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最強パーティの専属荷運び人  作者: 智慧砂猫


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第43話 教育

 アルバートに連れられて舞台へ向かう。これまでは遠巻きにシレントたちの動向を窺っていたような者たちまでもが釘付けになった。


 個人的な理由でアルバートに会える人間など限られている。ましてや、舞台に立つときの衣装を着ていれば、これから戦うのだと分かる。そんな名誉が、無謀が。罷り通る彼らのことがとても気になっていた。


「すごいんだな、お爺さんは。闘技場最強とは聞いてたが」

「はっはっは。私より強い子が闘技場に来ないだけだよ」


 闘技場の受付で舞台の使用許可を取ると、鍵を借りて関係者用の入口を進んだ。空っぽの舞台は大理石を魔力を混ぜて作られた頑丈なもので、千人以上が入ってもまだ余裕がありそうなほど広かった。


「おお……。僕は闘技場が初めてなんだが、こんなに広いんだな……」

「我輩も来たのは三回目くらいだ。こっちは第二闘技台だろう?」


 アルバートが煙を吐いて感心したように笑みを浮かべた。


「よく知っているね、お嬢さん。その通り、こちらは第二の方だ。私以外にも大勢の闘士が此処で戦うが……上位百名からなる『ランカー』と呼ばれる者たちが命懸けで殺し合う場所で、選ばれた人間しか立てない舞台だ。観戦チケットを取るのもひと苦労だと聞いてるよ。皆、人気者だからかな」


 下らない冗談だ、とレオがあくびをする。


「じゃあボクは暇だから観戦席で待ってるよ。どうせ二人とも戦うんだろ」


 アルバートは葉巻を片手に肩を小さく揺らして笑う。


「どちらも戦う理由があるはずだ。優しい君では彼らの教育などはとてもできまい。その代わりをしてあげるのだよ。高いウイスキーをまた持ってきてくれ」


「酒は止められてるんじゃなかったっけか、お爺ちゃん」


 ニヤリと返されて、アルバートは肩を竦めた。


「この歳まで生きたのだ、我慢してまで永らえたいとは思わんよ」

「なら土産に持ってきてあげよう」


 そう言ってレオはシレントたちの肩にぽんと手を置き────。


「人生経験豊富なお爺さんが色々と教えてくれるとさ。手を抜かずに全力で挑みたまえ。今までの誰よりも、彼は躊躇がないってことを頭に叩き込むんだ」


 忠告を済ませ、さっさと観客席に移る。二人は途端に緊張して固唾を飲む。


「わ、我輩から行こう。斯様な者であれ、そう簡単に敗れるつもりはない」

「ああ……うん……。僕はしばらく離れてるよ」


 シレントは邪魔にならないよう舞台の隅に移る。

 紛れもない強者の気配とレオのお墨付きに、どんな老人なのかと興味が湧く。


「仲が良いようだね」


 老人の穏やかな言葉にもクローディアは油断せずに剣を構えた。


「我輩たちは互いに信頼している。貴殿にとってはレオ殿がそうか?」

「いや、彼女の場合は腐れ縁のようなものさ、お互いに」


 コートのポケットに突っ込んでいた黒い革の手袋を嵌める。咥えていた葉巻をつまみ、ひょいっ、と投げ捨てた。床に落ちた葉巻の灰が折れて小さく燃える火がふわりと舞った瞬間を合図に、クローディアが仕掛けた。


「貴殿に騎士道を示す必要はない、勝たせてもらう!」

「一矢報いれば満足だと言わんばかりの顔だったのにかい?」


 振り下ろした剣の先にアルバートはいない。

 わざとクローディアの背に寄りかかって、中折れ帽の位置を整えた。


「なんという速さを……」


 一歩前に出て、身体を預けていたアルバートの姿勢を崩し、振り向きざまに剣を薙ぐ。しかし、彼は一切の抵抗なく流れるように地面へ倒れて躱す。


「ハハッ、姿勢を正そうとしていたら斬られていた────おっと!」


 頭上から切っ先が降りてきたのを見て、くるりと転がって避け、片手で自分の身体を跳ねさせて体勢を整える。いつの間にか投げていた帽子を掴んで頭に乗せ、ほんの僅かにずれた手袋の裾を引っ張った。


