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最強パーティの専属荷運び人  作者: 智慧砂猫


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第48話 怪物は嵐を連れて

 怒り任せに叫んだ言葉は人々を騙してきたスカンダリの実態を知らしめた。魔族との共存ではなく、魔族との支配を望む彼の言葉は大勢の人間を失望させ、怒りを湧かせた。それでもまだ誰も入ってこないのはレオの結界が隔絶しているからに過ぎない。ひとたび解けば、瞬く間に雪崩れ込んでもおかしくなかった。


「あ、あ、ありえん……! おい、ルアリ、お前がさっさと始末していればこうはならなかったはずだ! 裏切りを嫌うお前が俺を裏切るのか!?」


 ルアリは聞く耳を持たず、むしろ突っぱねてみせた。


「貴様の命を保証したのは人間共を駆除した後の話だろう。失敗した計画まで後ろ盾としてついてやる理由はない。ここで死ね、スカンダリ」


「お、おのれ……。やはり薄汚い生き物だ! 魔族なぞ滅び────」


 クローディアが剣を槍のように投げ、スカンダリの頬を掠めた。

 吐こうとした言葉は、驚きと恐怖にぐっと喉の奥へ隠れた。


「もうやめましょう、兄様。あなたの政治がどれだけの人間の命を奪ったか、まだ分からないのですか」


 全員が、えっ、と目を丸くしてクローディアを見た。

 兜を脱いで床に転がした瞬間、スカンダリが口端を咬んで血を流す。


「く、クローディア……! 生きていたのか!?」

「ああ。馬車から突き落とされたおかげで、自由に生きられたよ」


 ずっと身分を隠してきた。気付かれれば今度こそ命を奪われるから、自由に生きるためには違う自分でいなければならなかった。大切な母親がくれたクローディアという名前だけを持って、冒険者として。


「シレント殿、今まで隠していてすまない。やむに已まれぬ事情もあった。……だがそれも今日までだ。皇太子スカンダリ、貴殿の傍若無人な振る舞いを、このクローディア・セクエンス・フォン・ディナモスが告発する。実の妹を手に掛けようとしたばかりか、多くの臣民の命を奪おうとした暴虐を許すわけにはいかない」


 エッセレという人質を奪われ、身動きの取れない暴君は失脚する。今、この瞬間からスカンダリは皇太子の仮面を剥ぎ取られた哀れなひとりの男になった。


「さあさあ、エッセレちゃんも助けられたことだしボクらも引き上げよう。この後、城がどうなるかは……」


「吾輩が残ろう。同じ皇族でも立場は真逆だ。少しは人々の役に立つ」


 既に皇族としての威厳は失墜した。機を以てスカンダリの処刑を執り行わなければならない。生かすことは誰も納得しない。だから、せめて妹として介錯くらいはしてやりたいと思う。命を奪われかけた実妹の最後の情けだ。


「じゃあ、僕たちはエッセレさんを連れて出よう。ルアリはどうする」

「話がしたいんだろう。我は敗北者だ、貴様らと一緒に────」


 突然、開いた壁の向こうから棘の付いた鉄球が飛んできた。その場にいた誰もが気配にすら気付かなかった一撃がルアリの頭部を形も残らないほど簡単に潰して、その肉片だけが壁にぐしゃりと痕跡だけを残す。


「オイオイオイオイ……。何勝手なことをしようとしてやがるんだ、ルアリよォ。敗けちまったら潔く死ね。懐柔されようとするなんざ呆れちまうぜ」


 瓦礫を蹴って退けながら入って来た怪物にシレントは顔を青くする。無精ひげを擦りながら、飄々とした顔つきがその場にいる者たちを一瞥した。


「こりゃまた、ぶったまげた。知ってる顔がいやがるじゃないの」


 ニヤリと笑ってシレントを捉えた。ぐいっと鉄球を引っ張って手に戻し、ぐるりとホールを見渡して、フッと鼻を鳴らす。


「まったく、だらしねえなァ。ゼロに心酔してたわりにゃあ、たったこれだけの人数相手に開けた場所で敗けちまったのか。魔族が聞いて呆れちまうわ」


「なんで君が此処にいるんだ、ドルハダス……!」


 冷静さを保とうと早まった鼓動を落ち着かせるのに、呼吸を整えながら問いかける。ドルハダスは廃都インサニアにいたはずの魔族じゃないか、と。


「俺があの場所に閉じ込められてたとでも思ってんのか。ありゃゼロとヴォリーダの領域だ、俺とは違う。……で、あんまりに退屈なんでちょっと顔を見せにきてやったのよ。まさかルアリが敗けるとはな。いやはや、面白ぇこともある」


 倒れたルアリの死体を踏みつけて、ドルハダスは愉しそうに笑った。


 彼の持つ威圧感は廃都にいたときのそれとは違う。もっと黒く染まった悪意そのもの。今にも全員を殺しかねない、本物の殺気だった。


 誰もが警戒して動けない中、時間を稼ぐべきだと判断したレオが最初に動こうとする。魔力の糸で捕えようと手を構えた瞬間、巨大な手が彼女の頭部を掴んだ。ルアリとはけた違いの俊敏さに対応できず、そのまま持ちあげられた。


