第3話その2
どうか感想を下さいな。自分だけでは悪い所が分からないので、批判だけでもいいので感想をお願いします。
あ、あれば良いところもお願いします。
「わたしはエリザベス! お姉ちゃんは?」
「イオン・オーウェン」
「よろしく!」
「よろしく」
髪をツインテールで結った彼女は見る者を微笑ましい気分にさせる、花が咲いたような笑顔を浮かべていた。人見知りをしない性格の彼女は、子供は疎か成人にも取っ付きにくいイオンとも楽しげに話し込んでいた。話し込むと言ってもエリザベスの質問にイオンがワード単位で答えると言う、どちらが子供なのか分からないものであったが。
「元気そうにやってるようで何よりだ。相変わらず色んな所を回ってるのか?」
「ああ」
「こんなご時世でよくやる」
「こんなご時世だからこそだ。このまま我々の問題を放置していれば、人類対義体兵士の戦争が起きるだろう。誰もが分かっていたはずなのだ、一部の者達が暴走している事など。大きすぎる憎悪の声は人々に伝播していく。根拠がなくともな。今では敵だけが増えていく有様だ。少数の憎悪ならば受け流す事は出来る。だが多数の憎悪相手では憎悪でしか抵抗出来なくなる。そして出来上がるのは血で血を洗う地獄だ。誰かが動かなければ止められん」
「だから動いたのか?」
「Ⅱ型として人間として私が成すべき事でもあるし、成さねばならない事でもある」
「あの子も連れてるのか?」
「私も孤児院にいた方がいいのでは、と聞いた事があるのだが尋常ではない愚図り方をされた上に、3日間程口を利いてもらえなくなってからその話はしていない」
表情こそ見えないが、その口調には苦々しい物が多分に含まれておりご機嫌取りに苦労した事が手に取るように分かった。堅い性格のアルカトラズが子供に振り回されている事に、セオは悪いと思いながらも呵呵大笑してしまった。
「アハハハハハ! お互い子育てに苦労してるようだな」
帽子を目深に被り直し、荒い鼻息を付きながら話し始めた。
「以前教えてもらった職場に向かったら逃げるように辞めた、と聞き心配していたが杞憂だったようだな。職が職だ、どんな心境だったか分かるからとやかくは言わん。だが世話になった者達を無闇に心配させるのは頂けないな」
「耳に痛い言葉だ。情けない事だが、あんな風に辞めちまった手前どんな顔して会いに行けばいいのか分からなくてな」
「どんな顔でも対応は変わらんだろうよ。叱られるだけだ」
「……そうだな」
痛みと嬉しさの混ざった表情でそう言った。
「……さて、貴様の問題も憂慮すべき事だが、こちらの本題に入らせてもらおう」
長引かせるべき話題ではないと判断したアルカトラズは、早々に本題へと話題をシフトさせた。セオが理屈と感情の板挟みになっている事が手に取るように分かった。
「話してくれ」
素早い切り替えに彼は安心した。もし先の話題を引き摺っているようだったら、エリザベスだけ預け何も告げずに自力でどうにかするつもりだった。
「実はLFMから接触があった。私もこの接触で初めて知ったのだが、指導者は古い友人だった。接触の目的は協力ではなく、邪魔をしないでくれ、と伝える事で残念ながら計画を話された訳ではない。だが何を目的としているのかは分かる。奴らはシラカワ自体を破壊する気だ。阻止に協力してくれ」
シラカワとはクレーターに建設された人口十数万人を誇り、機構のバックボーンである統一連合の本部がある月面都市だ。もしここの破壊を許せばⅡ型兵士は完全に人類から解放されてしまうだろう。そして行き着く先はⅡ型兵士への粛清だ。善も悪も関係なく全員が殺されるだろう。
だがそれを阻止する事は、アルカトラズと指導者である友人の決裂を意味する。セオは彼がそんな理由で臆す事はないと分かっていながら、聞かずにはいられなかった。
「戦えるのか?」
「侮るな。道を違えた者を相手に躊躇などするものか」
友人だから止めるのではない。道を違えようとする同胞を止めるのだ。しかしそれと同時に気安い仲であった友をこのままにしておけない、と言う思いもあった。その2つの思いがあるからこそ、戦えないなどと言う選択肢は彼の中に存在し得なかった。
「ならいい。オレ達はこの後シラカワに向かう。席はこちらで確保しておく」
