10話「ドワーフの国へ」
悪夢のような時間が終わり、ヒアは立ち止まった。強い風の吹く中猛然
と佇むヒアの姿は王者の風格を兼ね備えている。
浮いては沈みを繰り返して気持ち悪いが、俺は顔を上げて周りを見渡し
た。
そして見なきゃよかったと思った。
「怖い怖い怖い怖い怖い怖いごめんなさいごめんなさいごめんなさい降ろ
して降ろして降ろして降ろして」
なんか壊れた。
開放感みたいなのを感じてふと下を見ようと視線を下げていったら広大
な森の木がちっぽけに見えた。
そしたら、瞬時に頭を抱えて体が震え出したのだ。
子猫たちがいたから前屈みにはなれなかったが。
「あはは、ゆ、勇太高いところがに、苦手なんだ~。わ、わたしはぜーん
ぜん平気だニャ」
後ろからミリーの声が聞こえるが、今はそれに構っている余裕はない。
後ろから強く抱き締められ背中でなにか柔らかいものが次々に形を変えて
いるが気にしな…………去れ、煩悩。
と、そのときヒアが鳴いて、動いた。
ミリーが震える声で通訳する。
「え、えっとね、『前を見て。ドワーフの町』だって」
それを聞いた俺は顔を上げた。
先ほどと景色が変わり、周りが高い崖で囲まれ、平たい皿のように真ん
中がくぼんだ大地が目に入った。
そこには一階建てと思われる建物が並び、道らしきものまで見える。
真ん中にはやや大きめな建物がある。あれってこの町の町長の家とかか
な?
全体的に土や金属で出来た町並みは硬質な感じを受ける。
「なんかカチコチって感じのところだね~」
ミリーがいつものやんわりとした声に戻ってそう言った。
だが、俺の体に回している腕は震えている。
……強がっているのか? 可愛いところもあるんだな。
と、俺の心に余裕が出来始めたときヒアが鳴いた。
あれ? なんか嫌な感じがするな……
俺は回されている腕の力がより一層強まったミリーに通訳を頼んだ。
「……なんて言ったんだ?」
「……『行くよ』だって……」
ミリーがそう言った瞬間ヒアが動きだし、俺は長い浮遊感を味わった。
「はぁ……はぁ……」
俺たちは崖から降りて(落ちて)地面に辿り着くと岩陰に隠れた。
いや、降りてくる時点で丸見えだったから意味ないじゃん! と思った
が、もう後の祭りだ。
いきなり魔物が入ってきたんだ、すぐに町の兵士とか来るだろう。
こなくても、魔物が来たほうからやってきた余所者の俺らを入れてくれ
るかなぁ……
【ヒアの人化を許可しますか?】
ん? どういうことだ?
いまさら人に戻ったって怪しまれないか?
てかその前に俺らの格好の時点でアウトだろ。
膝まで隠すベンチコートを着るミリー、秘部がなんとか隠せているくら
いの長さのTシャツを着ているヒア(人化しているとき)、そして上裸の
俺。うん、腹は出てないな。
マスルル王国(だっけ?)のときは警戒しすぎだと思ったけどやはり快
く迎え入れてくれることはないだろう。
そんなことを思ったが一応ヒアを信じてみることにした。
「OK、戻っていいぞ」
OKという言葉が聞きなれなかったのか一瞬疑問に思ったようだが、許
可されたというのは分かったようで黒い靄がヒアを包んだ。
そして現れるTシャツ姿のヒア。相変わらずきわどい格好だな。
ヒアは人化するといつもの真面目そうだがどこか抜けてる顔をして棒立
ちから動かない。
俺は慌ててヒアの手を引いて岩陰に座らせる。悪いことしていないのに
悪いことをしている気分だ。
手を引かれて岩陰に座ったヒアは頭にハテナマークを浮かべてこちらを
見てくる。く、そのあどけない仕草がこうグッとくるよな……
俺は小さな声でヒアに説明する。
「今俺らが行ってもダメだろ? きっとヒアの獣化の状態を見られてるし
、その方向から来た俺らなんて警戒されるし最悪マスルル王国の時みたい
になるぞ」
だが、ヒアはコテンと首を傾けて俺の言っている意味が分からないとで
もいっているようだ。
ヒアは首を傾けたまま口を開く。
「……もうヒアは人だよ?」
あ、ヒアって一人称自分の名前なんだぁ~…………ってしっかりしろ、
俺。
え? これって大丈夫なパターン? ドワーフってウェルカムな人たち
なのか?
