37.美味しいです!
「少し歩きすぎたね。休憩しようか」
そう口にしたマニエス様に連れられて、私は一店の屋台の前にいました。
美味しそうな匂いが、先ほどよりもずっと強くなって。
「お姉さん、串焼き一つもらえるかな?」
「あらやだ! お姉さんだなんて! 口が上手い商人様だこと!」
何を売っているのかも、よく分からないまま。
こちらの店主は女性のようで、その方が屋台の中でなにやら動き始めてからしばらくしてから。
「はいよ。少しだけおまけしておいたから!」
「ありがとう、お姉さん」
「あはは! そう言われると恥ずかしいね! またごひいきに!」
「あぁ」
そんな会話と共に、マニエス様に手渡される、何か。
見た目は、ソフォクレス伯爵家の夕食でいただくお肉、のようですが……。
「とりあえず、広場の端のほうで食べようか」
「え、っと……」
「これは串焼きと言ってね。肉を串に刺して、その店独自のタレにつけて焼いたものだよ」
そういう、調理法があるのですね。
あ、いえ。けれど……。
「どう、やって……食べるものなのですか?」
この場には、テーブルもなければお皿もカトラリーもありません。
これだけで、どうやって食べるのが正解なのでしょう?
「こうやって、だよ」
説明を聞いているうちに、いつの間にか広場の端まで来ていたようです。
中心部とは違って、あまり人は多くありませんが。どう見ても、座る場所もないような場所で。
マニエス様は当然のように、手に持つお肉にかぶりつきました。
「え……。えぇっ!?」
まさかすぎる展開に、思考が追いついていきません。
本当に、そう食べるのが正解なのですか!?
「庶民からすると、手軽に食べられるというのは大切なことなんだよ。周りを見てごらん? 歩きながら食べるなんて、彼らはとても器用なことをしているから」
手で指し示された先では、確かに片手に串を持ちながら、談笑しながら。楽しそうに食べながら歩く、男女数人の姿が。
確かに皆さん、マニエス様と同じようにかぶりついていらっしゃいます。男性も女性も、関係なく。
「僕は慣れていないから、食べ歩きまではできないけどね」
少しだけお茶目にそう言って、片目をつぶってみせるマニエス様は。普段とは違う装いのせいか、ご本人だと分かっていても、一瞬別の男性に見えてしまいます。
けれど仕草はどこか、伯爵様そっくりで。
こんなに素敵な男性の婚約予定のお相手が、私だなんて。少し申し訳ない思いも、正直に言えばまだ残ってはいますが。
いざそのお隣に、別の女性が立った時のことを考えると。どこか、胸の奥がモヤモヤとして。
「ほら。ミルティアも、やってごらん?」
差し出された串を受け取って、私はそのモヤモヤを誤魔化すように、思い切ってお肉にかぶりつきました。
途端、口の中に広がるお肉の香ばしさと、お店独自だというタレの甘さ。そして最後に鼻から抜けていく、少しだけ刺激的な香りたち。
「……! 美味しいです!」
食べ方は少しお行儀が悪いような気がしましたが、それがここでの流儀ならば従うべきですし。
何よりこれは、この食べ方が一番美味しいような気がしました。
「でしょう? 串焼きの屋台はいくつかあるけど、ここのは僕の一番のオススメなんだ」
嬉しそうな笑顔のマニエス様。
そのお姿に、楽しさからなのか少しだけ胸の高鳴りを感じながら。
同じものを食べて美味しさを共有できる嬉しさに、私もまた笑顔を返すのです。




