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2話


どこまでも続く荒野の真ん中で、俺は一人、天を仰いで笑っていた。

もう誰に遠慮する必要もない。俺の行動をとやかく言うパワハラ上司も、無茶な納期を押し付けてくるクライアントも、ここにはいないのだ。


「よしっ!」


気合一発、頬をパンと叩く。

感傷に浸るのは後だ。まずは、この最高の環境で生き抜くための基盤を作らなければ。


目標は二つ。水の確保と、風雨をしのげる寝床の確保。

幸い、俺には【土壌改良】スキルがある。


「まずは水だな……」


俺は地面に膝をつき、再び大地に手を触れた。

意識を集中させる。今度は、土の表面だけでなく、その奥深くへと感覚を伸ばしていくイメージだ。


(乾いてるな……こっちもダメか……でも、あっちの方は……?)


驚いたことに、スキルを通じて土の中の水分量がなんとなく感じ取れるようになっていた。まるでダウジングでもしているかのように、地面の下を流れる微かな湿気を辿っていく。


十分ほど荒野を歩き回っただろうか。

一際強く「ここだ」と感じる場所を見つけた。


「よし、掘るぞ!」


……とは言ったものの、俺の手元にはシャベルもスコップもない。普通なら、ここから素手で穴を掘るなんて絶望的な作業だろう。

だが。


「スキル発動、【土壌改良】……もっと、柔らかく!」


俺は両手を地面に突き立て、スキルに明確な目的意識を込めた。

すると、どうだろう。

カチカチだった大地が、まるで水を含んだ砂のように、サクサクと崩れていくではないか。両手で掻き出すだけで、面白いように穴が深くなっていく。


「ははっ、なんだこれ。人間ユンボかよ……」


あまりの効率の良さに、また笑いが込み上げてくる。

ブラック企業で身につけた無駄な忍耐力も相まって、作業は驚くべきスピードで進んだ。自分の身長ほどの深さまで掘り進めると、じわり、と土が湿り気を帯び、やがて綺麗な水が染み出してきた。


「やった! 水だ!」


子供のようにはしゃぎ、染み出してきた水をすくって口に含む。少し土の味がしたが、ひんやりとしていて最高に美味かった。これで当面の生命線は確保できた。


次に寝床だ。

夜になれば、獣か魔物か、何が出てくるとも限らない。吹きっさらしで寝るのは危険すぎる。

俺は井戸のすぐ隣に場所を決めると、再びスキルを発動させた。


「今度は……固くなれ!」


柔らかくした土を壁のように積み上げ、そこにスキルをかける。すると、水分が適度に抜けていき、まるで日干しレンガのようにカッチカチに固まっていく。

これを繰り返し、簡単な壁と屋根だけの、小さなシェルターを作り上げた。広さは二畳ほど。お世辞にも快適とは言えないが、会社の床で仮眠を取っていた日々に比べれば、五つ星ホテルも同然だ。


「ふぅ……完璧だ」


我ながら見事な出来栄えに満足し、シェルターの中に腰を下ろす。

ここで、ふと気づいた。

生きるためのインフラは整ったが、肝心の食料が一袋の干し肉しかない。これはすぐに尽きてしまう。


(何か……何か植えるものはないか……?)


そう思って自分の服のポケットを探ってみる。

ブラック企業時代、小腹が空いた時につまむために常備していたもの。その残骸が、幸運にもポケットの底に残っていた。


「……柿の種の、ピーナッツ」


指でつまみ上げたのは、しわしわになった一粒のピーナッツ。

普通に考えれば、こんなものを植えたところで芽が出るはずがない。だが、この世界は普通じゃない。そして、俺のスキルも普通じゃない。


「試してみる価値は……あるよな」


俺はシェルターのすぐ前に、スキルで最高のフカフカ土壌を作り出すと、そこにたった一粒のピーナッツを、祈るようにそっと埋めた。井戸からくんできた水を優しくかけてやる。


「頼むぞ、俺の未来の食料……」


そうこうしているうちに、空が茜色に染まり始めた。

異世界に来て、初めての夜が訪れる。


シェルターにこもり、干し肉をひとかじりする。

静かだった。聞こえるのは、遠くで鳴く虫の声と、時折吹く風の音だけ。

会社のサーバー室のファン音も、上司の怒鳴り声も聞こえない。


シェルターの入り口から空を見上げる。

そこには、見たこともないような、満点の星空が広がっていた。星の数が、明るさが、地球で見ていたものとは比較にならない。まるで、ダイヤモンドを黒いビロードの上にぶちまけたようだ。


「……自由、なんだな」


じわり、と目の奥が熱くなる。

死ぬほど働いて、心も体もすり減らして、俺が本当に欲しかったものは、金でも名誉でもなく、ただこういう穏やかな時間だったのかもしれない。


星空を見上げながら、俺はいつの間にか眠りに落ちていた。


                  ◇


翌朝。

鳥のさえずりで目を覚ますという、社畜時代には考えられなかった最高のモーニングコールで、俺は体を起こした。


「さて、と……ピーナッツ君は、どうなったかな」


軽い気持ちで、昨日ピーナッツを植えた場所に目をやった俺は――次の瞬間、自分の目を疑うことになった。


「は……?」


そこには、信じられない光景が広がっていた。

たった一晩で、ピーナッツは腰の高さほどの立派な緑の木に成長していたのだ。それだけじゃない。その枝には、鈴なりに実ったピーナッツの莢がいくつもぶら下がっている。


そして、その莢の一つ一つが――まるで純金でできているかのように、朝日に照らされてキラキラと黄金色に輝いていた。


「……なんだ、これ……?」


呆然と呟く俺の目の前で、一つの莢がことりと枝から落ちた。

拾い上げてみると、ずっしりと重い。

恐る恐るその黄金の殻を割ると、中から現れたのは、これまた黄金に輝く、ぷっくりと太ったピーナッツの豆だった。


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