Another Diver
残業代の出ない深夜23時。
俺、中村ユウジ(30歳・彼女いない歴=年齢)は、今日も今日とて謝罪メールの文面を推敲していた。
「……というわけで、派遣スタッフの当欠につきましては、今後代わりの者を早急に手配いたしますので……ッターン!」
Enterキーを強めに叩く。
俺の仕事は、人材派遣会社の営業管理。クライアントの無茶振りと、登録スタッフのワガママの板挟みになりながら、ひたすら「調整」を行うだけの人生だ。
唯一の癒やしといえば、今俺のイチオシのアイドル『新山まりん』のライブ動画を見ることくらい。
「あーあ……まりんちゃん、元気かなぁ。突然『遠いところに行きます』って姿を消してから、もう1ヶ月か」
ぼーっと動画を眺めながらサビ前のまりんちゃんの元気な「やるしかなーい!」のセリフが流れたその時だった。
俺の足元、変色したカーペットの上に、幾何学模様の光る陣――魔法陣が浮かび上がった。
「え、なにこれ。過労? 飛蚊症?」
俺が眼精疲労を疑って目薬を探している間に、視界は真っ白な光に包まれた。
意識が遠のく中、最後に思ったのは「あ、明日の朝イチの会議、誰が出んだよ」という社畜根性丸出しの心配だけだった。
「おお! 成功したぞ! 召喚に応じたもう、『調停の賢者』よ!」
目を開けると、そこは王宮の謁見室のような場所だった。
大理石の床。高い天井。そして目の前には、ファンタジー映画でしか見たことのないような二つの集団が対峙している。
右側には、煌びやかな鎧をまとった人間たち。
左側には、角や翼を生やした魔族たち。
彼らは武器を構え、今にも殺し合いを始めそうな殺伐とした空気を漂わせていた。だが、俺が召喚された台座の周りだけ、奇妙な静寂がある。
「あー、えっと。……どちら様でしょうか? 弊社になにかご用命でしょうか?」
職業病でつい丁寧語が出る。
「ヘイシャ?そなたの名前はヘイシャと言うのか?変わった名だな。」
人間の代表らしき金髪碧眼、白銀の鎧に身を包んだ、まさしく「聖女」のような美少女騎士が進み出た。
「いや、名前ではなく、、、」
説明を遮るように続ける
「私の名は人族代表、聖騎士団長のリサ・サングリアだ。そして、あそこにいる野蛮な角付きが、魔族代表のゼノビアである」
「野蛮とは聞き捨てならんな、人間風情が。我が名はゼノビア・レーヴ・ドルミールだ。」
魔族側から、紫の長髪にねじれた角、ボンデージ風の軍服を着こなす、グラマラスな美女が睨みを利かせる。
一触即発。まずい、これは俺の得意分野「クレーム対応」の最上級レベルだ。
「いえ、弊社とはえっと……所属のようなものでして。私、名前は中村と申します。えっと、状況を整理させてください。私はなぜここに?」
「なるほど、ヘイシャのナカムラよ、貴様を呼んだのは他でもない」
リサとゼノビアが同時に、祭壇の奥にある巨大な肖像画を指差した。
そこには、女神のような衣装を着て、マイクを握りしめた少女が描かれている。
俺は息を呑んだ。
見間違うはずがない。その笑顔、その八重歯、そして特徴的なアホ毛。
「……え、まりんちゃん?」
「「貴様、今なんと呼んだ!?」」
二人の代表が同時に俺に詰め寄る。剣幕がすごい。
「『女神マリン・ニイヤマ』様だぞ!」とリサ。
「いや、『歌姫マリン・ニイヤマ』閣下だ!」とゼノビア。
どうやら俺が召喚されたこの世界「アースニア」は、かつて俺の推しである新山まりんが救った世界らしい。
およそ千年前、彼女は戦場で歌と治癒魔法を振りまき、当時の勇者と魔王をファン(信者)にすることで戦争を終わらせたという。
「当時は同じ者を崇拝する者同士という精神で世界は一つになった……」
リサが苦々しげに語る。
「だが今は違う! 魔族どもは、マリン様の歌詞を『破壊の聖歌』だと解釈違いを起こしている! マリン様は平和を愛していた! だから魔族を滅ぼすべきなのだ!」
「ハッ! 笑わせる。貴様ら人間こそ、マリン閣下のライブ衣装の『露出度』を規制し、あまつさえ『清純派』などという偽りの解釈を押し付けている! 閣下はもっと自由で、ロックな御方だった! 貴様らのような解釈違いのニワカに、閣下を推す資格はない!」
……なるほど。
俺は状況を完全に理解した。
これは、宗教戦争ではない。領土紛争でもない。
ただの「解釈違い」による「同担歓迎」から「同担拒否」に変わってしまったファン同士の喧嘩だ。
数百年の時を経て、教義(推しへの解釈)が複雑化し、過激化した結果、再び世界が半分になりかけているのだ。
リサは「アイドルは清純であるべき」という理想押し付け型ファン。
ゼノビアは「初期の尖っていた頃こそ至高」という古参マウント型ファン。
全く異なる「まりん像」があるから対立も仕方ないか。
「そこで、異界からマリン閣下を最も敬愛し理解した『公平な視点を持つ調停の賢者』を召喚したというわけだ」
ゼノビアが俺を見る。俺がまりんちゃんを最も理解してる?嬉しいような、恐れ多いよな、変な感覚だが。
俺は、天を仰ぎ大きく息を吐いた。胃が痛い。
だが、俺の心にある熱いものがこみ上げてくるのも事実だった。
(まりんちゃん……君が命がけで救った世界が、君のせいで滅びかけてるなんて、あまりにも皮肉すぎるだろ)
俺はスーツの襟を正しネクタイを締め直す。
営業管理として、数々のデスマーチを生き抜いてきた経験。そして何より、一人の『新山まりん推し』としての矜持。
「わかりました」
俺は二人の代表を見据え、名刺入れを取り出した。
「その案件、弊社でお引き受けいたします。ただし――私のマネジメント方針は厳しいですよ?」
こうして、冴えない中間管理職の俺による、世界平和(ファンの民度向上)のためのマネジメント業務が始まったのだった。




