涼花の寄り道
用語解説:超超低電圧Aiロジック回路
人間の神経電圧と同じ10μボルトで動作するAi回路。
それにより、神経との直接接続が実現した。
また、超超低電圧のため、電源回路を使わずに血液中のナトリウムイオン電位差で駆動され、大幅な小型化を実現している。
まるで極寒の地にいるようだった。
手足が凍え、刺すように痛い。
目を開こうにも体の自由が利かず、何も出来ない。
『涼花‥涼花』
遠くから名前を呼ばれた気がした。
首すら動かず、何とか体を捻って振り向こうとする。
“ズッキーーーン”
「いたーーーーっ」
頭の先から足まで突き抜ける様な痛みが走り、涼花は目を開いた。
白い天井を見あげていた。
埋め込まれたLEDライトがやけに眩しい。
「あ、目を覚ました」
真っ赤な目をした明日香がこちらを覗き込んでいた。
瞼も擦れて赤くなっている。
「ここは‥」
「病院だよ。涼花、刺されたの覚えてる?」
そう言えば、そうだった。
あの時の光景を思い出す。
「覚えてる。あの人達は?」
「大丈夫、ちゃんと保護されて治療受けてる。涼花が頑張ったおかげだよ」
「良かった‥。あれからどれくらい経った‥の?」
「3日経ってる。涼花、ずっと意識が戻らなくて‥」
明日香はそう言ってまた涙を拭いた。
涼花は体を起こそうとしたが、まだ医療テープで固定されていて動け無かった。
「あんた、どうせそこにずっと居たんでしょ」
「うん‥当然だよ。私の責任だし」
「もう、学校も行かないで何やってんの。それにアンタのせいじゃない」
「で、でも」
「悪いのは犯人。勘違いしちゃ駄目だかんね」
そこに意識の回復をモニターしていたのか、蒼井さんが入室して来た。
「涼花さん、具合はいかがでしょうか?」
「まぁ、好調では無いけど‥そこそこ」
「脇腹の刺傷はまだ完全に塞がっては居ないので、無理はしないで下さい」
「ん、わかった」
脇腹は疼痛がし、まだ体がだるく発熱しているようだ。
「明日香さん、涼花さん‥今回の件で被害者は全員保護されました」
「うん」
「しかし、依然として犯人は捕まっておらず、特に涼花さんは再び狙われる危険が有ります」
「はぁ‥面倒よね、全く」
涼花は嘆息する。
あの日以来、ろくなことがない。
「ですので、お二人は当面、自宅待機して‥」
「嫌よ」
「「えっ」」
涼花はピシャリと言った。
予想外の言葉に二人は戸惑う。
「何でこっちがビクビク怯えて暮らさなきゃ成らないのよ。 それに家だって襲われるかも知れないでしょ」
「それは‥警察がパトロールを‥」
「蒼井さんだって、そんなの無駄だって分かってるわよね?」
あれだけの事をした相手だ。
警察のパトロールを気にするとは思えない。
「い、いや、しかし」
「もっと積極的に行きましょ」
「涼花ちゃん、危険なことは‥」
明日香も諌めようとする。
涼花の事が心配なのだ。
「そうでもないわよ。少なくとも私は」
「え、どういう事?」
「私の作戦はね‥」
涼花は考えたアイディアを2人に説明した。
涼花は夏鈴に酷いことをした奴を見逃す気なんて無かった。
逃げ隠れするなんて、柄じゃない。
「くくくっ、見てなさいよ犯人‥逆襲してやるんだから」
まるで映画の悪役みたいな顔で涼花は呟いた。
数日後、涼花は包帯を巻いた姿で登校していた。痛みが有るのか、時折足取りが重くなる。
「涼花ちゃん、大丈夫?」
「荷物持とうか?」
「大丈夫、ありがと」
途中で友人が声を掛けたが、遠慮した。
また何かあった時に巻き込んではまずいから。
涼花は少しゆっくりと通学路を歩いた。
登校し、教室に入ると、なんだか日常に帰ってきた、と言う実感が湧いた。
「うーん、やっぱりこうでなきゃ」
軽く背伸びをする。
「涼花、怪我したんだって?」
「渋谷でチンピラとやりあったって、本当?」
「え、組の事務所を潰したって聞いたよ」
クラスメートが興味津々で聞いてくる。
VA部の活動停止事件以来、すっかり話題の人に成っていた。
「んなわけない‥どこから出た話よそれ」
「え、皆いってるよ〜」
「その噂、尾ひれどころか手足まで付いているわよ」
呆れつつも、これがいつもの学校生活だなと思った。
今までより新鮮な気持ちで授業を受ける涼花だった。
授業が終わり、放課後。
涼花は怪我のためVA部の活動はせずに、学校を出た。
最寄り駅まで向かう途中の公園でベンチに座り、スマホを眺める。
先日の事件はもうニュースには載っていない。
「はあぁ、世の中こんな物よね‥」
溜息をつき、今度は繁華街へと向かう。
帰宅する気分に成らないのか、涼花はあからさまに道草をしていた。
今度はゲームセンターに立ち寄り、クレーンゲームの景品を眺める。
「とりあえず、コイツ、かな」
ぬいぐるみの入った台で何度か挑戦するものの、結局収穫無し。
諦めて店を出て大通りを歩いた。
「お嬢さん、少し寄って行かない?」
スーツ姿の客引きが声を掛ける。
「怪我人の未成年に声かけるとか、ないわー」
「そんな事言わないで、さ‥」
涼花が無視して客引きの脇を通り過ぎようとした時。
“パチッパチッ”
何かが爆ぜる様な音がした。
「しまっ‥」
言いかけてぐったりと脱力する涼花。
「お嬢さん、大丈夫?」
客引きはまるで介抱するような素振りで、停車していたワゴン車に涼花を連れ込む。
そのまま軽いスキール音を残してワゴンは走り去った。
「簡単じゃねぇか。最初っからこうすれば良かったんだ」
ワゴン車の中で客引きの男はうそぶいた。
相変わらず不幸続きの涼花ですが‥さて、ここから逆転が有るのか?(有るよね?)




