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倫ー2 自室襲撃とタックル

「あの生徒会長はお前にずっと片想いしてたんだよ! 何で気づかなかったんだ!」

「そりゃあ何度かデートはしたけど、学生の健全なデートを調査するためとか、猫アレルギーを治すためだとか理由があったし」

「好きでも無い男と何度もデートなんてするかよ! 全部デートをするための建前に決まってるだろ! くそ、何でウチはこんなアホな男に一時とは言えときめいたんだ」


 倫の家に向かう途中、女心を何一つ理解していない正太に対して説教をする紅露美。倫に対して憧れだったり尊敬だったりの感情を抱き過ぎていたために、その可能性を考える事が出来なかったと弁明する正太に対して何度も溜め息をついた後、普段の紅露美がしないような真剣な表情になる。


「感情に任せてお前を連れて来たが、正直なところどうなんだ? 同情とかそんな気持ちであの生徒会長の求愛を受け入れようってんなら、行くのはやっぱ無しにしようぜ。あの生徒会長は賢いからそういうの気づいてそのうち傷つくだろ」

「正直唐突過ぎてわからないんだよ。倫会長は素敵な人だとは思うけど、僕は立派な人間になるために倫会長の傍にいようと思って副会長になったようなものだから。恋愛はもう少し大人になってからしようとすら思ってた。今はとにかく話をしたい」

「……引きこもってる相手に対して家まで乗り込んで『僕の事好きだったんですね。気持ちは嬉しいけど付き合えないよ』なんて言う悪夢が起きない事を祈るぜ。そうなったらウチはとんでもねえ極悪人になっちまう」


 同じ女性として、倫にはきちんと男として向き合って欲しい。普段はスペックの高い、正太とも生徒会の仕事という名目で頻繁に一緒にいることの出来る倫にあまりいい感情を抱いていなかった紅露美ではあったが、一時期は同じ男を愛した女として、倫のために、正太のために何肌でも脱いでやろうと決意する。そんな紅露美の表情を見て、正太もお茶を濁すような事は出来ないなと、今日中に何かしらの決着をつける覚悟を決めるのだった。


 ◆◆◆



「倫、本当にこの大学でいいの? 今まで一度もこんな大学に行きたいなんて聞いたことが無かったわよ?」

「……やりたい研究があるから」


 指定校推薦を決め、もう高校に来る必要も無くなった倫は家に引きこもり卒業式を待つ。突如大幅に大学のランクを落とした倫を両親は心配するが、大学は偏差値だけが全てじゃない、やりたい研究のためにこの大学を選んだのだと言って安心させようとする倫。しかしその表情は虚ろであり、両親との会話を終えた倫は自室へ向かうと、ベッドに転がり込んですすり泣き始める。


「やりたい研究があるなんて真っ赤な嘘。本当はもっとちゃんとした大学に行って、もっと学んで、立派な人間になりたい。けれど私には、こうするしか、ない……っ」


 客観的に見ればあまりにも愚かな選択肢であるが、今の倫にとってはそれが唯一の選択肢であった。もしも三年生のクラス分けで正太と倫が離れ離れになっていれば、人知れずフラれた女子生徒として前に進めたかもしれない。しかし不幸にも二人は同じクラスになってしまい、正太は倫に爽やかな笑みを投げかけ、更に周囲の人間は二人をお似合いのカップルと評する。今までまともな恋愛経験が倫に無かったこともありその状況を耐える事が出来ず、自分の内申の良さを利用して合法的に不登校になり正太と会わない事を決めてしまったのだ。


『ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン』


 倫がベッドでさめざめと泣いていると、家のチャイムが連打される音が聞こえて来る。人が悲しんでいるのに五月蝿いと布団を被っていると、しばらくしてズカズカというガサツそうな人間の足音と、カツカツという冷静そうな人間の足音が聞こえて来る。段々とその音は大きくなり、やがて自室のドアが開いて男女の声がした。


