3>> 悪役勝利
あれから一月が過ぎた。
聖女がどれだけ悪役令嬢に罪を着せようとしても証拠も無ければアリバイも崩せない。この世界に魔力の痕跡を探ったり辿ったりする技があれば直ぐにわたくしの犯行だとバレただろうが、そういう技術も魔法もないのでわたくしに辿り着く術はない。
聖女はただその場に居なかった者に罪を擦り付けようとする往生際の悪い卑しい女に成り下がっていた。
王子を始めその側近である高位貴族の令息と身体の関係を持ち、令息たち全員の婚姻に傷を付けた聖女。そして聖女本人も傷物となり、複数の男性と同時に交わったことにより万が一その腹に命が宿ったとしてもその子は誰の子かも分からないとても扱いに困る存在となっていた。これでは即結婚させて愛し合った男女の若気の至りだったと話題の沈静化を図ることもできない。聖女の相手の中に王子が含まれている為に、万が一腹の子に王家の血が入っていたらと考えると誰も手出しができないのだ。
そしてそんな聖女の相手となる王子含め側近たちは自分の身に起こったことが未だに呑み込めずに後悔の淵にいた。
しかもそれだけではなく、同性と性行為をしてしまったことにより今まで何も考えずに側に居た従者や護衛騎士たちを意識するようになり、同性が側にいることに恐怖を覚えて怯えるようになってしまったのだ。身の回りの世話はメイドたちができるが、ずっと女性ばかりで世話をさせる訳にもいかない。護衛などは圧倒的に男性ばかりとなり数少ない女性騎士は既に仕える女性が決まっている為に王子たちに回す訳にもいかない。数に余りがあるなら別だが女騎士の数はそもそも少ない。問題を起こした王子たちに回す数など無いのだ。
そんな中で自分たちの身に起きた話が噂となって国中に広まっていると知ってしまった王子たちは、自分が男に抱かれたことが世間に知られてしまった羞恥と絶望に……そしてそれを知った同性に襲われるかもしれない恐怖に怯え、完全に人間不信に陥ってしまったという。そんな状態では今後まともに生活が送れるかも分からない。さすがに数年も待てば精神も落ち着くだろうが、彼らの立場的にその数年を待つのは世間体が許さなかった。
王家も側近たちの家も事件に巻き込まれた訳ではなくむしろ自分たちの選んだ選択で問題が起きた長男を、下の子たちの存在を無視してまでも大事に家に置いておくなんてことはできず、将来有望で周りの期待だけを背負って生きていた王子を始めその側近たちは一夜の過ちの所為でその存在自体が悩みの種となってしまっていた。
彼らの婚約も当然彼らの有責で解消となっており、晴れて自由の身となった悪役令嬢たちは婚約関係にあった家の次男や親族と婚約をし直すこととなった。
新しい婚約者と言っても全員が既に顔見知りだったこともあり、さすがに2度目の婚約ということで相性の良さも判断材料とされたことから、既に元悪役令嬢となった令嬢たちは新しい婚約者と親しい関係を築けていけているようだった。
かく言うわたくしも、新たな婚約者が第二王子となりました。顔合わせも何も既に義姉弟となる予定で顔を合わせていたのでなんだか変な感じでしたが、今まで修めてきた王妃教育が無駄にならずに済んで安心しました。
「兄が……申し訳ありませんでした……」
久し振りに会った第二王子が心底疲れた顔をして頭を下げるものだから、わたくしは慌ててそれを手で制した。
「貴方様が頭を下げることではありませんわ。
元々わたくしがあの方の好みの容姿ではなかったのがいけないのですから。こうなってしまったのは仕方がないのかもしれないと思っております」
「そんな……」
わたくしの言葉に第二王子であるロバートソン・L・サリヴァノア殿下はつらそうに眉を寄せた。兄と違って心の優しいロバートソン様はわたくしに対してのお兄様の態度を昔から気に掛けてくれていた。いくら聖女がこの国にとって大切であっても、まともな感覚を持っていれば『婚約者よりも近い距離で接する』なんてことはおかしいと考える。ロバートソン様は兄よりもまともな感性の持ち主だった。
「……お兄様は今どのようにお過ごしですか?」