「使いすぎて伸びてきたかな。また新しいのを買わないと」


 思わずクローディアも感情的になって、声を荒げた。


「貴様、我輩を馬鹿にして────あっ!?」


 視界が広がっているのに気付いて、顔をバッと触れる。身に付けていた兜がない。瞬時に探し、見つけたのはアルバートの足下。彼はそれを踏みつけた。


「窮屈そうだったから脱がしたのだが、まさかこれがないと戦えないかね?」

「くっ……! どこまでも虚仮にしてくれる……!」

「いやはや、すまない。その表情を見ると素顔を晒すのが得意ではないようだ」


 兜を靴に引っ掛けて軽く浮かせると、顔面を狙ってボールのように蹴った。風を打ち抜く砲撃が如き勢いが迫り、クローディアは咄嗟に剣を両手にして盾の代わりにしようと構えたが────その兜と同時に迫る男の姿に目を見開く。


(いくらなんでも常識外れが過ぎるだろう、この老体で!?)


 兜は意識を逸らすためのブラフ。がら空きの身体に掌が触れた。


 軽く。かなり軽く触れただけにも関わらず、クローディアの身体が浮き、くの字に曲がるほどの衝撃が走った。たった一撃が瞬間的に意識を飛ばす。


 遠く、闘技場の壁にぶち当たると身体はめり込み、意識を奪われて脱力した身体がずるずると床に落ちていく。


「フム、弱いなりにはよく耐えたね。今のでまだ完全に気を失っていない」

「……ぐ、う……私はまだ、戦える……!」

「やめておきなさい。此処で死ぬつもりなら別だが、仲間は気遣った方が良い」


 虚ろな目でシレントを映したクローディアは震える手から剣を放す。


「それでいい。君はそもそも装備に頼り過ぎだ。確かに君の手にしている剣は見た目と違って優れたものだ、私にもわかるよ。だが、その強さに甘えて君自身は追いついていない。武器に振り回されていては勝てるものも勝てない」


 クローディアが、ぎりっと歯を鳴らす。


「ならば、どうすればよかった。私は魔族との戦いで、同じように死にかけた……。だが武器に振り回されるなど、意味が分からない……」


 その手に握って何千、何万と素振りをしてきた。体の一部のようにさえ感じるほど聖剣は手に馴染んでいる。なのに振り回されていると言われて納得がいかない。やるべきことはしてきたつもりだった。


「ああ、君の考えは間違っていないと思うよ。剣を握って何万回と重ねてきた努力は裏切っていない。だが、実戦経験が少なすぎる。────君、これまでまともに戦ってきたことがないんじゃないかね?」


 今まであらゆるパーティで過ごしてきて、いつも姫のように扱われてきた。戦闘に参加できたことは、ほとんどなかった。倒せる魔物がいるときだけ、まるで獲物を与えるかのように戦わせてもらえた。


 だからレアナたちを見たとき、すぐにその差には気付いた。今まで一緒だった誰よりも強いと。自分が役に立てるかどうかさえ不安になった。与えられた称号は同じなのに、明らかに何歩も前を進んでいる。それでもよかった。自分を必要としてくれることはあると正当化して思いに蓋をした。


 そんな生き方を、たった一度、ほんの少し手合わせしただけで見抜かれた。その事実が、首を絞めているように息苦しくなり、涙が溢れてしまった。


「おや……泣かせるつもりはなかったのだが」

「す、すまない。どうしてか止まらなくて、私はただ……」

「皆と一緒にいられればそれで良かった?」


 問われて、涙を拭いながら悔しそうに頷いた。

 老人はその生き方を決して馬鹿になどしない。


「君の在り方は良いことだよ。友達を大事にしようという気持ちは、人間はなかなか持てないものさ。妙なところでライバル意識が働いたり、些細なことで好きだったものが途端に嫌いに変わってしまう。その道は君を善人に育ててくれる」


 目の前で屈み、目線を合わせながらアルバートは優しく微笑む。


「でも君のそれは今のままでは叶わない。お互いに信頼していても、背中を預け合えるほど実力が伴っていないのなら、いつか君の大切な人は死ぬ。あるいは君自身がそうなるかもしれない。もっと経験を積むことだね。命懸けの戦いを経験すればいい。それが君の将来を守ってくれる刃になるだろうから」


 ばしっと膝を叩いて立ちあがったアルバートは彼女に背を向けた。


「君に教えられるのは此処までだ。次は彼を見てあげないと。────あっちは、ちょっと君よりも重症に見えるからね」

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