私、暴漢じゃありません
用語解説:VA
バーチャルアーティスト。
Aiで生成されるアイドルや演者、歌手など仮想世界で活動するキャラクターの総称。
Aiの性能向上により現実と区別の無いキャラクターが生成が出来るように成った。
人格権や肖像権の制限により権利者への無断でのキャラクター生成は禁止されている。
(ただし、汎用に使用できるベースモデルは元々提供されている)
そのため、汎用モデルをカスタマイズしてモデルとなる人物の複製に近いキャラクターにする事が多い。
神崎涼花は不機嫌だった。
原因は眼の前のモニター画面にある。
もちろん、モニターに不満があるわけではなく、その内容が気に食わない。
ここは神奈川県の多摩地区にある菜々美の自室。
モニター画面に映っているのは先日行われたVAフェスのメインステージの様子だ。
「なによ、この“えれくとろんあーく”とか言うのっ!」
つい、独り言が漏れる。
“えれくとろんあーく”は最近人気急上昇の学生VAユニットだ。
先日のグローバルAiのトラブル解決にも協力したとも言われ、一部に熱狂的なファンも居る。
だが、涼花はその人気に疑問を感じていた。
不満を抱えてつい、友人達にチャットで愚痴をこぼす。
涼「“えれくとろん”のメンバーの“スフィア”という娘、Ai財団の開発したバイオマテリアルの使用者なんだって、本当?」
『え、そうなの? それって病気? 怪我?』
『それが分からないし、発表もされてないんだって』
涼「それじゃ、本当か分からないじゃない」
『あ、でも財団が公式発表はしてるらしいよ』
『そんなの怪しすぎ!』
涼「それじゃ、こないだのグローバルAiのトラブルもこの娘を売り出すための自作自演っ??」
『まさかぁ、それは無いでしょ』
『でもさ、この“えれくとろんあーく”って怪しすぎない?』
涼「どゆこと?」
『だって他のメンバーの娘も、七尾グループの会長の娘と、芸能プロの社長の娘だって‥』
涼「なによ、それ。完全な出来レースじゃない」
涼花も学生VAをしているが、そこまでの人気は無い。
もちろん、普段のトレーニングだって真面目にやっている。
歌唱力だってルックスだってこの娘達に負けてはいないと思う。
だが、それだけでは駄目で、モデル作成や楽曲、パブリシティ等、チームとしての総合力が必要になる。
数多の学生VAの中で人気を獲得するのは、よほどの幸運が無くては難しい。
自分にはその幸運が足りないのだと、涼花は思った。
『そう言えば、涼花ちゃん、あのニュース聞いた?』
涼「あのって?」
『芸能プロが新規VAユニットのメンバー募集してるって』
『涼花ちゃん、応募しなよ』
涼「いやいや、そんなのどうせヤラセでしょ」
『でももしかするとさ‥』
涼花の先輩にもプロのVAとしてデビューした人が居たが、結局は人気が出ずに辞めてしまったとか。
デビューするより生き残る方が遥かに難しい世界だ。
「どうしたら良いってのよ、一体」
涼花はベッドに仰向けになり、天井を見上げた。
数日後。
涼花はイマイチ晴れない気分で登校していた。
学校は丘の上にあり、ダラダラと続く坂道を登らねばならないことも、更に足取りを重くした。
学校の名は朋友女子高校。
偏差値的にもほぼ中央、進学率もそこそこのいわゆる普通の女子高。
校則も厳しくなく、登校する生徒の服装も個性豊かだ。
「涼花、すずかぁー」
後方から呼ばれ、振り向くと、親友の大西夏鈴が走って追いついてきた。
夏鈴は陸上部所属で短距離の選手。
こんがり小麦肌にショートヘア、八重歯。
真冬でもワイシャツの袖をまくっている、寒さ知らずの元気系女子だ。
しかも、炎天下でも元気に練習している。
「ぜ、全天候型女子‥」
涼花は夏鈴をそう認識していた。
入学してからの付き合いだが、なぜか馬が合ってちょくちょく休日に一緒に遊びに行ったり、VA部の手伝いもしてもらったりもする。
「ねね、涼花、昨日あんな所で何してたの??」
「あんなところ?」
「渋谷の道玄坂裏‥」
渋谷駅近くの歓楽街だ。
