第二十八話:死地へ
灼熱の太陽が照りつける西の大砂漠。巨大な鋼鉄の金庫に偽装した荷馬車が、岩山に囲まれた谷間——盗賊団のアジトであり、古代遺跡の入り口へと差し掛かっていた。
御者台に座るセバスチャンが輓獣の歩みを止め、荷台の分厚い扉が開かれる。中から出てきたレオンハルトとセラフィナ、そしてリタを待っていたのは、鼻を突く強烈な鉄錆の匂い——むせ返るような、死と血の悪臭だった。
「……これは」
レオンハルトが険しい顔で眉をひそめる。
広大な野営地は、文字通り死屍累々の地獄絵図と化していた。無数の盗賊たちが、砂の上に折り重なるようにして倒れている。
引き裂かれた天幕、赤黒く変色した巨大な血溜まり、そして無惨に損壊した死体の山。
四肢を不自然な方向にねじ曲げられ、腹を割かれて内臓をこぼした者、顔面の判別がつかないほどに叩き潰された者。圧倒的で一方的な暴力によって、彼らが完膚なきまでに蹂躙されたことは一目瞭然だった。
「セラフィナ、リタ。お前たちは馬車に残っていろ。決して降りるなよ」
レオンハルトの静かで厳しい声に、二人は息を呑んで荷台の陰から様子を窺った。
レオンハルトとセバスチャンが野営地に足を踏み入れ、倒れている者たちの脈を確認していく。
「……全滅ですな。生存者はおりません」
セバスチャンが淡々と報告した。
「魔物の仕業か?」
「いえ。ご遺体の損傷具合を見るに、魔獣の牙や爪によるものではございません。鋭利な刃物による切傷や、槍のような刺傷が目立ちます。さらに……」
セバスチャンが周囲を見渡す。所々、古代遺跡の入り口の石壁が破壊され、多数の人間が激しく争った形跡が残っていた。
「血はすでに黒く固まり、ハエや虫がたかっております。死後、およそ一日は経過していると見て間違いないでしょう。明らかに『人』の軍隊によって、徹底的に殺戮された模様です」
荷馬車に残されたリタは、その惨状を呆然と見つめていた。
ろくな関わり方をしていない相手だった。罵倒され、こき使われ、女として売られそうになり、心底縁を切りたかった連中だ。
だが、身寄りのない孤児だった自分を拾い、ここまで育ててくれたのも事実だった。
「来るな」と言われていたが、リタの震える視線は、血溜まりの中に転がる、見知った顔をいくつも捉えてしまう。
「……お頭……おっちゃん……」
かすれた声が漏れる。
そんなリタの細い肩を、セラフィナがそっと抱き寄せた。
普段なら「どんな兵器の仕業かしら!」と飛び出していくはずのセラフィナだが、このあまりにも凄惨な光景と、小刻みに震える少女の背中を前にしては、かけるべき言葉が見つからなかった。ただ、己の体温を伝えるように強く抱きしめることしかできない。
(何かしらの異常な事態が起きているのは確かですわ。遺跡は逃げません。ここは一度引いて、態勢を整えてから出直すべきですわね……)
セラフィナが気持ちを固め、レオンハルトたちにそう提案しようと口を開きかけた、その時だった。
——グルァァァァァァァァァッ!!!!
けたたましい叫び声、いや、大気そのものを震わせるような恐ろしい咆哮が谷間に響き渡った。
「な、なんだ!?」
急いで荷馬車から飛び出すセラフィナとリタ。レオンハルトとセバスチャンも剣と魔力を構え、急ぎ二人のもとへ駆け寄る。
ズシン、ズシン、と重い地響きと共に、岩山の向こうから地を揺らすようにして現れたのは——深紅の強靭な鱗を纏った、凶悪にして凶暴なる魔獣、ドラゴンであった。
その重厚な体躯は、四つん這いの状態で横の全長がおよそ五メートル。高さは一・七メートルほど。
大人一人がすっぽりと丸呑みできるほど巨大な顎からは、赤熱した炎の息が漏れ出ている。太い四肢と刃のような爪を持つその姿は、人間がまともに相手にして良い生物ではない。ただ一匹で、中規模の街一つを軽々と駆逐できるほどの戦闘力を持つ『災害』そのものだった。
「……馬鹿な。ド、ドラゴン? こんなところにいるはずが……」
いつも冷静なレオンハルトが、驚愕の声を上げる。
深紅のドラゴンは、膨大な血の匂いに引き寄せられたのか。爬虫類特有の冷酷な瞳で四人を捉え、すでに臨戦態勢に入っていた。
「グルルルルッ……!!」
「チィッ、来るぞ!!」
レオンハルトが咄嗟に前へ出た。大公の規格外の魔力を両手に収束させ、漆黒の魔力弾をドラゴンの顔面に向けて放つ。
直撃。
凄まじい爆発が起こるが、煙を切り裂いてドラゴンが突進してきた。その深紅の鱗は、レオンハルトの魔法すら意に介さず、わずかに焦げ目をつけただけだった。
「硬い……っ!?」
「閣下、危ない!!」
ドラゴンの巨大な顎が、レオンハルトとセラフィナたちを丸呑みにせんと迫る。
すんでのところで、リタが右腕を振り上げた。
射出されたワイヤーアンカーが、上部の岩肌に深々と突き刺さる。リタはセラフィナの腰をガシッと抱え込み、強力な巻き取り機構で一気に上空へと跳躍した。
同時に、セバスチャンもレオンハルトの腕を掴み、人外の体術で横へと跳ぶ。
直前まで四人がいた場所をドラゴンが噛み砕き、彼らの乗ってきた鋼鉄の荷馬車ごと粉砕して吹き飛ばす。
「……っ、ありがとうございますリタ! 助かりましたわ!」
「礼は後だ! 姉ちゃん、あいつヤバすぎるぞ!」
距離を取った四人だが、開けた砂漠でドラゴンの突進と炎を避け続けることは不可能に近い。
「とにかく、避難場所が必要です! あの遺跡の中へ逃げ込みますわよ!」
セラフィナの叫びに、四人は弾かれたように走り出した。
背後から迫る紅蓮の厄災から逃れるべく、彼らは血塗られた野営地を抜け、未知の古代遺跡の暗がりへと駆けていった。




