1>> 断罪前日
※この話は『婚約者の居る男を罪悪感も持たずに奪うヒロイン』と『婚約者が居るのに筋も通さずにヒロインと仲良くなる男たち』をザマァ対象にしております。悪役令嬢は言葉通り『悪役』です。
※ヒロインざまぁで書き出したのに何故か攻略対象者のざまぁ描写が多くなりました(不思議)「男同士の絡みを連想させること」が苦手な方はお気をつけ下さい。
乙女ゲーム【聖女の力はアナタの為に〜愛して愛されて〜】。
ヒロインは孤児から男爵家の養子になった少女。彼女は聖女の力に目覚めたことで領主の養子に入り、そして貴族学園へと入学する。
そこで同級生の王子とその側近たちとお近付きになり、彼女の奔放で愛情溢れる人柄に惹かれた者たちが彼女に恋をして親が決めただけの婚約者を捨てて彼女を選ぶ。ヒロインは1人だけを選ぶも良し、逆ハーレムを選ぶも良し。可愛らしい見た目と貴族令嬢はしない自然体の笑顔を振り撒く彼女はただ男性と会話をするだけで好感度が上がり、婚約者の好感度は下がる。人柄の良さから彼女に不満を持つ方がおかしく、彼女を好きにならない方が間違っている。そんなヒロイン。
そしてそんなヒロインでも好きにならなくて反発するのが『攻略対象者たちの婚約者たち』。
所謂悪役令嬢たちだ。
彼女たちからすれば『恋人を奪うヒロインが悪い』と思うのだが、彼女たち以外の者たちからすると『ただ親が決めただけの関係の男を所有物のように扱う厚かましい勘違い女が勝手に嫉妬している』ということになるらしい。
愛しあう者たちを祝福できない心の狭い女たち、という扱いの攻略対象者の婚約者たちは嫉妬からヒロインをイジメてしまう。殆どが学園内だけのイジメに留まるが、王子の婚約者だけが学外で悪漢を雇いヒロインを襲撃させる。そして断罪されて逆ギレした王子の婚約者はラスボスとしてヒロインたちの前に立ちはだかるのだ。
だがこのゲームは全年齢向けなので優しさでできていた。
ラスボスになった悪役令嬢はヒロインたちに倒されるが、その後ヒロインは倒したラスボスを抱き締めて泣くのだ。『貴女の愛の邪魔をした私が悪いの! ごめんなさい! でも彼が私を選んでくれたことを私は嫌なんて言えない! だって私も彼が好きだから!! 彼が私を好きだって言ってくれるから、私は彼を受け入れたいの! でも私は貴女のことだって諦めたくない! だって貴女は純粋に人を愛しただけだから!! それをなかったことになんてしないよ!! その愛はとても尊いものだから!!』なんて言ってラスボス悪役令嬢を抱き締めて泣くヒロインに周りも同調してラスボスに言葉を伝え、みんなの言葉を聞いた悪役令嬢は初めて涙を流して『愛していたの! ただ愛していたのよ!!』と泣いて自分の失恋を受け入れて大人しくなるのだ。
そして大人しくなった悪役令嬢はヒロインと和解して、悪役令嬢はその後ヒロインの補佐役として彼女と彼女が選んだ男の側で“幸せに”生きるのだ。それが乙女ゲーム【聖アナ】の大体のストーリー。他の悪役令嬢たちも無難な幸せを掴むけど、ラスボスの悪役令嬢だって幸せになるのがこのゲームの“良さ”だったと記憶してる。
そして今、これを思い出しているわたくしが、何を隠そうそのゲームの悪役令嬢でラスボスである女、グレイスフル公爵家の第二子 アンジェリーナなのでした。
突然頭の中に広がった情報に目の前がクラクラする。何これ? ゲーム? 悪役令嬢? 前世? 前世って何? ヒロイン? 攻略対象?? 乙女ゲーム??? 混乱する頭でも、何故か冷静な部分もあって、わたくしは側に居る侍女に自分でも驚くほどに冷静な声で質問した。
「ねぇ? 貴女は結婚を約束していた相手が好きな人ができたから別れてくれって言ってきたらどうする?」
突然そんなことを聞いたわたくしに少しだけ不思議そうな目を向けた侍女ヘレンは、考えるように小首を傾げてからわたくしに向けてニッコリと笑った。
「ぶっ飛ばしますね♡ 結婚式まで決まってたらぶっ殺しますね♡」
そんなことを言うヘレンにわたくしは笑ってしまった。そんなわたくしの反応で発言の内容に安心したのかヘレンは更に続ける。
「まぁでも殺してしまったら私が捕まっちゃうので、殴るまでにしなきゃですよね。1・2発殴ってその後は幾らか謝罪金を貰って許して別れます。でもソイツがどれだけ最低で、ソイツが連れてきた横入り女がどんな奴だったのかは、街中に広まるくらいには皆に喋って聞かせますね!