「おいこら、客人だぞ。引きこもってないで応対してくれよ」

「紅露美さん、布団を剥ぎ取るのは良くないよ……家では裸で寝てるタイプの人もいるんだから」


 以前美術館でデートをした帰りに倫の家に寄っていたこともあり、倫の両親に対し仲の良い友人なんです、話をさせてくださいと説得して部屋まで案内される正太と紅露美。倫が包まっている布団を強引に紅露美が剥ぎ取ると、目を赤くした倫はベッドから出て立ち上がり主に紅露美を睨みつける。


「何の用だ? 私達付き合うことになりましたって報告しに来たのか?」

「卒業式まで来る気がないって言うから、確認しておきたくてな……お前、正太の事がラブなんだろ?」

「……っ!」


 紅露美がヘラヘラとした態度で倫の恋愛感情を言葉にすると、倫は殺意のこもった視線で紅露美を睨みつける。当初は紅露美に正太を譲る気持ちでいた倫ではあるが、こうして目の前に二人が揃うと嫉妬心が湧き出てしまい、自慢の剣道で鍛えた正常心は見る影も無い。


「何を勘違いしてるんだ? 正太の事が大好きなのは宝条さんだろう? あれだけ泣きながら抱きしめてくれ、キスをしてくれってせがんでたものな? こんな感じに」

「やっぱり盗み見してたのか……」


 二人を一刻も早く追い返すべく、目を瞑り両手を広げ、先日の紅露美の言動を真似て茶化す倫。自分の黒歴史とも言える言動に恥ずかしくなって俯きながらも、照れている場合では無い、自分は黒歴史を回収しなければいけないのだと、倫ではなく正太の方に向き直る。


「だったらここで正太に抱き着いてキスしても構わないよな?」

「はぁ? 人の部屋で何を……ああそうか、宝条さんのような素行不良の生徒からしたら、私のような存在は目の上のたんこぶ。彼氏といちゃつく姿を見せて嫌がらせをしようってことか」

「……まぁそういうことだ。生徒会副会長様はもう生徒会長様の傍で献身的にサポートをする優等生じゃねえ、ウチみたいな不良の男になったんだよ。あれだ、NTRってやつだ。それじゃあ正太、こいつにウチらのラブを見せつけてやろうぜ」


 倫の嫉妬心を爆発させて自分の感情に素直になるように仕向けるべく、部屋に入ってから紅露美にやり取りを任せて棒立ちしていた正太に身体を密着させ、卒業式まで待てないぜと言いながらキスをしようとする。その瞬間、


「やめろぉぉぉぉぉぉぉっ!」

「ぐふっ……」


 倫は大声を出すと共に、キスをしようとした紅露美を思い切り突き飛ばす。剣道部部長のパワーで突き飛ばされ、壁に当たって悶絶する紅露美を余所に、倫はわんわんと泣きながら自分の感情を剥き出しにしていく。


「私だって! 正太が好きだ! 同じ大学にだって行きたかった! でも私はずっと優等生でいたから! 恋敵がいるってわかってても自分のモノにしようとするような子にも、泣き落とすような子にもなれない! だったら、憧れの生徒会長のまま終わりたかったのに、終わりたかったのに……っ!」


 皆に慕われる生徒会長として気丈に振舞っていた面影はどこにも見当たらない、年相応の恋に恋する少女として感情のままに泣き喚く倫。よしよしと頭を撫でるべきなのか、それともすぐに抱きしめてあげるべきなのか、経験の乏しさからどうしていいかわからず、助けを求めるように床でのたうち回っている紅露美に助けを求める視線を送る正太。それに気づいた紅露美はよろよろと立ち上がり、涙が枯れて過呼吸状態となっている倫の方へ向かう。


「言えたじゃねえか……効いたぜ、お前のタックル……」


 そうしてポンポンと倫の頭を叩くと、いい加減にお邪魔虫は退散しなきゃなとフラフラとした足取りで部屋を出て行くのだった。

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