3話
目の前にあるのは、現実とは思えない黄金のピーナッツ。
ごくり、と喉が鳴る。
これは夢か幻か。それとも、この世界の植物というのは、こういうものなのだろうか。
俺は恐る恐る、黄金に輝く豆を口に放り込んだ。
カリッ、と軽快な歯ごたえ。その瞬間、口の中いっぱいに、今まで経験したことのないような濃厚な甘みと、ナッツ特有の香ばしさが爆発した。
「――うまっ!」
思わず声が出た。なんだこれ。めちゃくちゃ美味い。
ただのピーナッツじゃない。これまで食べてきたどんな高級ナッツとも比較にならない、次元の違う味だ。
夢中で黄金のピーナッツを食べ進める。
一粒、また一粒と食べるうちに、体に不思議な変化が起きていることに気づいた。
(あれ……? 体が、軽い……?)
昨日までの徹夜続きで蓄積されていた鉛のような疲労感が、すーっと消えていく。それどころか、体の内側から温かい力がみなぎってくるような感覚さえあった。凝り固まっていた肩や腰の痛みも、まるで嘘のように消え去っている。
「これって……まさか……」
俺は自分のステータスウィンドウを開いて、確信した。
昨日まで空っぽだったHPとMPのゲージが、満タンを振り切る勢いで回復している。
【相田 譲】
職業:一般人
スキル:【土壌改良】
状態:絶好調
「ただのピーナッツじゃない……回復アイテム、か……!」
全身に鳥肌が立った。
俺のスキル【土壌改良】は、ただ土を良くするだけのスキルじゃなかったんだ。
このスキルで改良した土壌は、植えられた作物をとんでもない代物に進化させる力を持っていたのだ。
「すげぇ……すげぇよ……!」
膝から崩れ落ちそうになるのを、なんとか堪える。
役立たずと罵られ、ゴミのように捨てられたスキル。それが、こんな奇跡を生み出すなんて。
俺は黄金のピーナッツの木を、宝物のようにそっと撫でた。
これ一本あれば、当面の食料と健康は安泰だ。
だが、一本だけでは心もとない。もっとたくさん作れば、生活はさらに安定するはずだ。
「よし、畑を広げるぞ!」
俄然やる気が出てきた。
俺は早速【土壌改良】を使い、シェルターの周りの土地を次々と黒々とした畑に変えていく。昨日よりもスキルの扱いに慣れてきたのか、作業効率は格段に上がっていた。
半日もすると、小さなシェルターの周りには、25メートルプールほど広さの立派な畑が完成していた。
黄金のピーナッツを収穫し、その中から形の良いものを種として、新しい畑に丁寧に植えていく。
これで明日には、黄金のピーナッツ畑が完成しているはずだ。
「……でも、ピーナッツだけじゃ飽きるよな。トマトとか、キュウリとか、ジャガイモも育てたい……」
そんなことを考えても、ここには種がない。
ポケットの中を探っても、出てくるのは会社の経費で落ちなかったレシートの切れ端くらいだ。
「どこかで手に入れるしかないか……。街とか、村とか、あるのかな」
王都から半日も馬車で走ったのだ。近くに人の住む場所があるとは考えにくい。
途方に暮れながら、地平線をぼーっと眺めていた、その時だった。
「……ん?」
遠くの陽炎の向こうに、何かが動いているのが見えた。
小さい。子供だろうか?
いや、それにしては動きが俊敏だ。獣か?
目を凝らすと、その影がこちらに向かって、一直線に近づいてきているのが分かった。
しかも、尋常じゃないスピードで。
(なんだ……? 魔物か!?)
一気に緊張が走る。
この世界には魔物がいる。俺を追放した王様もそう言っていた。
俺のステータスは「一般人」。戦闘能力なんて皆無だ。見つかったら最後、食われるのがオチだろう。
慌ててシェルターの中に隠れようとしたが、間に合わなかった。
その影は、あっという間に俺の目の前まで迫っていた。
「はぁ……はぁ……!」
そこにいたのは、獣だった。
いや、違う。狼のような耳と、ふさふさの尻尾を生やした、一人の少女だった。
ボロボロの服をまとい、年の頃は十六歳くらいだろうか。銀色の髪は汚れ、頬は痩けている。
獣人、というやつか。
彼女は俺のことなど目に入っていないかのように、一点だけを、俺が作ったピーナッツの木を、飢えた目でじっと見つめていた。
そして、ごくり、と大きく喉を鳴らす。
「お、おい……」
俺が声をかけると、彼女の肩がびくりと震えた。
ゆっくりとこちらを向いた琥珀色の瞳には、警戒心と、そしてそれを上回るほどの、どうしようもない空腹の色が浮かんでいた。
グルルルル〜……。
静かな荒野に、少女のか細い腹の虫が、あまりにも切なく響き渡った。