私に問題があってフラれたみたいに周りに思われたら嫌なので!!」
ニコニコ顔でそんなことを言うヘレンにわたくしは気持ちが癒されるのが分かった。ヘレンも今のわたくしの状況を知っているから、きっとわたくしの質問の意図に気付いたのだろう。そして教えてくれているのだ。『嫉妬したお嬢様がおかしいのではなく、大抵の女は同じ状況になれば嫉妬する』と。親が決めた婚約者だから“好き合って付き合い出した恋人”とは違う、なんてことをヘレンは言わない。きっと他の女性たちだってそうだろう。大抵の人たちは嫉妬する。ヒロインの周りだけがおかしいのだ。ヒロインの周りだけが『婚約関係より恋心の方が優先されると思っている』のだ。……ゲーム補正だろうか?
まぁ何にせよ。
今、わたくしが嫉妬していても、わたくしの周りの人たちは、わたくしの感情を理解して、同調してくれるのだ。
そのことが少しだけ救いだった。
わたくしは手の中にある手紙をもう一度見た。
──明日のエスコートはできない──
謝罪もなく、ただ伝えるだけの手紙。わたくしの婚約者であるこの国の第一王子であるレオナルド・L・サリヴァノア殿下からの手紙だ。
言われなくても分かっているわ。
それがこの手紙を見た感想だった。
明日は学園の卒業式。そしてその後には王城にて保護者たちも交えての卒業パーティーが控えている。王子はそのパーティーでのエスコートができないと言っているのだが、そもそも“そのパーティー用のドレスが贈られてきていない”時点で、王子がわたくしの婚約者としての責務を全うする気がないことが分かる。今更こんな手紙送られる必要もないわ、と呆れるだけだった。
でもこの手紙のお陰だった。
わたくしが記憶を思い出したのは。
◇
乙女ゲームの記憶を思い出す前のわたくしは、“分かってはいても”それでもこの手紙にショックを受けていた。
“かもしれない”と思っていても“実際に思い知らされる”のとでは違う。悪役令嬢としてちゃんと役目を全うしていたわたくしは、この手紙を見て、殿下の御心が完全にわたくしから離れてしまっていることに傷付いた。嫉妬した。あの方があの下賤な女をエスコートして陛下の前に並び立つのだと考えると目の前が真っ赤になった。わたくしが……、わたくしがどれだけ…………、どれだけの努力をしてきたか………、あの女は、あの女は突然現れて全部奪っていく……、わたくしの努力を……わたくしの最愛を…………っ!! 身体が震える程の怒りを覚えたその時、……わたくしは目を覚ました。この世界のことを。自分の立場を。乙女ゲームのことを……
明日断罪されるなら……
なら今のわたくしが、できることを致しましょう。
「……ねぇ、もう今日は疲れたわ」
わたくしは部屋で控えているヘレンに言った。
「明日も早いし、今日はもう寝るわ。
明日は予定よりも早く起きて準備をしましょう。お風呂も朝に入るわ」
そう言うとヘレンは少しだけ驚いた顔をして、それでも何も言わずに頭を下げた。
「分かりました。では寝間着の準備を致しますね」
「えぇ、お願いね」
寝間着に着替えたわたくしは直ぐに布団に入ると目を閉じた。そのわたくしの姿を見たヘレンは部屋の明かりを最小限にして部屋を出て行く。
彼女が出て行くともうこの部屋には誰も入ってくることはない。わたくしが呼ぶまでは。夜の時間としてはまだまだ早く、寝てる人なんて殆ど居ないだろう。きっとあの人たちもまだ一緒に居るはず。今この時を逃せばわたくしはただ流れのままに断罪されるだけだから、今動かなきゃいけない。
わたくしはベッドから抜け出すと魔法で必要な物を呼び寄せた。
ラスボスになるだけあってわたくしの魔力はこの世界の常識から外れている。できないことはないと言っても過言ではない。
そしてそんなわたくしに『前世の記憶』が入り込んだのだ。今までは『最低限してはいけないこと』が頭の中で私の行動を制限していたけれど、前世の知識を得た今はそんなものに囚われて自分が負け犬になっては意味がないことが理解できた。むしろ……
「このまま大人しく断罪されるなんて悪役らしくないじゃない?」
悪役なら悪役らしく、最高に悪い事を致しましょう♡
「この世界には監視カメラも鑑識も科捜研も警察犬もないのだから、痕跡を気にする必要もないしね〜♡」
