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【エッセイ】セコム vs 野生の私

作者: 長月かよ
掲載日:2026/05/31

社会人の恋愛小説を書くようになって、

働いていた会社を思い出すことが多くなった。


私は昔、一軒家を事務所にした会社で働いたことがある。


いつも一番乗りの出社だったので、

鍵を開けたらセコム解除をするのが日課だった。


その会社は、三階建ての西洋風の広々とした一軒家で、玄関のすぐ隣に洗面所。

少し先に、台所へ続くドアがある。

その台所の壁に、セコムのセキュリティ操作盤を設置していた。


困ったことに、社長の私物が散乱していて、

台所に一番近いドアが封鎖されている。


なのでいつも、家の中央にある階段をぐるりと迂回するように、

廊下を一周して台所へ向かわなければならなかった。


朝。玄関前でいったん深呼吸をする。


鍵を通して玄関を開けた瞬間、私の戦いが始まる。


時間制限のカウントダウン。


「早く解除せよ!」と言わんばかりの電子音と共に、私は駆け出す。


玄関で靴を脱ぎ捨てる。

応接室や事務室を全速力で駆け抜け、やっとの思いで台所へたどり着く。

そこでようやく、スティックキーを差し込むのだ。


そこまでいくのに、毎回フローリングで滑って転んだ。


「ズサーーーッ!」っと真横にスライディング。


誰もいない事務所に響く、

出社一番目の女、無様な転倒音。


防犯以前に、社員の身が危険にさらされていた。


急げ。でも滑る。急げ。でも転ぶ。


何度、つるつるのフローリングに足を取られたかわからない。


そして私は、ついに気付いた。



――二足歩行だから転ぶのでは!?



その日から私は、靴を脱ぎ捨てた瞬間、四足歩行へ移行した。



ハイハイである。



手の平から伝わるフローリングの冷たさが、眠っていた野生を呼び覚ます。

獲物を狙う獣のように視線を低く保ち、最短ルートを見定める。


気分は馬か。いや、チーターか。


膝と足裏を器用に使いこなすのがポイントだ。

両手両足で爆速移動すると、驚くほど滑らない。


急かす電子音は、もはや私を追い詰める警告音ではない。

野生を鼓舞するBGMとなった。


人類の進化に逆らうことで、私はようやく身の安全を手に入れた。



のちに、社長のお孫さんが遊びに来たとき。


「おじいちゃん、これ邪魔だよ」


その一言で、台所に一番近いドアを塞いでた荷物がなくなった。


やっと、二足歩行でセコム解除ができるようになった。


そう、私は人間へと戻ったのである。


もし、同じようにセコム解除で毎朝命を懸けている人がいたら、ぜひともお勧めする。

高度なセキュリティシステムに立ち向かうには、

文明の利器よりも、野生の四つ足の方がよほど頼りになるのだ。


ハイハイ。



これは、一人の会社員が「野生」を取り戻し、

そして「人間」に帰還するまでの、知られざる闘いの記録である。


初のエッセイに挑戦しました。

よろしくお願いします。

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