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5話

こうして、俺の荒野での生活に、フェンという最初の仲間が加わった。

とは言っても、やることは昨日までと 크게変わらない。まずは生活基盤の安定が最優先だ。


「よし、フェン! 手始めに、このピーナッツを全部収穫するぞ!」

「は、はいっ! ユズル様!」


俺が号令をかけると、フェンは元気よく返事をし、ふさふさの尻尾をぶんぶんと振った。昨日までの弱々しさが嘘のように、彼女の全身からは活力がみなぎっている。黄金のピーナッツ一粒で、HPもMPも全回復したのだろう。その効果は絶大だ。


二人で作業を始めると、その効率は驚くべきものだった。

俺がスキルで畑を広げている間に、フェンがその俊敏さを活かして次々と黄金のピーナッツをもぎ取っていく。彼女の動きは獣のようにしなやかで、見ていて飽きない。一人でやっていた昨日の何倍ものスピードで、作業はみるみるうちに片付いていった。


「ふぅ……こんなもんか」


昼前には、昨日植えた分のピーナッツは全て収穫し終わり、新たに広げた畑に種を植え直すことも完了した。畑の脇には、黄金のピーナッツが詰まった麻袋が、小さな山を築いている。


「すごい……こんなにたくさん……。これ、全部食べ物なんですよね……?」


フェンは信じられないといった表情で、ピーナッツの山をうっとりと見つめている。彼女の村では、これだけの食料は王様の宝物庫にでもなければお目にかかれない代物なのだろう。


「ああ。腹いっぱい食っていいぞ」

「い、いいんですか!?」

「当たり前だろ。そのための仲間だからな」


俺がそう言うと、フェンの琥珀色の瞳がまた潤んだ。どうやら彼女は、感謝のあまりすぐに泣いてしまう癖があるらしい。


「さーて、と。腹も減ったし、昼飯にするか」


俺はそう言って、収穫したてのピーナッツをいくつか手に取った。

火を起こす道具はないが、幸いピーナッツは生でも絶品だ。二人で黄金の豆を頬張りながら、ささやかな食事休憩を取る。


「……んぅ、おいしい……」


フェンは幸せそうにピーナッツを咀嚼しながら、ふと何かを思い出したように顔を上げた。


「あ、あの! ユズル様!」

「ん? なんだ?」

「約束、ですから……! わたし、狩り、行ってきます!」


どうやら彼女は、食事を提供してもらう代わりに肉を獲ってくるという、俺たちの間の最初の約束を気にしていたらしい。律儀なやつだ。


「ああ、頼む。でも、無理はするなよ。この辺りに何がいるか分からないんだからな」

「はい! 大丈夫です! 獣人の鼻と耳を、なめちゃダメですよ!」


フェンはそう言うと、自信満々に胸を叩き、ぴょんと立ち上がった。

そして、次の瞬間。

彼女の体は、弾丸のようなスピードで荒野の彼方へと駆け出していった。


「……はっや!」


あっという間に豆粒のようになり、やがて陽炎の中に消えていく。

改めて、人間とは身体能力の次元が違うのだと実感させられた。あれなら、ちょっとした魔物くらいなら簡単に仕留めてしまうだろう。


さて、と。

彼女が肉を持って帰ってくるとなれば、こちらも準備が必要だ。

肉があれば、当然、焼いて食いたい。つまり、火が必要になる。


「火、か……。どうしたものかな」


原始的な方法で火を起こす知識など、現代日本の社畜に備わっているはずもない。

俺は腕を組み、うーむ、と唸る。

スキルでどうにかならないだろうか。【土壌改良】……土を、改良する。


(……待てよ? 土の中には、色々なものが含まれてるよな。石とか、砂とか、鉱物とか……)


俺は地面に手をかざし、意識を集中させた。

スキルを発動させ、土の成分をイメージする。

鉄分、石灰、カリウム……そして、燃える石。


(あった!)


スキルを通じて、地中深くに「火打石」に似た性質を持つ鉱石が眠っているのを感じ取った。

俺はすぐさま地面を掘削し、その鉱石をいくつか掘り出す。さらに、近くにあった枯れ草を集めて火口にする。


後は、火花を散らすための金属だ。

幸い、俺が着ていた安物のスーツのベルトのバックルが、それなりの硬さを持っていた。


カン! カン!


火打石にバックルを打ち付けると、狙い通りに火花が散った。

数回の試行錯誤の末、枯れ草に火花が燃え移り、ぼっ、と小さな炎が立ち上った。


「おおっ! ついた!」


文明の利器に頼らない、人生初の火起こしの成功に、俺は一人で歓声を上げた。

すぐに薪になりそうな枯れ木を集め、焚き火を育てる。これで、いつでも肉を焼ける準備は万端だ。


それから、一時間ほど経っただろうか。

フェンが、意気揚々と荒野の向こうから戻ってきた。


「ユズル様ー! 獲れましたー!」


遠くからでも分かる、満面の笑み。

そして、その肩には、俺の体の半分ほどもある、巨大な角付きウサギが担がれていた。


「……でかっ!」

「えへへ。ホーンラビットです! この辺りじゃ、一番おいしいんですよ!」


フェンは誇らしげにそう言うと、手慣れた様子でウサギの解体を始めた。俺にグロテスクなものを見せないように、という配慮だろうか。シェルターの陰に隠れて、あっという間に肉を部位ごとに切り分けていく。その手際の良さから、彼女が村にいた頃から狩りをしていたことが窺えた。


やがて、串に刺された新鮮なウサギ肉が、焚き火の上でジュージューと音を立て始めた。

塩もコショウもない。味付けは、なし。

だが、肉から滴り落ちる脂が炎に触れ、食欲をそそる香ばしい匂いが立ち上る。


「……いい匂い……」


フェンが、幸せそうに目を細める。

やがて肉が焼け、俺たちは熱々の串にかぶりついた。


「――ッ!!!」


言葉が出なかった。

美味い。美味すぎる。

臭みは一切なく、肉は驚くほど柔らかい。噛むほどに、濃厚な旨味と、ほんのりとした甘みが口の中に広がっていく。

野生の肉が、これほどまでに美味いとは。


「おいしい……! おいしいです、ユズル様……!」


フェンも、涙目で肉を頬張っている。

飢えから解放され、温かい食事を腹いっぱい食べる。それが、これほどの幸福だということを、俺たちは噛み締めていた。


最高の肉。

そして、最高のピーナッツ。

これ以上ない、贅沢な食卓だった。


日が暮れるまで、俺たちは他愛もない話をしながら、夢中で肉とピーナッツを食べ続けた。

フェンがいた村の話。俺がいた世界の、ブラックな会社の話。お互いの身の上を語り合ううちに、俺たちの間には、仲間としての確かな絆が芽生え始めていた。


夜になり、二人で満点の星空を見上げる。

昨日と同じ星空のはずなのに、隣に誰かがいるだけで、その輝きは一層、暖かく感じられた。


「……ユズル様」

「ん?」

「わたし、ここにいて、いいんですね……?」

「当たり前だろ。もう追い出されたりしない。ここが、あんたの新しい村だ」


そう、村だ。

今はまだ、俺とフェン、そして小さなシェルターと畑があるだけ。

だが、この何もない荒野に、俺たちの手で、新しい村を作っていく。


そう決意した時、地平線の彼方に、小さな光が一つ、灯ったように見えた。



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