示す鳥瞰地図とそこの捜査結果が書かれていた。シラカワでも大戦による人口減少が発生しており、昨年から大規模な区画整理が行われており立ち入り禁止になっている場所が多かった。警察はそこを潜伏場所と見ており捜査を続けていたが、成果は上げられていなかった。
「資料ありがとうございます。こちらが我々が独自に調査して得た情報です。では我々も捜査を開始します」
「貴様らの手を借りる事は非常に忌々しいが、あのクソッタレ共をひっ捕らえるためだ。大人しく使われてやる」
イヤな眼だ、と捲し立てる署長を見てセオはそう思った。彼の過去に何があったのか分からないが、Ⅱ型の友人を持つセオからすれば当然気持ちのいいものではなかった。
「では存分に」
今回の案件は殲滅課単独ではなく、現地警察との共同捜査だった。このような共同捜査は珍しい事ではない。特に今回のような人員が必要となる案件で少数精鋭の殲滅課を単独で当たらせるなど愚の骨頂でしかない。
AERASを乗せたトレーラーに乗り込むと、フロネシスが不満を露わに愚痴り出した。
『今時紙媒体って何よ? 嫌がらせ?』
「かもな。捜査範囲内の詳しい地図持ってこれるか? 建造物のも欲しい」
『分かったわ。……はい』
「……多いな。その上未調査の方が多い。虱潰しは無理だ、絞り込みしないと間に合わないぞ」
テロ予告が行われたのは、今から5日前の事だった。当然捜査員の大量動員による迅速な捜査が求められたが、予告と同時に各地で散発的なテロが発生した事で人手を集中させる事が出来なくなってしまった事や、殲滅課の出動も手続きが必要と言った要因が重なった事でこうした捜査の遅れが生じてしまったのだ。
しかしそれにしても何の成果も上げられていないと言うのは頂けない事態だった。流し読みでしかないが、痕跡1つ発見出来ていなかった。そこでセオは不意に疑問に思った事を口に出した。
「そもそもLFMの連中がここに入って来た事は確認出来ているのか?」
『流石にその確認は出来てると思うけど。一応確認してみるわね。……滞在期間を過ぎてる不法滞在者を確認したけど、その中に5人顔を市販の人工皮膚で覆ってる連中がいるわね』
2人の視界に5人の顔写真が表示される。
「ホテルは調べてあるか?」
『もぬけの殻だったみたいよ』
「そこは確認してあるか……。よしさっさと絞ろう。まず奴らの目的はシラカワの破壊だが、可能なのか?」
『うーん、可能かどうかって言われれば破壊自体は可能よ。ただ携行兵器での破壊はほぼ不可能よ』
外部と内部を隔てている遮断壁には、事故などで穴が開いた際に使用される補修用硬化剤が仕込まれており瞬時に穴を塞ぐ事が出来る。また遮断壁自体相当頑丈な造りになっており、少々の攻撃ではビクともしないのだ。理論上はミサイルなどで破壊出来るが、統一連合の御膝元のここはそう言った攻撃に対する迎撃手段も完備されており、ミサイルは元より警告を無視した不審船も即座に鎮圧されるだけだ。これは内部でも同じ事だ。
〈その話し合い、私も参加させてもらいたい。素人意見で申し訳ないが、地下からの攻撃であればどうだ?〉
〈地下?〉
〈以前書物で見たのだが、外部からの攻撃では崩せず警備が厳重過ぎて内部に侵入出来ない要塞を攻めるのに、地下道を要塞の真下まで掘進させ侵入すると言う方法が使われていた〉
〈今回の場合だと、月を掘って基礎に攻撃ってところか?〉
〈採掘現場はいくつかあるけど……どれもシラカワからは遠いわ〉
一介のテロ組織が大型兵器はともかく、採掘に使用されるような重機を持っているとは考えにくかった。
〈そもそもこの3日間は外でやってる機械は全部稼働停止にしなきゃいけいないのよ、有人無人関係なくね〉
人を休ませるならともかく何故無人の方まで停止させるのか、と彼女に尋ねるとまた面倒な団体が以前いちゃもんを付けてきたらしい。無人機械の方には簡易AI、投球で表すならばD級以下になるAIが使用されている。AIにも人権を、と騒ぐ団体はいくら解体されてもゴキブリの如く湧いて出てくるのだ。
祭を台無しにされるのが一番迷惑なため、祭の開催期間中は停止しても問題ないAIを停止させる事に決定。ちなみに団体の申し出による、と公表すると面倒になるためメディアでは都市管理AIにより決定された事として報道された。
フロネシスの言ったように月面で採掘を行っている重機は現在全て稼働を停止しているのだ。
しかしその彼女の言葉を聞いたセオは違和感を覚えていた。空港に着いた時、自分は動いている機械を見たはずだ。
〈空港周辺の外の様子分かるか?〉
〈……稼働してる機械が1台ある。それにこれ、銅管が逆回転してる。何で誰も気付いていないのよ?!〉
フロネシスは不甲斐ない、と怒鳴るが都市管理級とは言えこのタイミングでは行事と関係ない事へ割けるリソースはないのだ。では統一連合のAIは何をしているのか。一見A級AIは万能のように見受けられる。しかし真に万能であってはいけないのだ。彼らに許されている事は、自分の職務に関係する事だけなのだ。それを逸脱した行為を行うとした場合、彼らに仕込まれた自壊プログラムが作動するようになっているのだ。つまり一機械の状態など彼の仕事ではないのだ。
〈犯行予告が効いてるんだ。奴らは事務総長達を殺すと言ってる。だから内部の警備を厚くしてるんだ〉
〈でもこれで何をしようって言うの?〉
〈ともかく空港に向かってくれ。アルカトラズもだ〉
〈了解した〉
一旦通信を切り、2人は後部のプラットフォームへ向かった。着用準備を始める。脱いだ服を放るとイオンはそれを見て同じように放った。畳め、と言いたかったが時間がないため我慢した。もしかして自分のこう言う所を見て家で真似してるのでは、と彼は不安になる。
〈セオ、貴様は戦前にあったPDの事故を知っているか?〉
〈いや〉
〈接続ミスによる事故なのだが、情報に転換されたものが物質に再転換されなかったのだ〉
物質から情報へ、情報から物質へ、それがP・Dによるワープの工程だ。再転換がされなければ転送された情報は散り、2度と戻る事はない。
そんな事故があった事を彼は全く知らなかった。もし発生していたら衝撃的な事件として世界で報道されるだろう。つまり自分が生まれてからは発生していないと言う事だ。しかし彼はそんな事より、その事故の概要を聞いて連想してしまったものに驚愕していた。
〈……まるでプラネット・イーターだ〉
呻くように呟かれた言葉に、アルカトラズは冷静に告げた。
〈その通りだ。P・Eはこの事故を基に考案された兵器だ〉
〈それを今話すって事は……P・Eは簡単に再現出来るって事か?〉
〈規模は全く違うがな。それでもやり方次第では星の核を破壊出来る〉