「……ずいぶんと簡単に信じるな」
ここ数年で急激に悪化したⅡ型兵士への感情。彼はそれを肌で、目で、耳で実感して来た。雑な態度で接してくるだけならばまだ良い方だ。正面から罵倒を浴びせる者、危害を加えようとする者、エリザベスを暴行しようとする者。彼がいない所では善良である者も、大きな声に感化され態度を変えてしまうのだ。一期一会の相手なら何も気にする事などない。だが友人だと認識している相手では話が違う。自分が罵倒される事が悲しいのではない。それまでの関係を高々大声で壊されてしまう事が悲しいのだ。
Ⅱ型兵士の問題が社会問題になってから友人と会うのは初めてだった。だからアルカトラズは少し恐れていたのだ。
「お前こそ侮るなよ。戦場で互いの背中を預け合った奴を信じられなくてどうする」
事もなげに言うセオ。
「……変わらぬ友情に感謝を、とでも言っておこうか」
帽子の目深に被り顔を隠し、そう言った。セオは知る由もないが、これは彼が生身だった時からの羞恥を隠すための癖なのだ。今の外見では全く分からないが、彼はかなりの恥ずかしがり屋だった。セオの言葉が嬉しいと同時に恥ずかしかったのだろう。
「エリーそろそろ行くよ」
「アルー、わたしお姉ちゃんと一緒に回りたいんだけど」
「2人が問題ないならな」
「いーですか?!」
少し離れているセオにも聞こえるようにと声を張り上げるエリザベス。微笑ましい光景だった。
「仕方ないな。デートの最中だったけど」
「デート?! 恋人なのか」
彼女をからかうために言った嘘に、何故かアルカトラズが騙される。
「……違うよ」
「え?……じゃあ……愛人?」
呆れた口調の言葉を聞いた彼女の口からとんでもない単語が飛び出す。
「お前どう言う教育してんだよ」
「私も初めて聞いたぞ! エリー一体どこでそんな言葉を覚えたんだ?!」
詰問しようとするアルカトラズと、はしゃぎながら逃げ回るエリザベス。
長い付き合いのセオが初めて見るほど狼狽していた。冷静であり、堅実な性格であり、自分に厳しく他人に優しく。そんなアルカトラズはⅡ型兵士でありながら女性兵士からよく好意を持たれていた。男気にも溢れており、同性からも好かれている人物だった。
その面影は今一切なくなっていた。果たして彼に惹かれていた女性達はどんな反応を示すのだろうか。セオとしてはいつも緊張を保っていた彼がここまで狼狽えている所を見るのは存外に楽しかった。
「さあどこで知ったのか正直に話すんだ!」
「アルがいない時に見たテレビ」
「む、むう」
原因が自分にもありあまり強く出られなくなっていた。彼が生身だったならさぞ困った顔をしている事だろう。
「知ってしまったものは仕方ないが、あまりそう言う言葉を外では使わないように」
「そう言う言葉って?」
「……」
「アハハハハハハハハハ!」
彼が睨み付けるが照れ隠しで睨まれたところで怖さなど全くなかった。
*
一緒に回る許可を貰ったエリザベスはイオンの手を引き、群衆の中へと勢いよく突っ込んでいった。幼児2人だけでは心配だと言うかもしれないが、2人とも意味は分からずとも言われた事は守るため「知らない人に付いていかないように」と厳命したので大丈夫だろう。
アルカトラズは彼女が同年代どころか同性と遊ぶ事さえない出来ない事を気にしており、友人を作る丁度いい機会だと考えていた。セオも彼女が素直な子供触れ合う事は情緒を養ういい機会だと考えていた。特にエリザベスのように活発で好奇心旺盛な子供は何でも聞きたがるので適任だった。
「お姉ちゃんは何の仕事してんの?」
ツインテールに結わえられた髪が本人の機嫌と呼応するように動く。活発そうな女の子と死んだ目の美人と言う組み合わせは、擦れ違う人々の好奇心を刺激する存在だった。
「広域平和維持機構の殲滅課にいる」
「なにそれ?」
「……悪い人を倒す仕事?」
「へえー。強いの?」
「普通の人よりは」
「アルよりは?」
「……誰?」
「さっきまで一緒にいたじゃーん」
「Ⅱ型の人の事?」
「そうそう。アルはねわたしのヒーローなんだよ」
彼女の生まれ故郷の状況は今も昔も凄惨な有様だった。環境を無視した兵器による汚染は、惑星そのものを死に至らしめている。そこにいても即死する訳ではない。しかし早死にする事は間違いなかった。