わたくしは悪役令嬢らしくニヤリと笑った。舌で唇を舐めることも忘れない。今カメラで私を撮っていたら最高に美しい絵面になっていただろう。
そんなことを考えながらわたくしは魔法で取り寄せた平民の服へと魔法で瞬時に着替えた。
そして荷物を異空間へと仕舞ってから転移魔法で目的の場所へと跳んだ。
◇
わたくしは乙女ゲームを思い出していた。
悪役令嬢が断罪される卒業式の前日、ヒロインと攻略対象者たちは第一王子の離宮に集まる。この離宮はゲームの中でヒロインと攻略対象者たちが話をする時によく使われる場所となっていた。王子が自分の側近には自由に使って良いと伝えている所為で、王子を攻略していない時でもこの離宮でヒロインと攻略対象者が二人だけで会っていたりするのだ。そして卒業式の前日には必ず全員が集まるイベントがある。
ヒロインが卒業パーティーで誰にエスコートされたいかを選ぶ場面なのだ。このゲームはとても好感度が上がりやすくできていた所為で1人だけを攻略していたはずなのに最後の選択肢に他の人も出てきたりするのだけれど、でも選ばれなくても恨み言を言ったりしないし選ばれた仲間を祝福してくれる。そしてヒロインは誰を選ぼうとも“第一王子が用意した”ドレスを着て卒業パーティーに出席し、第一王子はヒロインに選ばれなくても性格に難ありとして婚約者と婚約を破棄する。その話の詰めをする為にも明日の大イベントへの前夜祭としても、今ヒロインたちは第一王子の離宮に5人だけで集まっているのだ。
攻略対象者の一人目は勿論第一王子のレオナルド・L・サリヴァノア。二人目は宰相の息子で侯爵令息のケビン・ニコルソン。三人目は騎士団長の息子のセドリック・ガザード。四人目は外務大臣の息子で侯爵令息のタラント・オーウェン。
そして聖女のマリッサ・ロウ。
この日、この離宮には言葉通りこの5人しか居ない。国王の決めた婚約者を個人的な理由で切り捨てる後ろめたさなのか、第一王子は離宮から従者やメイドを一人も離宮内に残していないのだ。離宮の外の出入り口にだけ、騎士が数名立って居るだけ。それもゲーム内で語られていた。
『ヒロインたちは王子の離宮で明日のことを夜遅くまで話し合った──』
と。本来ならあり得ないことだけれど乙女ゲームの世界なら許されるのか、ヒロインだから許されるのかは分からないけれど、今まさに『未婚の男女が密室で』仲良くしているのだから呆れてしまう。
──ヒロインって何をしても“傷物”にはならないのかしら?──
なんて思ってしまう。
自然と馬鹿にした笑いが口元に浮かんでしまうがそれを手で押さえて、わたくしはやりたいことをやる為に魔法を使った。
まずは衣装チェンジ。城勤めの侍女の服に着替えて認識阻害の魔法と変身の魔法を同時に自分に掛ける。これでわたくしのことが誰なのか王子たちには分からない。支給用のトレイに若者向けに作られているワインと人数分のグラスを乗せて、そしてそのワインの中に用意していた薬を入れて準備万端。王子たちが居る部屋の前まで来たら最後の魔法。
メイドを呼んだのは王子たちだと意識操作してわたくしは部屋の扉をノックした。
「入れ」
「失礼いたします」
そう言ったわたくしの声は“誰かの声”だった。少し視線を下げたままで部屋に入り、ツマミのような料理が並んでいるテーブルに持ってきたワインとグラスを置く。そして何も言われないままに頭を下げたままで下がると部屋を出た。その間は誰も喋らなかったが、ヒロインも何も言わなかった。彼女が誰を選んだのか、全員を選んだのか、部屋の座り位置で大体分かるのだが、さすがにそれを確認する為に視線を上げるのはメイドとしては無作法なので出来なかった。突然部屋に入ってきた異物であるわたくしに向けられる全員からの視線に、カラオケ店の店員のような気持ちになりながらも、わたくしはやりきった達成感に扉が閉まる音を聞くと同時に口角を上げた。
これでもう大丈夫。
わたくしの断罪は回避された。
わたくしはスッキリとした気分で転移魔法を使って部屋に帰り、そして寝間着に着替えてベッドに入った。
学園に入ってからは婚約者のことで寝る前には嫌な気持ちで溢れていたけれど、今日は何も考えずに寝ることができる。
わたくしは自然に緩む口元をそのままに夢の中へと落ちていくのだった。




