プロローグ
「姉さん?」
絞り出した声は、ひどく小さく掠れていた。
穴の空いた体から、生暖かい血がどくどくと流れ出る。自分とそれ以外との境界線が曖昧になる。そんな感覚に、息がうまく吸えなかった。苦しい。
姉さんがゆっくりと振り向いた。
煌々と光り輝く体が新月の富士山を照らす。降り積もった雪に姉さんの光が反射して、姉さんの周りだけ昼間のように明るかった。
「どうして光っているの?」
と、ぼんやりした頭で問いかけて、はたと我に帰った。
姉さんは、死んだ。
10年前に、きららを産んで。
血を吹き出している心臓が、さらに嫌な音を立てる。
「ネガぃH A難ダ?」
姉さんに似たナニカが不気味な声を上げた。口は動いていない。どこから声が出ているのかわからない。不自然に上下する声は正しい発音を探っているようだ。
傷の痛みで、変な幻覚を見ているのだろうか。思考がまとまらない。死に向かう傷口の熱と、雪の冷たさが混じりあって、考える脳みそを溶かしていく。
「願い?」
ごぽっと口から血が溢れ出た。光がぼやけてよく見えない。ナニカがしゃがみ込み、仰向けに倒れる俺を覗き込んだ。
眩しい。瞼が重い。眠い。目を閉じる。寝てはいけないと本能が警告を鳴らすが、体は動かなかった。
「君の、願いは?」
暗闇の中、瞼の裏に映った光が問いかける。先ほどよりも、うんと聞きやすい、平坦な声だ。
『たっちゃん』
ぼやける思考の中でにきららの声が脳内に響いた。
はっと目を開く。
光が目に刺さる。脳がチリチリと焼かれるようだ。
寝ている場合ではない。
きらら、きららを助けないと。
目的を思い出し、どくどくと血を流す傷跡を抑える。近づきすぎた死のせいかはっはっと上がる息を懸命に整える。
「願いはなあに?」
ナニカの声は、完全に姉さんのものへと変わった。得体の知れないナニカへの恐怖は流れ出る血と共に雪へ溶けた。俺の頭の中は、きららでいっぱいだった。
「俺の、願いは」
ヒューヒューと喉が鳴る。俺の答えに、光が歪んだ。
笑ってるんだ。
「あ」
一瞬で、姉さんの顔が溶けて、黒いモヤのように広がる。モヤの中には小さな砂つぶが光っていて、まるで星空のようだった。どんどん広がり大きくなったモヤが俺を包みこむ。
「夢を叶えましょう」
覆い尽くされた闇の中で、
一筋、星が流れた。
あとがき
2024/5/5 スパコミ 東ぬ12aでコピー本だします。