41.いつもの光景 -マニエス視点-
ミルティアとの街歩きが楽しくて。
誰かと一緒に好きなことを共有するのが、こんなにも満たされるんだって。今まで、知らなかったから。
けれど、だからこそ。
僕は、忘れていたんだ。
『ほら、アレが』
『不気味だ』
『城の中で、ローブにフードとは……』
『あの白髪、本当に跡取りなのか?』
『老人の間違いだろう』
聞こえてくる声は、いつも心ない言葉ばかりたちだったってことを。
これが、本来の。僕にとってのいつもの光景なんだってことを。
(ミルティアと過ごす時間が、あんまりにも楽しすぎたから)
本当はこうやって、疎まれている存在なんだってことを。
すっかり、忘れていた。
『陛下も、どうして怪しげな占いなどを頼りにされていらっしゃるのか』
『滅多なことは言うもんじゃない』
『怪しいのは確かだが、歴史ある名家であることは確かだからな。腹立たしいことに』
『本当に。占い程度で重宝されるのであれば、前線に立つ可能性の高い騎士の家を、もっと重宝すべきですよ』
占いなんて。そんな怪しいもの。
そんなことを言われるのには、もう慣れていたはずなのに。
(おかしいな)
普段は聞かないようにしていたはずの言葉たちが、今日はやけに耳に入ってくる。
そして同時にチラつく、ミルティアの顔。
『スコターディ男爵家の娘も、あんな家に嫁がされてかわいそうに』
『聞いた話だと、男爵家には娘しかいないのだとか?』
『上の娘は、社交界で家を継げる相手を探しているらしいな』
『つまり、まだデビューしていない娘を差し出すしかなかったわけか』
『誰も顔を見たことがなかったんだろう?』
『病弱だったのか、大切に育てられていたのか』
『いずれにせよ、スコターディ男爵も気の毒だ』
そんな言葉が、あっちからもこっちからも聞こえてくるからだろうか?
本当は、その勝手な憶測たちに反論したい。男爵家では、ミルティアは大切にされていなかったんだと。
(でも……)
言えるわけがない。
言ったところで、占いを正当化しようとしていると解釈されて終わる。
昔、父上に言われた。たとえどんなに悲しくなっても、怒りを覚えても、決して他者の言葉に反応するなと。
きっと、今までそうやって反論して、良くない方向に捉えられてしまった歴史があるんだろうなと。子供ながら、そう思ってしまうくらいには。
(当たり前、すぎたんだ)
この光景も、向けられる言葉たちさえも。
仕方がないことだと、分かってはいる。
国の大事を左右する関係上、『占いの間』に入ることができる人物には制限がかかっている。つまり、真実を知ることができる人間は、たったひと握り。
それで誤解が解けるはずがない。
何なら国としては、ソフォクレス伯爵家が嫌厭されているほうが都合がいい。下手に利用されずに済むから。
(本当は、我が家としても都合がいいはず、なんだけどね)
見事な庭園が見える、渡り廊下に差し掛かった時。目に入ってきた色とりどりの花たちに、つい足を止めて。雑音が聞こえなくなったのをいいことに、少しだけフードの下で深呼吸をする。
頭の中に残る言葉たちを、吐き出す息と一緒に体の外に排出して。何も言葉が乗っていない、新鮮な空気を体の中に取り込む。
そうして、少しだけ冷静になった頭で。
(……そうか、もうすぐ一年なんだ)
ミルティアが、我が家にきてから。
そんなことを、思う。
(早い、な)
正確に言えば、まだもう少し先だけど。
我が家に来た頃のミルティアは、心配になるほどとにかく細くて。今なら分かるけど、髪は一切手入れされていなかったし、瞳にも生気がなかった。
それが今では、艶やかな優しい色の髪は光を反射して、フワフワと風に揺れて。生き生きと興味を示すようになった青い瞳は、キラキラと輝いてる。
こんなに短い時間で、人はこんなにも変わるんだって。僕にとっては、驚きだった。
(もう二度と、その瞳が曇らないように)
彼女には、憂いなんて似合わないから。
今までの分、ちゃんと幸せになってもらわないと。
「……頑張ろう」
決意を新たに、そっとローブの袖の下で両手を握った、その瞬間。
あたたかな季節を告げる、一陣の強い風が吹いて。
「っ……」
危うく、フードが脱げてしまいそうになった。
急いで手で押さえたから、何事もなかったけれど。
「いやだわ。老人みたい」
下を向いていた僕の視線の先で、たまたま通りがかったオレンジのドレスの女性が。
小さくそう呟く声が、聞こえた。