兄弟仲は悪くなかったと聞いている。ロバートソン様は国王となる兄を支える為に今まで生きてきた。その兄が突然こんなことになったのだ。ロバートソン様の心中は穏やかではないだろう。
でもこの話題は触れない訳にはいかず。わたくしも少し視線を下に下げながらロバートソン様に問い掛けた。
「……兄上は、王都を離れることになりました」
「え?」
◇
わたくしはロバートソン様の言葉が理解できずに聞き返した。
淑女としては失敗である驚いた顔を向けてしまったわたくしとは視線を合わせずにロバートソン様は悲しげな表情のまま口を開く。
「兄上の強い希望です……
人が……人の目が怖いと……もう今までの生活は送れないと言い張っていて…… 人の居ない…… 聖職者たちに囲まれて生きたいと王に願い、王も兄の心がそれで安らげるのならと許しました…」
わたくしはその話を聞いて唖然としながら
「そうですか……」
と呟いた。
レオナルド様がそこまで傷付いていることに内心とても驚いたのだ。貴族の女が未婚で性行為をしてしまうとその時点で傷物になり女としての立場は失われる。そして最悪妊娠していればそこで人生さえ終わったようなものになる。処女を失うということは命をも失うのと同義だった。
だが男は違う。切れ痔になるかもしれないが表向きは誰にも変化は分からない。周りから口さがなく噂されるだろうが知らぬ存ぜぬあり得ない盲言だと言い続ければ、確認も取れないことなのだからいつかは話にすら上がらなくなるだろう。それこそ男が好きな言葉にある『一夜の過ち』として無かったことにして忘れてしまえることだろうに……王子を始めとする彼らはそんな『一回だけの火遊び』で心を壊してしまったらしい。
わたくしはそのことに酷く驚いた。
──純潔を散らした訳でも妊娠する恐怖もないのに、意外ですわ──
そんな風に驚いているわたくしに気付かずにロバートソン様は話を続ける。
「ケビンとタラントもそれぞれ別々の修道院へ入ることになりました。全員がもう人前に出たくないと願っていて……」
ロバートソン様が上げた人物の中に護衛騎士をしていた人物が居ないことに気付いて問い返した。
「……セドリック様は?」
「彼は……既に家を出てしまったようです。部屋に残された手紙には謝罪と戻らないという言葉があったとか……」
「まぁ、それは心配ですわね」
いくら騎士だと言ってもこの世界を一人で生き抜くのは難しい。命の危険もあるのに……
そう思ったわたくしの気配を感じ取ったのかロバートソン様が話を続ける。
「セドリックの父である騎士団長が言うには、セドリックが兄と慕っていた優秀な部下が一人、同じタイミングで辞表を置いて居なくなっているので、一緒に居るのだろうとのことでした。
あの二人ならば早々に死ぬことはないだろうと騎士団長は笑っていましたね」
「そう……ですのね……(それって家出じゃなくて駆け落ちなのでは……?)」
わたくしは咄嗟に思った言葉を別の言葉で隠しました。息子が『男として独り立ちした』のと『息子が男と愛の逃避行に出た』と言うのとでは、この世界がいくら同性愛を否定していないと言っても血を残すことに意味があると考える親からすれば青天の霹靂以上の衝撃でしょうから……
ちょっと悶々としてしまったわたくしには気付かず、ロバートソン様は淡々と話し続ける。
「そして聖女マリッサ・ロウですが……
彼女は人里離れた修道院に入ることはありませんが、今後は王都内の教会で俗世から引き離した清純で慎ましい生活を送ってもらうことになりました。
聖女が純潔でなければならないという掟もありませんので結婚することには問題はないのですが、今回はさすがに聖女としての印象が悪く……
今回の話を切っ掛けに他国から聖女に対して美男を使った色仕掛けでの引き抜きをされても困りますので、今後は完全に聖女にそういうものを近づけさせないようにすることになりました。
一つだけ良かったことは聖女マリッサが妊娠していなかったことですね。万が一にも兄の子が聖女に宿っていたなんてことになっていたらと思うと、恐ろしくなりますよ……」
そう言ってため息を吐いたロバートソン様にわたくしは苦笑を向ける。
「……女性によってはそういうことを狙って既成事実を作ることもあるそうですね……