あまり風紀が良いところではない。特に夜は。
ただ、一部の生徒が出入りしている店もあると聞いている。
「昨日? そんなところ行ってないよ?」
「あれれ、あれは確かに涼花だと思ったんだけどな‥。呼んでも返事しないで行っちゃったんだよね」
「いつ頃?」
「夜の‥10時頃かな」
「とっくに家に帰ってたわよ。それより夏鈴こそなんで道玄坂裏?」
「んー、お兄ちゃんに呼ばれて、ね」
夏鈴は曖昧にはぐらかした。
涼花は夏鈴に兄弟が居ないことも、“お兄ちゃん”と呼ぶ年上の異性と交際しているらしいことも知っていたが、追求はしない。
誰にだって秘密の一つや二つあるものだ。
「それ、バレたら大会がヤバイでしょ?」
でも結局、軽く忠告した。何も言わないのも親友に不義理だと思ったからだ。
「ん、気をつける。ありがと」
言うと、夏鈴は坂道を駆け上っていった。
「変なこともあるのね‥」
まぁ、この世に似た人間が5人は居るという話だし‥。
この時の涼花はさして気にはしていなかった。
授業が終わり、涼花はVA部の部室に顔を出した。
今日はトレーニングの予定だから、既に体操服に着替え済みだ。
部室には他に体操服の新入生が二人。
「じゃあ、ランニング、出るわよ」
涼花が音頭を取って先頭に立つ。
涼花は2年生だが、VAユニットとしては涼花がリーダーだった。
「「はーい」」
あまり気のない返事が返ってくる。
それも仕方ないかもしれない。
二人とも華やかなVAのステージに憧れて入部したものの、毎日トレーニングや発声演習ばかりで飽きてしまっている。
それでも、一度ステージに立てばやる気も出てくるだろう。
涼花は焦らず待つつもりだった。
涼花達が学校の周りをランニングで一周し、校内に戻ったタイミングで校内放送に呼び出しが鳴った。
“VA部の神崎涼花さん、VA部の神崎涼花さん、至急校長室に来て下さい”
「え、わ、私?」
周囲の視線が一斉に涼花に集まる。
涼花はVA活動をしているせいか、校内ではそこそこ知名度がある。
校庭に居た運動部の生徒も涼花を見ていた。
「ちょ、ちょっと行ってくるから、先に部室にもどっていて」
言い残し、涼花は校長室に向かった。
「失礼します」
ノックをして校長室の扉を開ける。
校長室には校長先生のほか、教頭先生や担任の小日向先生、生徒指導の先生も居た。
「あ、神崎さん。急で申し訳ないけど‥これを見てもらえる?」
入室した涼花に、担任の小日向先生が壁際のモニターで動画を再生し始める。
動画はVAのライブステージを映していた。
ステージ上に居たのは‥。
「“えれくとろんあーく”?」
ある意味、見慣れたVAユニットのライブだった。
曲が終わり、ステージの照明が通常へ戻った瞬間だった。
一人のVAがステージ外から乱入し、メンバーを襲おうとした。
手に棒状の凶器を保ち、めちゃくちゃに振り回す。
が、メンバーの一人に取り押さえられた。
その暴漢の姿は‥。
「え、私?」
容姿、人相とも涼花に間違いない。
だが、当然、一切身に覚えの無い事だった。
「わ、私じゃありません! これっていつのことなんですか?」
「一昨日の事らしいわ。先方から接続LOGで問い合わせがあったの」
「学校の端末から、接続があったと言うことですか?」
「そうね」
気まずそうに頷く小日向先生。
「神崎さん、一昨日の放課後VA部室には?」
「そ、それは部室ですから毎日‥でもブースも使っていません」
「予めVAのモーションをセットしておけば、当日にブースは必要無い、どうかね?」
校長が確認するように問う。
「確かにそうです。でも、私、こんな自分だってすぐバレるような事しません」
「そうかも知れない。だが、だとするとVA部に他に犯人が居ると言うことになるね」
「え‥」
予想外の言葉に涼花は頭が真っ白になった。
アイディアが何となくまとまったので、「えれくとろんあーく」の続編を始めます。
今回も毎日お話を考えながらの連載形式なので、細かい事には拘らず、気楽に楽しんで貰えれば、と。