いやいや、さすがに魔物がいてそこから無傷で、しかも変な格好をして
来たやつらを快く向かえるなんてないだろう。
あれ? ヒアって意外に残念な子なのか?
あ~、そういえばヒアは普通に魔物だったな。あまり知能は高くないだろうし。だから人になれば人の国に入れると思っているのか?
ま、そこらへんはおいといて、これからどうするか。ヒアみたいに堂々と町に入るのは無理な気がする。
てか周り見渡して気づいたんだがちゃんと出入り口らしきところがあるじゃないか。まあ、ここで食料を育てるのは厳しそうだし外と貿易は当然するから出入り口くらいあるよな。
つまりそこからじゃなく変なところから入ってきた俺らは完全な侵入者。言い訳なんぞできましぇん。
じゃあ、俺たちはどうすれば…………ああああ! 分からん!
俺が頭を抱えて悩んでいると子猫たちが心配そうに俺を覗き込んでいるのが目に入った。
俺を心配してくれてるのか……嬉しくて涙出そう。
なんかこういうの見るとペットみたいな感じだな…………ペット!
「おい! ヒア! 獣化して行くぞ!」
俺の言葉に疑問を持ったようだが、素直に獣化してくれた。
黒い靄がヒアを包み、霧散すると漆黒の毛を持った黒豹が現れる。
「よし! ヒア、今からお前は俺のペットな。俺の言うことはしっかりと聞いてくれ。だが、もし襲われそうになったらすぐに逃げろ。いいな?」
俺がそう問うと獣になっているヒアはその大きな頭をコクリと動かした
。
と、そのとき腕が引っ張られた。こんなことするやつはあいつしかいな
いよな。
「ねぇねぇ勇太。私はどうしてればいいの?」
キラキラとした目で俺を見つめるミリー。最近命令をねだったり、俺の
言うことをちゃんと聞いたりするミリーが犬に見えてきた。
俺は俺の腕に抱きついているミリーを剥がして答える。
「ミリーは大人しく俺の隣を歩いていればいい。…………だが、一つだけ
やって欲しいことがある」
俺がなにもしなくてもいいと言ったらしゅんとしたので一つだけお願い
事を頼むことにした。
ミリーは尻尾をぶんぶんと振って俺の言葉を待っている。お前は犬か。
「なに? なに? 私になにをして欲しいの?」
「ミリーはな、人と会ったときに人見知りのフリをして欲しいんだ」
出来るだけ幼く、と言おうと思ったが元があれなので平気だろう。
なお、人見知りのフリをさせるのはミリーに余計なことを喋らせないた
めだ。すぐ口を滑らせそうだからな。
俺はミリーが頭にハテナマークを浮かべているので簡単な指示を出した
。
「まずは知らない人がいるところで大きな声で話さないこと。そして、人
と対面したときミリーは俺の後ろに体が半分以上隠れるようにすること。
これだけだ」
「は~い、わかった~♪」
右手を挙げ、子供のように言うミリー。本当に天真爛漫って言葉が似合
うよな。
よし、これでだいたいオッケーかな。出来れば長い木の棒に尖った石を
つけて槍みたいのも作っておきたかったがしょうがない。
「よし、ヒアに乗って行くぞ~」
俺はヒアに跨り、背筋をピンッと伸ばした。うん、さまになってるな。
上裸で大きな動物に跨る俺はまさにジャングルの王様だろう。あ~ああ
~って叫びたい。
ミリーと子猫も乗ったところでヒアは岩陰から出て町へと歩き出した。
「なんだ、飼いならせてるならいいぞ。ようこそドワーフの国『テッケル
』へ!」
町だと思ってたのは実際国だった。
入り口などはなくて、そのまま町に入れそうだったんだが、まあやっぱ
り見回りの兵士さんたちに止められた。
でもどうよ、俺がそこの森でずっと過ごしていて都会進出とか言ったら
信じてくれた。いや、都会て。都会って言葉あるんかい。
ヒアのことも、意思疎通が出来ると言って実際に見せたら信じた。ちな
みにヒアに攻撃しようとするやつは殺っちゃっていいって言ってるから、
と言ったら青ざめた。
服がちぐはぐなことは、お母さんの形見なので……で通った。
まあ、なんだ。入れたからいいんだが…………
「みんな人を簡単に信じすぎだろ!」
俺の叫びに驚いた人々が兵士を呼びそうになったので必死に止めた。
読んでくださりありがとうございます




