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11 相合傘と傘泥棒

「結局この前のベイクシーは偽物だったみたいですね。あのお寿司の画像はカリフォルニアの寿司屋で撮ったようです」

「模倣犯の落書きだったというわけか。まぁ、目立たない場所にあるし本物じゃなくても芸術性は感じたし残しておくか、特にあの怪獣」

「……」


 ある日の生徒会室。ベイクシー騒動も終わり、ブラックロミゴンという名の芸術が残り、ただ上手いだけの猫の絵は残らず正太の心にもやもやが残る。そんな正太の心のもやもやを表現するかのように、外からはザーザーと雨音が聞こえて来た。


「天気予報通りだな。朝はあんなに快晴だったのに」

「傘を持って来ていて正解でしたね」


 この日は夕方から土砂降りになるという予報があったため、毎日朝のニュースをチェックしている二人はきちんと傘を持参しており抜かりはない。業務を終えて二人が帰るために下駄箱に向かい、正太が傘箱から自分の傘を抜き取った辺りで倫の怒りの咆哮が聞こえる。


「わ、私の傘が無い……! 最近買ったばかりなのに……!」

「雨の日はあるあるですよねぇ……」


 傘を何者かに盗まれてわなわなと震える倫。しかし身体は震えながらも、口元はにやけており、すぐに帰ろうとしない正太をチラチラと見やる。このシチュエーションは間違いなく相合傘のチャンスであり、正太が自分を見捨てて帰るはずがないと勝利?を確信する倫。


「……あ、そうでした。少し待っていてください」


 正太はそんな倫をしばらく眺めていたが、何かを思い出したように生徒会室の方へと戻って行く。しばらくして、正太は一本のビニール傘を持って来て倫に差し出した。


「会長、これをどうぞ」

「正太、気持ちはありがたいが、モノを盗まれたからと言って自分も盗人になってしまっては人としてお終いだ」


 正太が持って来た傘を見て少し幻滅する倫。確かに正太と倫の帰る方向は違うし相合傘は現実的では無い。だからと言って自分のためとは言えど正太が傘を盗んで来た事を肯定することは出来なかったのだ。そんな倫の軽蔑するような視線を受けて、誤解ですよと正太は弁明をする。


「この前傘を忘れた人のために、ビニール傘をある程度生徒会室でストックしておこうと言ったのは倫会長じゃないですか」

「えっ!? わ、私がそんな事を……? す、すまなかった。お前が窃盗なんてするはずないもんな。そ、それじゃあ私は帰る、また明日!」

「走ったら危ないですよ……」


 傘は盗んで来たどころか、倫が用意したものであった。あまりにも恥ずかしい勘違いをした倫は、相合傘のチャンスを自分で潰してしまった事も含めて、顔を真っ赤にして私の馬鹿と傘を持って走り去って行くのだった。



 ◆◆◆


「それじゃあ練習頑張ってください」

「今日も土砂降りだが傘は持っているか?」

「ええ、勿論」


 翌日も午後から土砂降りになり、剣道部へ向かう倫と別れた正太は帰るために下駄箱へ向かう。下駄箱から少し離れた場所では、紅露美が一本の傘を持ってニヤニヤと笑みを浮かべていた。


「最近アイツに酷い目に遭わされてる気がするからな、たまには仕返ししてやらないとな」


 紅露美が持っているトリコロールカラーの傘は、紅露美が登校時にたまたま正太と出会った際に正太が持っていた傘であった。生徒会で傘の貸し出しをしている事を知らない紅露美は正太の傘を盗むことで困らせようと考えていたのだ。自分の傘が無いと気づいた正太はどんな反応をするだろうか、諦めて走って帰るのだろうか、それとも他人の傘を盗むのだろうか。もしも後者なら、その瞬間をスマホで撮影してからかってやろう……スマホを構えながら、正太が自分の傘が無い事に気づく時を待つ紅露美。


「あ、あれ?」


 しかし正太は下駄箱の隣にある傘立てから、トリコロールカラーの傘を取り出して校舎を出て行ってしまう。同じ傘を置き傘していたのか? と動揺する紅露美であったが、


「おい」

「ひゃっ」


 背後からドスの効いた声が聞こえ、軽く悲鳴を上げながら振り返るとそこには大柄な男が紅露美を睨みつけている。その男が狂暴な不良で知られている三年生の先輩である事を思い出し、何か用でしょうかと下手に出ながら男を見やる紅露美。


「何で俺の傘持ってるんだ?」

「えっ?」


 男は紅露美が持っているトリコロールカラーの傘を指差して先ほどよりもギロリと睨みつける。紅露美が盗んだのは正太の傘では無く、それと同じデザインをした男の傘だったのだ。道理で変な場所に傘があると思ったぜ、三年生の傘箱だったんだなと紅露美が自分の愚かさに気づきガタガタと震えながら言葉に詰まっていると、


「先輩の傘はこれだと思いますよ」


 いつのまにか帰ったはずの正太が二人の間に割って入り、ある程度濡れている傘を男に差し出す。


「何だお前? お前が俺の傘を盗んだのか?」

「いえ、先輩の傘は少し離れた場所の地面に捨てられてました。僕がそれを見つけた時には逃げる男子生徒が見えました、ひょっとして先輩誰かに恨まれているんじゃないでしょうか?」

「ああ? ……くそっ、誰だ? 見つけたらただじゃおかねえ……」


 男に睨みつけられながらも正太は態度を崩さず、男に恨みを持っている男子生徒が傘を捨てたというエピソードを捏造しながら、自分の傘を男に手渡す。男は正太の嘘を信じたようで、バシバシと傘で地面を叩きながらも校舎を出て帰って行った。緊張の糸が途切れてへたり込む紅露美を見下ろす正太の表情は、ニコニコとしながらもどこか怒りが見て取れる。


「忘れ物に気づいたから校舎に戻ったら何だか揉めてるから来てみれば……僕の傘と同じ傘を持ってるのを見て全てを察したよ。おかげで他人と傘を交換する羽目になった……何か言うことはないかい?」


 自分の傘を盗もうとした挙句失敗し、更にその尻ぬぐいを本人にさせた紅露美に対し、直接言葉には出さないものの謝罪を要求する正太。しかし紅露美は正太に謝るのが恥ずかしいのか、立ち上がって目を逸らしつつ鼻歌を歌う。


「今日ちょっと傘忘れちゃってさ~、この傘貸してくんね?」

「……いいよ。傘は生徒会が貸し出してるし、その傘は僕のじゃないしね」

「へへへ……」


 結局謝りもしないどころか、傘を持って逃げるように去って行く紅露美。紅露美を見送った正太の手には、1つのカギが握られていた。


「仕返しに紅露美さんのカサを盗もうと思ったけど、持ってないならカギを盗むしか無いよね」


 反省しない紅露美の隙をついて、ポケットからはみ出ていた財布に取り付けられていたカギを盗み取る正太。この日、カギが無いため家の中に入ることが出来ない紅露美は自宅の前で土砂降りの中ずっと座り込み、凍えながら母親が帰って来るのを待つ羽目になるのだった。

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