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19.マニエス様の本音

 マニエス様が先ほど立てた音と同じように、サックリとしたクッキーは口の中で小さく音を立ててホロホロと崩れながら、ゆっくりと溶けていくようで。

 優しい甘さに、バターのコク。ふんわりと鼻に抜ける甘さは、一体何の香りでしょうか?


「……おいしい」


 思わず呟いてしまった言葉が、全てを物語っていました。

 ただただ美味しくて、お菓子の甘さというのは、こういうものなのだということを。私は今、初めて知りました。


「よかったです」


 私がクッキーの甘さと美味しさに感動していると、安心したような声が聞こえてきて。思わずそちらに視線を向ければ、優しい笑顔のマニエス様が。

 たったそれだけのことが、とても嬉しくて。同時に胸の奥があたたかくなって、体中が何かで満たされていくよう。


(あぁ、もしかしてこれが……。幸せ、というものなのでしょうか)


 ただのクッキー一つで大仰(おおぎょう)だと思われるかもしれませんが、私にとってはそれだけ大きな衝撃だったのです。

 食べ物一つで、幸せになれる。もしかしたらそれこそが、本当の幸せなのかもしれませんね。


「クッキーと一緒に紅茶を楽しむのもいいですし、次はマカロンを楽しんでいただいてもいいですから。ミルティア嬢のために用意させたものですので、遠慮(えんりょ)せずに食べてくださいね」


 そう言って、マニエス様はまた紅茶を一口。

 その表情は、どこか楽しそうにも見えました。


「そうそう。マカロンは、正式名称をマカロン……何とか、と言うそうなのですが。忘れてしまったので、次回までに調べてきますね」

「まかろん、には……種類があるのですか?」

「正式名称があるということは、おそらくそうだと思います。すみません。僕もあまり詳しくはなくて」


 困ったように笑うマニエス様の御髪(おぐし)が、またサラリと揺れます。

 日の光を反射するその色はきっと、最高級と言われる絹糸にも劣らない輝きなのでしょう。


「ところで、今日こうしてミルティア嬢をお誘いしたのには、理由がありまして」


 その瞬間、少しだけマニエス様の雰囲気が変わったような気がして。

 これは真剣なお話なのかもしれないと、カップに伸ばしかけていた手を引っ込めた私に。


「あぁ、食べながらでも飲みながらでも構いません。僕も、そうしますから」


 そう声をかけてくださったのは、私を気遣って、なのでしょう。

 先ほどのクッキーもそうですが、きっとマニエス様は私が食べ方を知らないかもしれないと思って、先に口にしてくださったのでしょうから。

 こうして向かい合ってちゃんとお話しするのは、実は今日が初めてなのですが。伯爵様の事前情報とは違い、とても気遣いのお上手な男性のようです。


「貴女には、謝罪をすべきなのか感謝すべきなのか分からないのですが……。実は僕は、手放しに『嫁取りの占い』を肯定できないと思っているんです」


 それは、優しくてあたたかい雰囲気の中に落とされた、マニエス様の本音。

 お義母様は、ソフォクレス伯爵家へと嫁げて幸せだとおっしゃっていました。つまり『嫁取りの占い』肯定派。となれば、きっと伯爵様もでしょう。

 そんな中でその言葉を口にするのに、マニエス様がこうして二人だけで話す機会を設けてくださったのには、大きな意味があると思うのです。


「顔どころか、名前まで知らない女性の人生を、一方的に変えてしまう。それが昔から、とても恐ろしいことのように感じていました」


 マニエス様の表情は、どこまでも真剣で。時折口元に紅茶を持っていくその指先まで、緊張しているようにも見えました。



 ちなみにクリームを挟んだマカロンには、いくつか名称があるそうです。

 「マカロン・リス」とか「マカロン・ムゥ」とか「マカロン・パリジャン」とか。


 さすがにこの世界には、パリは存在していないので。

 「マカロン・パリジャン」とは、呼ばれていないはずです(^^;)



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