32.役立たずなりに -ヴァネッサ視点-
「あー、スッキリしたー」
ミルティアがいなくなった直後の、スコターディ男爵邸。
空っぽになった、彼女が役立たずと呼んでいた人物の部屋を眺めて。
「ね! お父様! お母様!」
直前の言葉通り、スッキリした笑顔を両親に向ける、ヴァネッサ・スコターディ。
「あぁ、本当に」
「これで我が家から汚点は消えたのだものね」
可愛い娘の言葉に頷くスコターディ男爵は、ミルティアに向ける時とは対照的に。優しい声色で頷きながら、ヴァネッサの母親譲りの紅茶色の髪を撫でる。
ミルティアもお腹を痛めて生んだ我が子であるはずの、スコターディ男爵夫人に至っては。痩せすぎて普段はギョロリとしている目をうっとりと細めながら、部屋の中をヴァネッサと同じように眺めていた。
「役立たずは役立たずなりに、最後にようやく役に立ってくれたのですもの。汚点だなんて可哀想だわ、お母様」
「まぁまぁ。ヴァネッサは優しい子ね」
心にもないことを口にするヴァネッサに、男爵夫人は優しい笑顔で娘を褒める。
実際彼らの本心としては、ようやく最後に役に立ってくれたか、というところでしかない。
可愛い可愛いヴァネッサを。これまで必死に節約しながら、金をつぎ込んで教育を施してきた娘を。怪しい占い師の嫁に出すなんて、考えられなかった。
彼ら一族がその貧しさのせいで、一部の貴族たちから後ろ指をさされていることを知っていたからこそ。疎ましがられるような家に似合いなのは、役立たずのほうだろうと考えたのだ。
「可愛い可愛い私たちのヴァネッサには、ちゃんとした立派な婚約者が必要だものね」
「私、老人みたいな人物なんて、ぜーったいにイヤだわ!」
「もちろんだよ。ヴァネッサが選ぶべきは、我が家に相応しい人物でないといけない」
「そうよね! お父様!」
ヴァネッサ自身、自分だけが両親に愛され、この家に必要とされていることには気付いていた。それこそ、物心ついた頃から。
だからこそ二歳年下の妹は、いないも同然だと思っていたし。何ならこの生活を少しでもマシにするために、早くどこかのお金持ちに嫁がせたらいいのにとさえ思っていた。
実際、今回ミルティアがソフォクレス伯爵家へ向かうことになったのは王命だったので、普段では考えられない金額の褒章を手に入れられたのだ。そういう意味では、ミルティアはスコターディ男爵家の役に立ったと言える。
「やっぱり見た目はもちろん、中身もちゃんとした人でなきゃ!」
「そうよ。占い師なんて怪しい職業じゃあ、困るわ」
「少なくとも、我が男爵家を継ぐに相応しい人物の職ではないな」
彼らの中でスコターディ男爵家は、絶対だった。貴族の中では、最低位であるにもかかわらず。
その態度が、結婚適齢期のヴァネッサに未だ浮ついた話の一つもない理由の一つだとは、気付くことすらないまま。自分たちの選択が間違っていた可能性すら、微塵も考えることはない。
ただ、重要なのは一つだけ。
「見た目がよくて、お金持ちで、ちゃんと領地を管理できる人じゃないと! 私、妥協はできないわ!」
この家に、ヴァネッサに優秀な婿を迎えること。
そうすれば今の貧しい状況から、脱却できるはずだから、と。
「さっそく次の社交シーズンまでに、ドレスを新調しないといけないね」
「ヴァネッサの大好きなオレンジ色で、素敵な布を探さないといけないわ」
貧しくさえなければ、彼らがもっとまともな人物だったのかどうか、は。もはや、定かではないが。
「えぇ! 楽しみだわ!」
果たして彼らの行く末が、本当に明るいものなのかどうかは。
運命のいたずら一つで変わってしまうのだということを、この時はまだ誰も知らなかった。