「ぐ、あ……! はなせ、この……!」


 必死にじたばたとするレオの頭を掴む手が、ゆっくり締まっていく。


「前にヴォリーダと戦ってたチビだな。見てたぜ、あんたの戦いは。……拮抗してるつもりだったか? そりゃ残念、そもそも俺たちの相手じゃねえんだよ」


 シレントが止めようと背後から飛び掛かると、引っ張られた鎖が鉄球を持ちあげて背後から襲った。クローディアもまた、剣を回収して斬りかかろうとしたが、刃はドルハダスの着ているローブさえも裂けなかった。


「ひっひっひ……無理だぜ、嬢ちゃん。基本はなまくらなソイツが役に立つわけがねえ。俺たちよりも時代の古い聖剣サマはとっくに現役引退してんだよ」


 掴んだレオの頭がミシミシと悲鳴を上げ始める。痛みが強まっていき、悲鳴をあげて暴れる彼女を救おうとシレントが目を付けたのは、ルアリの腕だ。鉄球で頭から肩まで潰れて、千切れかかった腕を引っ張って、尖った爪をドルハダスに投げた。


「レオを放せ、ドルハダス!」


 だが。鉄球の一撃を貰って視界が眩んでいたのもあってか、咄嗟に投げつけたルアリの腕は、その爪をドルハダスの頬に掠らせただけだった。


「放すわけねえだろ。ルアリの仇ってわけじゃねえぜ、敗者の末路は死だけだ。だが俺たちは戦う気満々だってのに寝返ろうとした阿呆の抜けた穴は、きっちり埋めなきゃならねえ。ひとつ貰ってくぜ、命」


 ぐしゃりと。あっけなく。まるで果物を潰すように簡単に。


 血が飛び散り、どろっと垂れて床に零れた。先ほどまで抵抗していたレオの身体がぴくりとも動かず、ぶらんと吊るされた死体のようだった。


「逃がしたくせにたった数日で手のひら返しに思ったか? 俺は端(はな)から対話なんぞ望んじゃいねえ。あのときのは気まぐれだよ。ルアリの計画も潰れちまったんなら、俺たちが大人しくしている理由はなくなったんでね」


 シレントはただ呆然と、整理がつかない心で尋ねた。


「大人しくしている理由がなくなったって……?」

「おお、そうだ。どうして俺みたいに目立つ奴が此処にいると思うかな」


 結界が外部との音を遮断して騒ぎを最小限にしつつ、皇宮の建物自体を音響装置に変えたことでレオの魔法は成立した。つまり、未だに皇宮の敷地以外は静かで、なんの音も聞こえない。魔法が消える、今この瞬間までは。


「俺の封印は早々に解けてる。それがどういう意味か、馬鹿でも分かるだろ。────おっ始めようぜ、戦争って奴をよ」


 壁に開いた穴の向こう。町の景色が晒される先で、轟音が響く。悲鳴が、断末魔が聞こえる。大小さまざまな魔物たちが町へ侵入して人々を襲った。


「狩る側から狩られる側に立つ気分はどうだ。頼りの仲間も死んじまって絶望してるか。だが、言ったよな。俺たちの間にあるのは弱肉強食。どちらが強く、どちらが弱いか。生き残りを賭けた戦いだけだ」


 じゃらじゃらと鎖を巻き、鉄球をぐるんぐるんと回し始める。


「次はそっちの体力の残ってない騎士サマをぶっ殺そうか」


 振り抜いた鉄球はクローディアに当たらなかった。動けない的を前に、立ちふさがった女が、その眼鏡が割れても構わず、鋭い視線で睨めつける。


 その姿に一番喜んだのは、ドルハダスだ。


「────ひひっ。やっぱてめえは殴り甲斐があるぜ、エッセレ」


 エッセレはやはり殴られても、びくともしない。堂々と立って鉄球を地面に転がす。僅かに傷ついた頬を親指で擦れば、すぐに治った。


「私にそういう趣味はありません。……シレント様!」


 驚いて固まっているシレントの名を呼び、叫んだ。


「今すぐクローディア様とレオ様を連れて撤退してください! 私なら少しは時間稼ぎができます! ここで戦っては駄目です!」


「で、でも……それじゃあ君が────」


 狼狽えるシレントに、エッセレはぎろっと見つめて怒鳴った。


「所属は違っても私は仲間でしょうが、少しは頼りなさい! それが嫌なら依頼します、荷運び人! 怪我人を連れて出なければ私があなたを殺します!」


 見捨てろと言われているようなものだ。シレントは握った拳を震わせたが、その迷いを断ち切ると黙ってクローディアとレオを担ぐ。


「……ちゃんと逃げてくれよ、エッセレさん」


 駆けだすシレントの背中を振り返らず、エッセレはまっすぐ立ちはだかったドルハダスを前に、大胆不敵な笑みを浮かべてみせた。


「ふふん、もちろん。────死ななきゃ逃げてやりますよ」

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