そんな環境の惑星でも人はいた。但し脱出する手立てのない者、流れ着いた犯罪者だけ。ここに連合の手は届いていなかった。だから彼らは自分達の手で生き延びるしかなかった。崩壊した軍の基地から使える物を掻き集め、フィルターを作り上げ地下へと逃げた。いつ崩壊するかも分からないコミュニティを作り細々と生きていた。エリザベスが生まれたのもそんなコミュニティの一つだった。極貧の生活ながらも皆それなりに幸せを感じながら生活していた。そんな彼らが襲撃されたのは、さして珍しくもない茶飯事だった。奪える物を全て奪い破壊出来る物を全て破壊していった。彼女はその時の事を詳しく覚えていない。ただ自分の世界が暴虐の悪魔により破壊し尽された事は覚えていた。抗えない事を幼いながらも理解した彼女は、絶望も恐怖もなくただ諦めていた。
そうして創り上げられた諦観の世界を壊し、光を与えたのがアルカトラズだった。それこそ些事のように悪魔を退治していった彼は正しく彼女にとって英雄だった。助けられた事を理解した彼女は初めて泣いた。自らの世界が破壊された事への恐怖と絶望と哀惜の悲泣。そんな彼女を彼はずっと抱き締めていた。
「アルはわたしに色んなものをくれたの。だからわたしはアルが大好き」
臆面もなくそう言い切れる少女は清い美しさを感じさせた。
「お姉ちゃんはおじさんとどう会ったの?」
今度はそちらの番だと言わんばかりに急かすエリザベス。彼女なりにイオンと自分が似通っている事を感じたのだろう。
「私は……」
どんな出会いだったのか、などと聞かれた事もなかった。大抵の人間は彼女を見ればどんな境遇だったのかある程度想像が付くため、触れる事は一種のタブー扱いだった。
彼女に問われた事でイオンは自分の嘗ての境遇について考えてみる事にした。
自分は短期速成人として生まれ戦場に出るはずだった。しかしラボが攻撃を受け崩壊した事で自分を除く全員が死亡したらしい。そして終戦し、マフィアに発掘されるまで眠っていた。久しぶりに見た光景は暗く生気を感じさせない、檻がいくつも広大な地下の空間だった。そして人を護るために造られた私は、生きるために人を殺していった。明くる日も明くる日も終わらない殺し合いと刷り込みとの矛盾に、世界が色を失っていった。何もかもが白黒になっていた。肌も血も暗闇も同じ色だった。そして何をするにも苦しさが伴った。生きている事さえも。いつしか当たり前のように死にたいと思うようになっていた。
セオと初めて会ったのは地下室だった。捕まった浮浪者だと本人は言っていた。よく話し掛けられたが何を話したかなどまるで覚えていない。ただ外に出たいか、と聞かれた事だけは覚えている。何て返したのか覚えていないが、現状を見ると出たいと答えたのだろう。何故そう答えのかは分からない。死にたいと思っていたはずなのに。
外に出てからの事はよく覚えている。見た事のないものばかりで一々驚いていた。セオに連れられ初めて行ったレストランは味が濃すぎて食べられなかった。寝具は柔らかすぎて落ち着けず床で寝た。
今の生活が楽しいか、と聞かれれば分からない、としか言えない。
……そう言えばこの思考で初めて気付く事が出来たのだが、世界の色が鮮明に見えていた。赤は赤に、青は青に、白は白に、黒は黒に。そして常に感じていたはずの苦しさも感じなくなっていた。いつからそうなっていたのかは分からない。私にとって外に出てからは息を付く間もない程に状況が変わっていった。
「……私も助けてもらったのかもしれない」
「うんうん。やっぱりね。ちゃんとありがとうって言った?」
「……言ってない、と思う」
「ちゃんと言わなきゃダメだよ。言わないと助けてくれた人が色々考えちゃうから」
「分かった」
「よし! じゃあ難しい話も終わったし色々食べよう!」
「甘いのなら」
「しょっぱいのとか、辛いのとかも食べないと」
「甘いのなら」
「ダーメー!」
不幸から幸福へと世界を新たに作った者同士の2人は仲睦まじく手を繋ぎ歩いていった。
そしてその後ろを顔に傷を作ったガタイの良い中年と、全身コートのⅡ型兵士と言う物騒な組み合わせが歩いていた。