聖女様がそこまで考えていた訳ではなさそうで良かったですわ」
わたくしの言葉にやっとロバートソン様はわたくしと視線を合わせた。困ったように少し肩を揺らして眉尻を下げたロバートソン様は、わたくしと一つだけ歳が下なだけなのにもう男の色気を纏っています。
「……色々ありましたが今後は落ち着きそうで良かったです。
個人的には忙しくなりそうですが、兄に何かあった時の為に僕も努力は欠かしてはきませんでしたから。
……アンジェリーナ嬢に不安を与えることはないと誓えます」
「不安だなんて…… むしろわたくしのようなお兄様に愛されなかった女を引き取って頂けて、心の底から嬉しく思っておりますの」
「そんな風に言わないで下さい。僕はずっと兄の方がおかしいと思っていたのです。
婚約者は貴女なのに聖女だからといって婚約者以外の女性を優先して親しくするなんて……何か深い考えがあったにしても、貴女に何も相談もせずに実行するのは失礼過ぎます。自分が何も説明しなかったのに不快に思った方を責めるのも間違っています。しかも兄は確実に聖女を女性として見ていました……あんなのは不誠実過ぎる。いくら貴女と兄の婚約が政略だったからだと言っても、通すべき筋があるでしょう…………
僕は兄のようにはなりません。
ちゃんと貴女を見て、婚約者としての務めを果たします」
真剣な目で見つめられてなんだか居心地が悪くなる。無意識に視線を逸してしまい、なんだか頬が熱くなる気がした。
「……わたくしも、殿下の支えになるように、務めさせていただきますわ」
なんとか視線を合わせてそう言ったわたくしの手を取ってロバートソン様は少しだけ距離を詰めてきた。
「……これからは殿下ではなく名前で呼んで欲しいです」
「……ロバートソン様」
「はい、アンジェリーナ」
男性から愛しげに見つめられることがこんなにも気恥ずかしいことだなんて知りませんでしたわ……
ロバートソン様となら愛のある関係になれそうで、わたくしの心は少しだけ弾んだ。
前世の記憶を思い出したのがあのタイミングで僥倖でした。もっと前ならきっと周りは犯人がわたくしだと辿り着いたかもしれないから。
断罪直前で、それまでわたくしがやっていた悪行と言えば『学園の中だけで行われる誰でもできるような嫌がらせ』だけだった。家の力も自分の魔力も使ってこなかったわたくしが、前日に突然『全ての目を欺くほどの悪行』をするとは誰も思わないだろう。それにやったことと言えば『媚薬を飲ませた』だけ。『苦しみを与える毒薬』ではなく『快楽を与える媚薬』。聖女たちがどれだけ知らない内に混ぜられたと言ったところで周りはそれを信じられないだろう。女1人に男4人で離宮に籠もっていた聖女たちの言い分など。
──卒業式の前日に、浮かれて羽目を外すなんて、前世でもやらかす人はいましたものね──
“悪役”を前に隙を見せた方の負け。
勝った気になって浮かれたヒロインの落ち度でゲームオーバー。
まぁまさかこんな結末になるとは思ってもいなかったけど。浮かれた彼らの所為で卒業式が中止になって既成事実を作った聖女たちが大騒ぎになればいいなと思っただけなんだけど、まさか王子たちがいなくなるなんて思わなかった。浮気しといてまぁ繊細ですこと。
何はともあれわたくしに被害がなくて良かったわ。
これからは聖女は聖女らしく、男を侍らせて喜ぶなんてはしたないことはさせないように、この国の王妃となるわたくしは法整備のことも考えるのでした…………
え? レオナルドへの愛?
そんなの前世の記憶を思い出したと同時に粉砕したわ。前世を思い出す前は知識がなさ過ぎて『殿下に愛されなければ全てが終わる』のだと思っていたけれど、一体世界にどれだけの男性が居ると思っていたのかしらね、わたくしって。この世界だって人目を気にしなければ結婚だってしなくても生きていけるのだし。
それに前世を思い出したと同時に『婚約者が居るにも関わらず他の女を優先する男への嫌悪感』も思い出してしまって一瞬でレオナルドのことが嫌いになりましたわ。そもそもよく考えたら、わたくしって『男に縋るような安い女』じゃないのよね。
わたくしを愛する努力をしないような男なんて、要らないのよ。
[完]




